第5話 ネーヴェルク公爵
結局、屋敷があるという王都リラントまで3時間くらい走らされ、日は傾き始めていた。従魔虐待だ!だけど、この「ブライ・オーガ」の体は走るほどに楽になっていった。これも特性の一つなのだろうか?あとでジルドさんに聞いてみよう。
今は街に入る門のところで俺を入れるための手続きを行なっている。それが、公爵家のご令嬢が災害指定された魔物を連れてきちゃったもんだから、兵の詰所が大慌てでネーヴェルク公爵様、ひいては他に2つある公爵家、アルヴラント公爵、シグムート公爵、さらに王族の方々にまで報告しなければいけないらしい。
おいおい、ジルドさん、一応パパに報告ってレベルじゃないじゃないですかぁ!
「………やっぱり、こうなるよなぁ。」
バレないようにするつもりだったのか?国家反逆罪とかにならないんだろうか?ジルドさん、さようなら。シュリアは俺が守るから。
ん?鎧着た騎士っぽい若い男が詰所から出てきたな。
「ジルド団長!お久しぶりです!」
「あー……もう団長じゃねぇからな?今はただの雇われ冒険者だよ。」
なんかジルドさんの背景が少し明らかになったな。騎士とかだったのかな?しかも、団長?
「ジルド、キシ、ダンチョウ、ダッタノカ?」
「うわぁっ!?」
おっと、若い騎士くんの後ろから話しかけてびびらせてしまった。失敬、失敬。
「ジルドさん、こ、こいつが話に出た……。」
「あぁ、シュリアお嬢様が従魔にした、言葉を理解するブライ・オーガだ。安心しろ、危険性の確認はしてある。それと、俺の話はやめてくれ。こっぱずかしいからよ。」
騎士くんはこちらに対して身構えており、いつでも剣を抜けるようにしているのがわかった。
ここはひとつ、仲良くなるために自己紹介でもしようか!
「シュリアノジュウマ、『ツァールト』ダ。ヨイナマエダロウ?シュリアガ、ツケテクレタ。スキナヒトハ、シュリアダ。ヨロシクタノム。」
ふっ。シュリアへの愛が隠しきれてないな。仕方ないことだ。なんて思いつつ騎士くんを見ると、呆けた顔になっていた。
「まぁ、こんなんだから大丈夫だろ?それで?上から許可は?」
「へ?え、あ、はい。公爵家の方々は特に何も仰らず、許可する、とだけ。ただ、国王陛下の使いの方からは、許可はするが後日、国王陛下から召喚されるだろうということでした。」
駄目だと言われるかと思ったが、意外とお許しが出たな。ゆるい感じのお国柄なのか?なんともいえないな。ま、なるようにしかならないよな。
「そんなら、さっさと通らせてもらうぜ。一応、直接グランバルド様に報告しときたいんでな。」
「分かりました。お通しいたします。ただ、従魔の証としてこちらの首輪を……装着させてください。」
騎士くんが少し怯えながらも首輪を差し出してくるので、手を伸ばす。
「ひっ……!ま、街中では外さないように、お、お願いします……。」
「ワカッタ。キヲツケル。シゴト、ガンバッテクレ。」
「えっ!?あ、はい、ありがとう、ございます………。」
変なものを見たような顔の騎士くんと別れて、俺たちはバルティア王国の王都リラントへと入った。
門を抜けると、石畳の舗装された道があり、その両脇には宿屋らしきものや、酒場、雑貨屋、服屋、武器屋、離れたところには教会なんかもみえた。そして、王都の真ん中には巨大な白亜の城が堂々とそびえ立っていた。
「屋敷に着いたら、グランバルド様に報告するから、お嬢様と一緒にお前さんも来てもらうからな。」
「ワカッタ。」
ジルドさんの横顔を盗み見ると、何故か少しだけ悲しみの色が見えた。
「さぁ、着きやしたぜ、お嬢様。………グランバルド様にツァールトの事を報告しに行きやしょう。」
「ええ………。」
乗ってきた馬車を屋敷の御者に任せて、俺たちは屋敷の門を潜り、流石は公爵家といえるような大豪邸の入り口へと向かう。
いやー、緊張してきたな。シュリアのお父様にご挨拶か……。失礼の無いようにしないとな。お義父さんになる可能性も………。と、そんなことを考えていたら、屋敷の上品な造りの扉は既に開けられていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お話は伺っておりますゆえ、お疲れかとは思いますが、お先に旦那様へ、ご報告をお済ませになられた方がよろしいかと存じます。」
わぁお。まさにできる執事という感じの老紳士が出てきた。ロマンスグレーの髪をきっちり整えており、その目は猛禽類のような鋭い黄金色をしていた。
ちらっと俺のことを見たが、魔物としての本能がこの老紳士は侮れないと告げていた。だって、背筋ぶるったもん。黒い肌だから分かりづらいけど、俺、鳥肌たってるもん。
「ありがとう、セバス。直ぐに向かうわ。」
セバス!でたよ!期待を裏切らないね!
