平山
連絡の取れない息子を心配した内藤の母親が部屋を訪ね遺体を発見した。
通報を受け平山たちが現場に駆け付けた時には、変わり果てた息子の姿に意識を失くした母親は救急車で搬送された後だった。
腐敗臭の充満した部屋に入ると衣服の散らばる床の真ん中に大きい衣装ケースの置かれているのが目についた。ふたの周囲をガムテープで目張りした透明の入れ物の中には折りたたまれて詰められた黒ずんだ遺体が入っている。こっちを見ている側面に張り付いた顔には眼球がなく、開けっ放しの口からは丸め込まれた布地が見えていた。おそらくこの男の下着だろう。
柳が口を押さえ玄関を飛び出していく。
それを横目に平山は四方からケースの側面を眺めた。
「今回の遺体はミンチにされてねぇな」
先に来ていた福沢が平山の肩越しに声をかけてくる。
「ああ、あの事件と同一じゃないってことか」
「いや、おんなじだろ。こんなことする奴はひとりしかいねぇ、あの殺人鬼だ。
どこのどいつかまだわからねぇがな」
福沢はふっと鼻で笑った後、「おいっ、もう写真撮ったか。今から中身出すぞ」と部下たちを見廻した。
ガムテープをはがし、ふたを開けると濃厚な腐敗臭が解き放たれた。
その状態もカメラに収めてから、福沢たちはそっと遺体を持ち上げケースから出した。
黒ずんではいるが破壊されていない皮膚はきれいな状態を保っている。なのにアルファベッドはどこにも残されていなかった。
欠損しているのは両眼の眼球、左右の指十本。それと陰嚢を含む陰茎。
眼球は二つとも踏み潰され乾いて床にこびりついていたが指と陰部は見つからなかった。
「まだ断言できんが、これもおそらく生きてるうちにやられたんだろうな」
「どれが?」
「両目のくり抜きも指とあそこの切断もさ。あと詰め込まれたのも生きてるうちだ。まあもう虫の息だったろうが。
この腐敗具合だとこの前の事件より以前にやられたみたいだな」
「吉川美恵の件よりか?」
福沢の見解に平山は深く息を吐いた。
あの一連の事件と今回の事件は関連しているのか。もし同一犯の仕業ならなぜ今回は文字が刻まれていないのか。
被害者が増えていくのに対し、こちらは何一つわかっていないことに平山は焦燥を感じた。
「福沢さん。冷凍室からこれが」
福沢の部下が凍ったビニール袋を持ってきた。霜にまみれた袋の中にはウインナーのようなものが入っている。
「こりゃ、指か」
平山が覗き込むと確かに赤黒く凍った指が十本、霜に覆われている。
「他に何も入ってなかったか」
「後は氷や食材だけです」
「じゃ、アレはどこへやったんだ」
福沢は首をひねった。
そこへ柳が手帳に書き込みしながら戻って来た。
「被害者の氏名は内藤稔。P大学の二年生です。でも、全然大学に通っている様子はなかったそうで」
ちゃんと情報収集して戻ってきたことに平山は心の中で感心したが、柳の顔はまだ青白いままだった。
「今までの被害者との接点はどうだ?」
「ご近所さんに吉川美恵やバスの運転手たちの写真を見せたのですが、被害者の母親以外、部屋に出入りしていたという証言はなくて、今のところそれ以外わかりません。後で病院に行って母親に話を聞きに行ってきます。
ところで平さん、あれなんでしょう」
柳の指差すほうを平山と福沢が同時に振り返った。
机と壁の隙間から少しだけ白い紙の角が覗いている。
福沢が机の側にいた部下に声をかけて持って来させた。
「女の写真か――よく見つけたな」
写真にはベレー帽を被ったエプロン姿の女が写っていた。
「彼女、ですかね」
平山の手元を覗き込んで「きれいな人ですね」と柳が続ける。
「彼女ならこんな撮り方せんだろ。こりゃどう見ても盗撮だ」
そう言う福沢に写真を渡し、平山は柳に顔を向けた。
「この事件に関係があるかもしれん。早急に身元を割り出せ」
「あ、はいっ」
「この男のただの趣味かもしれんぞ」
鼻で笑う福沢に「いや、これが突破口になるかも」と返した平山だったが、余裕の笑顔を浮かべることはできなかった。
*
「もう、何でもかんでも入れ込むんだからっ」
消えたサンダルの片方を探して犬小屋を点検していた主婦は項垂れる犬を叱っていた。
「ほらぁ、ここにあった」
噛み千切られ使いものにならなくなったサンダルを引っ張り出し、ため息をつく。その他にも干場から消えた靴下の片方や捨てたはずのゴミが、敷いている毛布の下からどんどん出てくる。
「こんなもの入れるから臭くなってくるんでしょっ。
ったく、いつ盗ってるのよ」
キンキンした声に犬の尻尾がますます垂れ下がる。
「ちょっと、これ何?」
黒い肉塊をつまみ出す。ビーフジャーキーのようだがそれにしては柔らかくて形も変だ。においを嗅ぐと肉の腐敗臭がする。
気持ち悪いが両手で広げてよく見てみた。見覚えのある形をしていることに気付く。
「やだ、これって――」
主婦のけたたましい悲鳴が近隣に響き渡った。
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