ひと息に読みました。自分は機械に疎く、飛行機にも興味のある読み手ではありません。しかしこの作品を面白いと感じたのは、偏に、主人公をはじめとした登場人物たちを取り巻く景色を、空気感を、「共有したい」と思ったからです。
夏の暑さ、爽やかさ。冬の寒さ、澄んだ空気。張り詰めた緊張感と、緩和のバランス。このキャラクターたちと同じところにいたい、同じ体験をしてみたい。そう思わせる描写の力を、この作品は持っています。
読み手をその作品の舞台へ連れてゆくこと、これが小説の力なのだとしたら、作者はそれを引き出す力をお持ちなのだと思います。
なにより、この作者は空が好きなのでしょう。そう思わせてくれる作品でした。
飛行機や舞台設定、世界は何故そうなっているのか、そう言った要素を世界観と表現しますよね。
フィクションには多くの要素を一本の糸として、撚り合わせて長く丈夫な縄になっています。
この縄が、多分世界観。
その辺の説明は他のレビュアー様や本編中を読み進めれば、たとえ最初は少し難しいと感じたとしても優しく理解できると思います。
ですので、ちょっと別角度から、ごく当たり前の事を書きたいと思いました。
主人公の女性は年齢相応の悩みを持っています。
「自分はどんな大人になりたいのか」
思春期の悩みを彼女はどう答えを出して行くのかが、本作の読みどころではないかと考えます。
作中に出てくる人物達は、人が誰でも一度は抱える悩みについて、何某かの考えを持っています。
若者は悩みとどう向き合うべきか、この答えはその人の人生それぞれによって異なり、誰もが安易に結論を出すことはできません。
例えどんな人生のベテランだって、紆余曲折、山も谷も乗り越えて、だけどまぁこんなモンで良いのかなぁ位の事しか言えませんよね。
皆さん、そりゃ、当たり前だと思われるでしょう。
しかし、この「若者は悩みとどう向かい合うか」を小説として書くのは、結構難しいと思うのです。
何故かと言えば、
「どうにかして台詞で表現しようとする」
ので、少し薄っぺらくなってしまうからです。
でもでも、若者の本音ってどんなでしょう?
何か具体的な言葉でしょうか?
それとも曖昧な思考実験とか?
何事も簡単に断言する老獪な大人の悲観的なアドバイス?
もし、台詞ではなく行動でそれを示すことが出来れば、若者らしい情熱、つまり、
「ええい! なんて言えばいいかわかんないけど、自分はこうしたいんだ!」
が表現出来るんじゃないかと思うのですよ。
ね?
本作では、主人公を囲む何もかもが優しく作り込まれています。
その優しさを、主人公はひねくれる事なく受け取ります。
読んでて、そりゃもう、一緒にステラ(登場人物みんなに愛されてる主人公の愛機、飛行機の名前ですよ)で甲斐の山と空を飛んでる気持ちになれるくらい。
厳しく優しい人達と自然に囲まれて、ちょっとポヤポヤしてそうで実はその中に芯のある主人公が、悩みについてどの様に答えを出すのか、読者としてもドキドキしながら優しい気持ちで読み進められます。
えー、当たり前じゃんそんなの、と思った方、その当たり前が案外無いんですって!
読後感が少し優しい気持ちになれるかと思います。
主人公と一緒にステラに乗って、若者らしい悩みを、前に進むチカラに変えてみては?
こういった作品にしては珍しく、読んでいて非常に軽いです。何行も何段落も設定が書かれたかと思えば、堅苦しい会話が続いて、しかも選ばれる言葉はとりあえず難しいものでげんなり――。ということがないんです!
それは設定が浅いとか手抜きとか言葉を知らないとか、そう言うことでは断じてありません。書きたいことや伝えたいことをはっきりとさせ、楽しませることを考えて書かれていると思いました。
だからこそ、読んでいく中で自分も空へと上がっていくような。物語の加速にあわせて、自分の期待もどんどん加速していくような、そんな作品です。各章各話が短時間でも読みやすい量であり、またそれぞれの区切りで退屈させられないため、空いた時間でどんどん読めます。
まあ、わたしは比較的まとめて読んでしまいましたけれども!仕方ないですよね!だって、心も加速してしまったんですから!
