"もうひとつの戦後日本"の空をかける少女の成長物語

 太平洋戦争の終戦が一ヶ月だけ遅くなった、私達の世界とはほんの少し異なる歴史を辿った日本。その僅か一ヶ月間の違いが、もう一つの戦後日本の民間航空産業の勃興を生む。航空機が遥かに身近な存在で、まるでトラックの個人運送業者、さしずめ映画のトラック野郎のように飛行機で日本各地を飛び回る。そんな設定で始まる、空への憧れと天才的操縦テクニックを持つ、少女の成長物語だ。

 飛行機のコックピット内の操作、操縦中の判断、機体の性能や特性、そして飛行するための環境など、航空に関する知識をストーリー展開の中に自然に盛り込むことで、読む進んで行く内に作品世界のイメージがどんどんクリアになっていく。ストーリー自体は元気一杯の若者の成長物語という王道の展開だが、作品内に盛り込まれた情報が膨大なので、むしろ本筋がシンプルな方が読み易い。この世界に馴染めば、もっと複雑な展開も可能になると思うので、続編も期待したい。
 舞台となる甲府盆地の地理や歴史をリサーチしたらしく、描写にも非常にリアリティがある。現地で丹念に取材したのではないだろうか。

 もう一人の主人公とも言うべき三式連絡機は、どちらかといえばマイナーな機体だが、優れたSTOL(短距離離着陸)性能を持つ先進的な航空機であり、個人的にも好きなので、これが主役だというのは嬉しい。陸軍の機体なのに陸軍(海軍ではない)の空母に艦載機として運用されていたという史実を反映した着艦フックが物語の中で大きな役回りを果たすのも、ファンとしては読んでいてニンマリするところだった。

 続編もさることながら、作中で触れられた昭和21年の東京大空輸(ちょうどベルリン大空輸のような)についても、番外編として書かれるといいな、などと思った。