平山


 事件現場に急行した警官たちが沸き立った。初めて被害者同士の共通点が出たのだ。

 平山にも気合が入る。それは柳ほか、一連の事件に携わっている刑事たちもみな同じだろう。

 アンジュミニョンにはすでに規制線が張られ、制服警官が野次馬を制していた。

 片隅では今にも泣き崩れそうな若い母親が眠った幼児を抱え、女性警官に支えられて立っている。

「柳、第一発見者から事情聴取してこい」

「わかりました」

 イケメンの柳が近づくと母親の目が一瞬輝き、背筋をしゃんと伸ばした。凄惨な死体を発見して気の毒に思ったが、これなら大丈夫だろうと平山は思った。正確な第一発見者の幼児はすやすやと眠っているようだし。

 平山が入口をくぐると福沢が遺体を前に頭を掻いていた。

「お、ごくろうさん」

 福沢はショーケースから出した粉にまみれた三木の白い生首をあごで指した。大きく開けた口には赤く染まった小麦粉がいっぱい詰まっている。横にはいくつかに切断され黒焦げに焼かれた腕や脚も置いてあった。

「胴体はあっちの作業台の上。いつもとおんなじでミンチにされて盛られてるよ。

 あと、ここ」

 福沢は遺体の額を指さした。

 白い額の真ん中に楕円が刻まれている。

「Oかゼロか――」

 眉をひそめる平山に、福沢が「お、そうだ」と顔を上げた。

「まだ報告書に上げてないんだが、この前のお坊ちゃんからも文字が見つかったぞ。冷凍の指からだ。右の人差し指の先に『I』もしくは『1』、確かに故意に付けられたものだ。

 これはすべて同一犯の仕業だってことだな」

「やっぱりそうか――

 今回は吉川美恵の関係者だし、やっと容疑者に辿り着く突破口が見つかったよ」

 平山が微かな笑みを浮かべる。

 手帳を見ながら柳が店内に入ってきた。

「平さん、あのお母さんの話だと店長を事情聴取したあくる日は営業していたそうで」

「ということは、一昨日の閉店からか――柳、あとで近辺の防犯カメラのチェックを頼む」

「わかりました。

 うわっ、焦げ臭い。今回もひどいですね。これOですか?」

 鼻を押さえながら空いた手で三木の額を指さした。

「Oかゼロか――」

 さっき福沢に言った同じ言葉を平山は繰り返した。

「U・K・O(オー)か0(ゼロ)――なんなんでしょうか」

 柳は文字を書き込んで首をひねる。

「それとI(アイ)か1(イチ)だ」

 平山の声に柳が手帳から顔を上げる。

「さっき福さんから教えてもらった。凍った指から見つかったそうだ」

「U・K・Oか0で、Iか1――これ、なんの暗合なんでしょう」

 柳は文字を記入した手帳を縦にしたり横にしたり、顔に近づけたり遠ざけたりしてた。

「何やってんだ。そんなでわかるかっ。

 それは後にして、遺留品がないか隈なく調べろ」

「はいっ」

 平山に促され柳が奥の作業場に入っていく。すぐ「おえっ」という嘔吐きが聞こえてきた。

「成長してんだかしてないんだか、わからん奴だな。あいつは」

 福沢が笑う。

「平さんっ」

 緊迫した柳の声がした。

 平山は福沢と顔を見合わせ、作業場に飛び込んだ。柳はその奥にあるカーテンで仕切られたロッカールームにいた。

「どうしたっ」

「こ、これっ、これっ」

 慌ただしく二つ並ぶロッカーのネームプレートを指さしている。

 一つはMIE、もう一つはUIKOと書かれてあった。

「あれ? 従業員がもう一人いるのか。この間の事情聴取ではそんなこと言ってなかったぞ」

「あ、さっき第一発見者のお母さんが辞めたばかりの従業員が一人いるって言ってました。

 って、そうじゃなくて平さん、名前です。名前っ」

 柳は手帳にペンを走らせ、平山と福沢に見せた。

 U・I・K・O

「縦棒はイチじゃなくアイ、丸はゼロじゃなくオーでいいんですよ。全部アルファベットでっ」

「被害者の殺された順番を考えたら、その並びで正解だな」

 福沢の呟きに平山がうなずき「柳、中を調べろ。何か手掛かりがあるかもしれん」とロッカーを指さした。

 だが、UIKOと書かれたロッカーの中には何も残っていなかった。ネームプレートだけ片づけ忘れたのだろう。

 続いて美恵のロッカーを開ける。ヘアゴムやリップなどの小物の他にスニーカーや置き傘などが乱雑に詰められ、ハンガーにはえんじ色のベレー帽とエプロンがかけられてあった。

「あーっ」

「今度はなんだ」

「しゃ、写真――」

 柳は手帳に挟んだ紙を取り出した。内藤の部屋で発見した写真のコピーだ。

 映っている女の帽子とエプロンの色や形が類似している。

「何がどうなのかさっぱりわからんが、繋がってきたのは確かだな。柳、このUIKOという元従業員を当たるぞっ」


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