太平洋戦争の終戦が一ヶ月だけ遅くなった、私達の世界とはほんの少し異なる歴史を辿った日本。その僅か一ヶ月間の違いが、もう一つの戦後日本の民間航空産業の勃興を生む。航空機が遥かに身近な存在で、まるでトラックの個人運送業者、さしずめ映画のトラック野郎のように飛行機で日本各地を飛び回る。そんな設定で始まる、空への憧れと天才的操縦テクニックを持つ、少女の成長物語だ。
飛行機のコックピット内の操作、操縦中の判断、機体の性能や特性、そして飛行するための環境など、航空に関する知識をストーリー展開の中に自然に盛り込むことで、読む進んで行く内に作品世界のイメージがどんどんクリアになっていく。ストーリー自体は元気一杯の若者の成長物語という王道の展開だが、作品内に盛り込まれた情報が膨大なので、むしろ本筋がシンプルな方が読み易い。この世界に馴染めば、もっと複雑な展開も可能になると思うので、続編も期待したい。
舞台となる甲府盆地の地理や歴史をリサーチしたらしく、描写にも非常にリアリティがある。現地で丹念に取材したのではないだろうか。
もう一人の主人公とも言うべき三式連絡機は、どちらかといえばマイナーな機体だが、優れたSTOL(短距離離着陸)性能を持つ先進的な航空機であり、個人的にも好きなので、これが主役だというのは嬉しい。陸軍の機体なのに陸軍(海軍ではない)の空母に艦載機として運用されていたという史実を反映した着艦フックが物語の中で大きな役回りを果たすのも、ファンとしては読んでいてニンマリするところだった。
続編もさることながら、作中で触れられた昭和21年の東京大空輸(ちょうどベルリン大空輸のような)についても、番外編として書かれるといいな、などと思った。
自らが操縦桿を握って空を舞うことのできる人はごく僅か。
それゆえに、パイロットを主人公とする物語に実感を伴って
没入できる人もまた、ごく僅かではないかと思います。
その乖離を埋めようとして、特に小説はなまじ細かく説明
できてしまうため、必要以上に専門用語を駆使して操縦動作
やパイロットの心理心情描写に行をさき、結果として中々
物語自体が進行せず、読みづらくなっていくことが多いのです
が、本作は異なります。
本作での描写は主に“飛行機に乗っている者から見える景色”
と“その飛行機を見つめる者”そのものに多くの行をさき、それ
により読者に“一緒にその飛行機に乗っている”浮遊感覚を与え
ることに成功していると感じました。
この後シリーズが進んでいけば、いずれは細かい専門的な
話題や単語も増えていくことがあるのでしょうが、こうした
手順を踏んで少しずつ加えていくなら、脱落することなく
ついて行けるのではないでしょうか。
このヒロインと一緒にまた次の空を見たいと思っています。
「神は細部に宿る」と言うが、細部のディテールがしっかりしている割に、お話はうーん・・・という作品自体は結構多い。自分の知らないジャンルの専門用語を並べられた上、それが話の本筋に絡んでない作品は作者の自己満足なのではないかと思うことも多々ある。
飛行機が絡んでくるこの作品も、そんなヒコーキマニアの自己満足に陥っているのではないかと身構える人も多いかもしれない。だが、読み進めていくうちに、「これは違う・・・」と感触を得る。歴史的背景、地理的要因、飛行機の特性。これらが話に上手く絡み合って進み、主人公はそれらに翻弄されつつも乗り越えていく。
飛行機とその操縦のディテールもさることながら、舞台となる山梨の地理がよく反映されていることも分かるはずだ。当然それは飛行機の運行に影響をもたらす。完全な創作世界ベースだとイメージが難しいこともあるが、実在地域ベースだとGoogleMapを見れば、「あ、そういうことか」と理解できる楽しみもある。そもそも、こういう楽しみを読者に行わせる時点で、作品に力がある証拠だろう。
余談だが、やたら飛行機の用語(それも分からない)が登場するが、とにかく面白くて、分からなくてもどうにでもなる小説と言えば、秋山瑞人『イリヤの空 UFOの夏』があったが、あれも山梨が舞台の作品だったなあ。山梨にはなにかあるんだろうか。
甲府盆地の蒼天に飛ぶプロペラ機が瞼に浮かぶ……。
――舞台となる山梨県営玉幡飛行場ってだいたいどんなところ?
山梨県の地理に余り詳しくない人は真っ先に「山梨 玉幡飛行場」のキーワードでググってみるといいと思います。
http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/yamanashi-airfield
(とりさんのblog 空港探索・2、より甲府飛行場)
物語の舞台となる飛行場はかつて存在したこの甲府飛行場がモデルになったものだと思われます。
今でこそ山梨には日本航空学園か韮崎滑空場ぐらいしかまともな飛行場らしきものが残っていませんが、第二次世界大戦頃には山梨に大きな飛行場が存在していました。それがblogの先にもある甲府飛行場です。
釜無川の横にあるとされる玉幡飛行場がたぶんこれだとすると、作中に出てくる地名や地所などはほとんど実在するランドマークと一致します。筆者はとんでもなく綿密な取材をしてこの作品を書いたのではないかと伺わせます。
釜無川の堤防の坂道を渡り鏡中条橋(1-1 曙光行路 http://bit.ly/2F5Qp3I)とかGoogleストリートビューを使って実際の風景と照らし合わせてみると一目瞭然でしょう。筆者は驚くほど正確にカメラワークを意識して精密に物語を描いています。
GoogleMapから周囲の山の位置、飛行場の位置などを確認しながら照らし合わせて読んでいくとステラの飛行ルート、離発着進入ルートなどもかなり容易に想像できます。これも楽しい。
これだけでも楽しいのに主人公一家の天羽家の人々の生き生きとした姿が目に浮かぶかのような描写はとても一言では表せません。
取材費なんかも相当なレベルでかかったんじゃ無いだろうかと思える作品なので「コレ、Webでタダで読ませて貰っていいんだろうか?」とか思ってしまう作品でした。
山梨にいったことがあるでしょうか?
私はあります。でも、そんなに土地勘があるわけではありません。
そんな山梨を舞台に描かれる作品。
決してご当地ネタの物語ではありません。
実在する精緻な用語に架空の歴史を交えたこの作品。
丁寧な地の文は、まるで映画を見ているような感覚を
与えてくれます。
あまりネタバレをするようなレビューは苦手ですので、
内容に触れることは避けますが、読んでいるうちに
フワっと空に浮いているような感覚を得られる作品だと思います。
どこかの架空の世界ではなく、つい近所にあるような物語。
もしかしたら、自分も登場人物の一人なのかも知れない。
初めてSFやライトノベルを読んだ時の感覚を、
体験できる、極めてまれな作品だと思います。