美恵
「あの子とうとうクビになったか。
ったく、今度のバイト入るまでわたし大変じゃん」
美恵はスマホを耳に当てたまま独り言ちてため息をついた。
いつか辞めさせられると思ってたけど。店長、さすがにきょうで堪忍袋の緒が切れたか。悪い子じゃないんだけどなあ。顔もかわいいし。
そんなことを考えながら暗い公園の横を通過する。
朝や昼の間は近隣住人の散歩コースになっているが、樹木が多いうえに街灯が少なく、日が落ちると暗く危険な場所になった。
入口にちかん注意の看板が立てかけてある。
「こんな看板立てる前に鬱陶しい木をなんとかしろよっていう話よね」
スマホを耳に当ててしゃべってはいるが、誰かと会話しているわけではない。防犯のためつながっているふりをしているだけだ。
自分の靴音だけが石畳に響く。ほかに音はない。いつもと同じだ。
だが、なぜか言いようのない気味悪さを感じた。
なんだろう。誰かに見られているような?
周囲を警戒しつつ電話のふりを続ける。
目の前の植え込みががさがさと動く。と同時に手が出てきて、美恵はその中に引きずり込まれた。
仰向けに倒されると声を上げる間もなく顔面を拳で殴られた。鼻がつぶれ前歯も折れた。血が喉に流れ込んでくる。
頭が朦朧とし、視界がかすんだ。
助けを呼ばなければ、叫ばなければと思っているが声が出ない。
気付くと足首をつかまれて引きずられていた。
このままでは犯される。それだけではなくきっと殺される。
迷いのない暴力にそれがはっきりと感じられ、美恵は思いきり脚をじたばたさせて抵抗した。
だが相手はひるむどころか下腹部を激しく何度も踏みつけてくる。小便が漏れて尻を生暖かく濡らした。
やめて。お願い許して。
美恵は心から祈ったが再び足首をつかまれ引きずられていった。
ワンピースの裾がめくれ上がり、背中に直接地面の冷たさが伝わってくる。
薄暗い街灯の下に止まると男が美恵の顔を覗き込んだ。逆光になって男の顔ははっきり見えない。
「だず――げで――」
ごぼごぼと血の混じったよだれを流しながら訴えたが、聞き入れられることはなく、ワンピースを引き裂かれ、下着を乱暴に剥ぎ取られた。
ああ――もうだめだ――
涙のあふれる目を閉じる。
男が美恵の手を脚で押さえつけて馬乗りになり、口の中に何かを押し込んできた。それが尿で濡れた自分の下着だと気付き、首を振って抵抗したが左右の頬を拳で思い切り殴られた。
何をしても無駄だ。せめて命だけは助けてもらおう。おとなしくしていれば殺されずに済むかもしれない――
そう考えて自ら口を開けた。
濡れた布の塊が詰め込まれる。口を塞ぐだけだと我慢していたが、どんどん奥に押し込まれてくる。抵抗しようにも手は男の脚に押さえられたままだ。
息が、できないっ。
脚を振り上げ、体をよじり、自分の上から男を振り落とそうともがいたがびくともせず、濡れた柔らかい小さな布を喉の奥にまで押し込まれた。
男が頭を上げた。街灯の光がその顔を照らす。
ケーキを買いに来たあの客だった。黒眼鏡の奥から瞬きのないぎょろ目が自分を見下ろしている。
それが美恵の見た最後のものとなった。
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