第6話 父親
まさかグランバルドさんが親バカだったとはな。てことは、シュリアにあれだけ厳しいことを言ったのは、それだけ危険なことをしてほしくないという『親心』というものの表れだったのだろうか?………俺には親心ってものがまだよくわからない。ばあちゃんは割と放任的だったからな。
何か返したほうがいいですかね?真面目に。さっきまでの冷酷な瞳はどこにいったんですかね?バリバリ感情漏れてますよ!覚悟、悲しみ、心配、不安、愛情、後悔………いや、これ、ほとんどシュリアへの想いだな!?
「オレハ、シュリアヲソバデマモリタイ。キズツケナドシナイ。」
俺の気持ちは伝えておいたほうがいいだろう。すぐには信じられないだろうけど。
「私はね、君自身がシュリアに危害を加えることは心配していないんだよ。君が優しい心の持ち主であることは、報告を聞き、自分の目で見て既に確認できた。さっきも私の厳しいシュリアへの態度に憤りを感じて睨んできただろう?それになにより【
驚いたな。この人は初対面の、しかも危険度の高い魔物である俺を既に信用してくれているのか?それなら何を……?
「それなら何を心配しているのだ、という顔をしているね。簡単な事だよ。私はシュリアの父親だ。あの子が君を信頼して魔獣指揮者になると言ったことなど、すぐに分かった。何故だかはわからないけれど、君は異常な信頼を寄せられている……妬ましいくらいだよ。…………そこでだ。もし仮に、戦場に君たちが立ったとき、君がシュリアを守りきれない場面に遭遇してあの子が戦場に倒れてしまうのではないか、という不安はもちろんある。しかし、君の力量を超える敵が現れ、君が傷ついたら?……シュリアは母親に似て賢く優しい子だ。だからこそ、信頼を寄せる君が傷つくことで、あの子は………心を傷つけられてしまう。私が愛している妻の形見でもある可愛い娘がそんな風に傷ついたらと思うと……私は恐ろしくて堪らない。」
…………確かに、俺にも限界はあるだろう。まだ、自分のことすら正確にしらない。そんな奴が、軽々しく「側にいてまもる」なんて言ってしまった。だけど、俺は………
「オレハ、シュリアニ、ココロヲスクワレタ。『トモダチ』ニナロウトイッテクレタ………オレハ、シュリアノユメヲ、カナエテアゲタイ。アナタノノゾムコトデハナイデショウ。ナラバ………オレガ『ユウシャ』ニモ『マオウ』ニモマケナイ、『サイキョウ』ニナレバモンダイハナイデスカ?」
「なっ!?君は魔物でありながら、魔王に自らの意思を明確に持って、反逆するというのか!!?そんな魔物、聞いたこともない!君は一体………何者なんだ………?」
魔物は普通、魔王に逆らえないのか?まぁ、今は目標が出来たことを喜ぼう。単純明快、『強くなる』ことだ。もちろん、シュリアと共に。
「ヒトゾクノオンナノコニ、ココロヲスクワレタ、コトバヲハナスタダノ『オーガ』デスヨ。」
「……………ははっ。全く、君は面白いね。シュリアを任せてもいいかなって思えるよ。」
「ナラ……!シュリアノユメヲ………」
「ただし!少なくとも君が、この私に勝てるようになったら、ね?」
途端に今の今まで感じなかった強い力をグランバルドさんから感じた。
今の俺じゃ勝てないね!?まじこえぇ〜!!ちびりそうなんですけど!?
「ネーヴェルク公爵家は代々、武門の家でね。今は魔王軍との戦争中で、戦場に立つこともある。だからシュリアもあんなことを言ってくるんだろうね……。君はどうやら、生まれたばかりのブライ・オーガのようだね。以前戦ったブライ・オーガとは比べ物にならない。せめて、シュリアを護り抜けるようになってもらうよ?」
「………ワカリマシタ。」
「といっても、今日はおしまいにしようか。君にはシュリアの側にいてあげてほしい。………頼むよ。」
そう言ったグランバルドさんは寂しそうな瞳をしていた。この人は娘を愛しているのに、愛の伝えかたが不器用なのだろう。
「モチロンデス。『トモダチ』ナノデ。」
全く、この家の人たちはそれぞれ抱えているものが重いな……。父と娘はすれ違ってるし。ジルドさんもちょっと誤解してる感じだけど、それはどうでもいいや。できることなら、みんなの力になってあげたい。
俺はそんなことを思いながら、静かに部屋を後にした。
廊下に出るとセバスさんが立っていた。待っててくれたのか?
