平山


「結局、容疑者にはたどり着かなかったですね」

 柴田羽衣子の部屋の前で柳が大きなため息をついた。

「うむ。過去の事件と今回の一連の事件が同一かどうかは置いといて、あの彼女が行うことは到底無理な話だ」

 突破口が見つかったと勇んだ分、落胆も大きい。

「そうですね。殺人はともかく、あれだけの死体損壊は普通の女性にはできません」

「それにしても柴田羽衣子はずいぶんおめでたい女性だな」

「は?」

「叱責され辞めさせられたっていうのに恨みに思っていない。それどころかなんでも良いほうに解釈している。思わず演技じゃないかって思ったよ」

「違います。彼女はああいう女性なんですよ」

「初めて会ってお前に何がわかるんだ」

「えーなんとなく――」

「なんとなく、で事件は解決できん。ちゃんと目を開けて頭を研ぎ澄ませとけ。でないと取り返しのつかないミスをするぞ。

 容疑者にはたどり着かなかったが、ケーキ屋二人だけじゃなく、彼女がアルファベットを彫られた被害者すべてに関係しているのは事実だ。

 いったい誰が何の目的で柴田羽衣子に関する人間を殺害するのか、突き止めなければならん」

「でも、羽衣子さんが容疑者にならなくてよかったです」

 柳の安堵したつぶやきに平山は少し腹が立った。

 いや、自分も羽衣子を犯人だと思いたくはないし、思ってもいない。だが、猟奇殺人鬼をいまだ野放しのままだという焦りと緊張がこの部下には欠けている。

「柴田羽衣子が誰かに依頼したとも考えられるがな」

 意地の悪い目でそう吐き出すと柳は慌てた。

「そ、そんなことないですよ。絶対」

「もしこの事件がまだ終わってないのだとしたら、彼女の身も危ないかもしれん。

 柳。お前、彼女に張り付いとけ」

「は、はいっ」

「そこから何か見つかるかもしれん。しっかり見張るんだ」

「わかりましたっ」

 びしっと敬礼する柳に微かな歓喜の表情が浮かんだことを平山は見逃さなかった。


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