内藤


「やばいよ。なんなんだよ。まさか、刑事とか?」

 付きまとっていることが羽衣子にばれて、警察に通報されたのかもしれない。

 そうとしか思えなかったが、あの娘がそんなことするはずないと信じている自分もいた。

 記念日なのに結局、告白も食事にも誘うこともできなかった。

「なんなんだよ」

 悔しさを滲ませ独り言ちる。

 さっきから何度も後ろを確認するがもう男の気配はない。

 住まいを突き止められるのを恐れ、あっちの路地こっちの路地を走りまわった甲斐があった。

 深く息を吐き、ようやく歩を緩める。

 もう店の前では待伏せできないな。

 内藤は舌打ちした。

 でもまだまだチャンスはある。終わったわけではない。

 もう一度辺りを窺い、何者の気配もないことを確かめると自分のアパートに続く路地へと出た。

 そうだ。店の前がだめなら彼女の乗るバスでもいいよな。ずっと手前で乗って座席で座って待つ――そうだ。入口近くの席がいいな。彼女が乗ってきたら「あれ、偶然だね」って声をかけて――

 自然とハミングしている自分に気付いて内藤はくすりと笑った。

 明日がいいかな? 明後日? 雨よりも晴れの日がいいよね。天気予報、確認しなくちゃ。

 二階建てアパートの一階角部屋の前に着くと、ポケットから鍵を取り出してドアを開けた。

 そのとたん、後頭部に激しい衝撃を受けて膝が崩れた。倒れる寸前、襟首をつかまれ、そのまま奥に引きずり込まれる。

 朦朧とする意識の中でドアの閉まる音だけがはっきり聞こえた。

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