「ツァールト殿、シュリアお嬢様の支えになって頂けますでしょうか?……お嬢様はお父上のことを大変尊敬しておられると同時に、心配してもおられるのでしょう。どうか、宜しくお願い致します。」
セバスさんにまで頭を下げて頼まれてしまった。いかにシュリアがみんなに愛されているのかが分かるな。気が引き締まる思いだ。
「マカセテクダサイ。」
セバスさんは頭を上げると、ひとつ頷いてからシュリアの部屋まで案内してくれた。
「では、私はこれで失礼致します。」
「アリガトウゴザイマス。」
俺はシュリアの部屋の扉の前でどうするべきか悩んでいた。グランバルドさんの本心をシュリアに教えるのは簡単だ。でもそれは、何か違うと思う。
他人が正した気持ちなど、
………よし!俺はシュリアの味方だしな!
閉ざされた扉をコンコンと2回ノックする。しかし、シュリアからの反応はない。
「シュリア、オレハドコニイレバイイ……?」
俺はなるべく悲しげに聴こえるようにシュリアに問いかける。ふふふ……優しいシュリアならばきっと気づいてくれるはずだ!
「!………ツァールトなのね?ごめんね、放っておいたりして………今開けるわ。」
はっはっは!成功だ!騙してしまったようで申し訳ないが、どこにいればいいのか分からないのも本当だからな。シュリアの隣が俺のいるべき場所なんだから。
部屋の中からとっとっと、と可愛い足音が聞こえると静かに、そして小さく扉が開いて、隙間からシュリアが少しだけ顔を出している。しかも、潤んだ青空のような瞳の上目遣いで、シュリアは落ち込んでいるんだと分かっていても、可愛いと思ってしまう!俺は心まで鬼になってしまったのでしょうか?つらい。
シュリア の 「うるんだひとみ」 !
ツァールト に 9999 の ダメージ !
こうかは ばつぐんだ !
「………ツァールト、入っていいよ。………ううん、お願い、入って。わたしと………一緒にいてね?」
ぐはぁっ!!な、なんだこのかわいさは!?グランバルドさんには教えてあげない。どんな理由があろうとも、シュリアを泣かせた罰だ!……でも、ぐっじょぶと思ってしまう自分もいます。僕は悪い子です。鬼いさんです。
「モチロンダ!オレハ、シュリアノミカタダヨ?」
「ぐすっ………ありがとう。」
こうして多大なる精神的負荷と回復を同時に受けつつも、部屋に入れてもらえた。
部屋の中はカーテンを閉め切っており、僅かに夕日が差し込む程度だった。部屋を見回していると、シュリアが「……だっこして?」とせがんできたので、喜んで抱き上げた。すると、少しだけ微笑んでくれたので、頭を優しく撫でてあげた。
シュリアを抱き上げたまま、ベッドのふちに腰を下ろす。壊れないよな?うん、よし、大丈夫だ。
ベッドにはウサギやクマなど色んな動物のデフォルメされたぬいぐるみが所狭しとならんでおり、女の子らしいな、と思った。シュリアは、その中になぜかあった紅い目をした黒い鬼のかわいいぬいぐるみをとって抱きしめた。
「………これね、わたしがもっとちっちゃいときに、おかあさまが作ってくれたの。…………「いつかこの子があなたが困ったときに助けにきてくれるわ。」っていってね?だから、森でツァールトをみつけたとき、とてもうれしかったの………。」
なっ!?シュリアのお母さんはもしかして………俺が生まれることを知っていた?そんなこと、あり得るのか……?踏み入った質問をしていいものか……いや、シュリアを泣かせたくはないしな。
「………ソウダヨ。オレハ、シュリアヲタスケルタメニウマレタンダ。」
「やっぱり!お母様のいってたことは本当だったのね!」
実際にそうするつもりだしな。シュリアのお母さんに何が見えていたのかは分からないが、毒にするつもりのない優しい嘘なら俺は貫き通そうと思う。
嬉しそうにしていたシュリアだったが、徐々に悲しげな顔になる。
「………ツァールト。わたし、お父様にとって邪魔なのかな?………お父様を手伝ってあげれば、嬉しいかなっておもったんだけど……。」
そりゃ、あんな言い方されればそう思うよな。シュリアだってまだ普通の幼い女の子………
「でもね、ツァールトと一緒にいっぱいがんばったら、いつかお父様もわたしのこと、認めてくれると思うの!だからね?………一緒に、がんばってくれる?」
シュリアの瞳は、涙を
俺はどうやら、まだシュリアという少女のことを見誤っていたようだ。この子は賢く、優しいだけじゃない。もう既に、小さな体の奥底には、『心の強さ』が育っていたようだ。
ならば、俺は彼女の強さに見合う従魔にならなくては。
「アルジノ、オモウガママニ。」
「オトウサンナンテ、ケチョンケチョンダー!」
「そーだぁ!わたしのこと、認めてもらうんだから!ケチョンケチョンだー!」
廊下・グランバルド
「………………………ぐすん、父親って………つらい。」
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