「セバスティアン様、私は自室に戻らせて頂くが、構わないか?」
「ええ、承知致しました。ごゆっくりお休みになられてください。」
微妙に裏切られたぁー!いや、たしかに同じっちゃあ、同じだけども、『チャン』じゃないとさ……その………痒くなる。
エレナさんは部屋に戻るみたいだ。まぁ、俺のことで思うことがあるのだろう。別れ際、エレナさんは俺のほうを一瞥して去っていった。その瞳には、怒り、悔しさ、そして、申し訳なさが見えた気がした。
俺だったら、感情をぶつけられても構わないのに………エレナさんも、大概優しい人だってことは分かったな。いつか仲良くなりたいものだ。
「では、旦那様のもとへご案内致します。」
セバスさんの言葉でシュリア、ジルドさん、俺の3人はネーヴェルク公爵に報告に向かった。
「少々、お待ち下さいませ。………旦那様、シュリアお嬢様とジルド殿が従魔の件についてご報告をということで、お連れ致しました。従魔のツァールト殿もご一緒でございます。」
おお!セバスさん、俺オーガなのに『殿』なんてつけて名前で呼んでくれたよ。なんかオーガになってからのほうがちゃんと向き合ってくれる人が多いんだけど………。複雑な心境です……。
「入りたまえ。」
いよいよ、シュリアのお父様とご対面だ。シュリア、ジルドさん、俺の順で執務室らしき部屋へと入る。
「……失礼致します。」
「失礼しやす。」
「シツレイシマス。」
俺がことわりを入れた瞬間、部屋の奥でなお執務を行なっていたネーヴェルク公爵のシュリアと同じ色の、しかし宿る力が段違いに強い瞳が、確かに俺の姿を捉えた。俺はその瞳に何の色も見出だせなかったことに、ある種の恐怖を感じた。前世でもこんな人物はいなかった。
シュリアとジルドさんが前に立ち、俺は一応、2人の後ろに立つことにする。……決して、シュリアのお父様が怖かったわけじゃ………すみません、やっぱ怖いっすわ。見た目は20代前半くらいだろうか?髪は金髪でかなりの美形、といった容姿なのだが、やはり公爵としての威厳が若くして半端じゃない。………シュリアの銀髪は母親譲りか。
「では、報告を聞こうか。」
「はい、俺のほうからさせていただきます。まずは………」
俺たちが出会ったきっかけから、シュリアとの従魔契約に至るまでをジルドさんがまとめて報告していった。
報告が終わると、ネーヴェルク公爵は机に両肘をつき、口元で指を組んだ。
「………なるほど。」
そう呟くと一度俺を見て、そして、シュリアの方を見た……のだが、その瞳は実の娘に向けるにはあまりにも熱を感じないものだった。
「君は、非常に強力な魔物である彼を従魔にしたが………何が目的だ?」
尋問するかのような口調で問われ、シュリアは表情を硬くする。しかし、意を決したようにネーヴェルク公爵………父親の目を見て自分の意志を話しはじめた。その内容は俺にとって寝耳に水のものであった。
「わ、わたしは………将来、『
まさかシュリアにそんな目標があったとは………。出来ることなら、そんな危ないことはしてほしくはないな。まぁ、でも、シュリアに頼まれたら俺は彼女のために戦うんだろうが。父親なら娘がそんなこといったら反対すると思うな。
「無理だな。君では足手まといにしかならない。いくら従魔が強力でも、魔獣指揮者が君では話にならないな。身の程をわきまえなさい。」
シュリアに熱を宿さぬ瞳を向けたまま、冷たく言い放つ。いくらなんでも言い過ぎではないかと思って少しネーヴェルク公爵を睨んでしまったが、彼は俺の視線に気づくとこちらを睨み返してきた。………怖いっす。
「……ッ!!」
シュリアは何かに耐えきれなくなったように、部屋を飛び出していってしまった。去り際、彼女の目元には確かに涙が浮かんでいた。
「!お嬢様っ!」
「君も下がりたまえ、ジルド君。」
「………失礼、しやした。」
ジルドさんはシュリアを呼び止めようとしたが断念し、退室を促されたことで少し悔しげに肩を落として部屋を出ていく。俺もとりあえずはジルドさんと一緒に行こうとするが、
「『ツァールト君』、君は残ってくれ。会話はできるのだろう?」
少し怖いのだが、話してみたかったこともあり、頷いて返す。ネーヴェルク公爵がセバスさんに視線を送ると、セバスさんは「失礼致します。」とだけ言って退室していった。魔物とふたりきりにしていいのだろうか?
「さて、ツァールト君には言っておかなければならないことがある。」
怖いな……。何を言われるんだ?あれだけシュリアを拒絶した彼は、従魔である言葉を解する魔物に何を言うのだろうか?
「……………シュリアを……娘を少しでも傷つけてみろ。どんなことをしてでも、俺と息子で君を始末するからな。」
………………ん?あれ?なんだろう、この急に漂ってきた残念感は。えーと?実はグランバルドさん、ただのムスメダイスキーな親バカ??
…………………………。
なんじゃそりゃーーー!?!?
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