佐竹


 管理不十分な廃ビルがいくつか存在する薄汚い路地裏には、年中乾かない水たまりが点在し、散乱したゴミがつむじ風に舞っていた。

 その一軒の廃ビルの二階に佐竹は潜んでいる。今まで見咎められたことはないが、すぐ逃走できるようバッグ以外の荷物は所持していない。廃品置き場にあった古い毛布だけが寝床として敷いてあるだけだった。

 佐竹は毛布の上に座ると土埃の溜まった床に拾った新聞紙を敷いて百枚以上ある羽衣子の写真を広げた。あの男の家から持ち出した後、これを日課にしている。

 笑っている顔、困った顔、悲しそうな顔、いろんな表情の羽衣子が目の前に揃っていた。

 四六時中、羽衣子が側にいるようであの男の気持ちがわからないでもない。だが、あいつが穢れた心でこれを眺めていたかと思うといまだに腸が煮えくり返る。眼球をくり抜き、羽衣子の残像を残さないよう踏みつぶしてきてもまだ足りなかった。

 それだけではない。写真を撮った指を切り取り冷凍室で凍らせた。妄想で使用したであろう陰部も丸ごと切り取り、通りすがりの吠える犬に向かって塀の中へ放り投げた。

 それでも、今でも、羽衣子を汚され続けているような気がしてならない。

 まだ意識のあった男を狭いケースに詰め込んだのは、じっくりと死の恐怖を与えるためだった。指のない手でもがき、酸素を取り入れようと小鼻を何度も膨らませていたが、徐々に動きは弱っていった。

 赤く染まった顔色がやがて青く変化するまで佐竹は見守っていた。だが、まだもやもやとした気持ちが残っている。

 こんなことならバスの運転手やケーキ屋の店員以上に破壊しつくしておけばよかった。

 後悔したが今更どうしようもなく、とにかく羽衣子を守ったことに違いはないと自分を納得させるしかなかった。

 佐竹は写真を揃えて大事にバッグにしまうと立ち上がった。

 あと一人だ。

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