第2回 大雑把に、女子プロレス史を振り返ってみた

 最近、離れて住んでいるひとつ違いの弟に女子プロレス専門誌を見せてみた。


 過去の“対抗戦ブーム”の頃には私と一緒に女子プロレスを、テレビやプロレス誌で新しい情報を追っかけていた彼だったが、ブームも去り《女子プロレス》とは疎遠になっていた彼は現在活躍中の選手しか載っていない専門誌を見てひと言「わからん」と言った。

 とりあえず“対抗戦ブーム”末期に世に出た里村明衣子や浜田文子といった、現在大御所の選手は御存知なのだが、それ以外は全く分からないという。ブーム終焉後、地上波テレビはおろか専門誌でも扱いがぐんと低くなった、女子プロレスの現状を考えれば当然でもあるがちょっと悲しい。


 私は最後の黄金期である《1990年代団体対抗戦時代》に本格的に女子プロレスにのめり込んだクチである。クラッシュギャルズがもたらした、ひとつ前のブームの頃もテレビでは見ていたが、試合云々よりも同じクラスの女の子たちの熱狂ぶりに引いていた思い出がある。いま思えばクラッシュやもっと前のビューティペアは「プロレス」という「競技」ではなくスポーツ系芸能人のアイドルとして女性たちが熱狂し、男の私はその輪の中に入り辛いそんな環境だった。

 女子プロレスが「色物」でなくプロレスの女子版としてファンに認知され出したのは、FMWやユニバーサル・プロレスリング(共に消滅)がひと興行にひとつ、女子の試合を組み込んだのがきっかけでこれを機に女性目線でない、女子プロレス自体の面白さが男性ファンにも注目され後の《対抗戦時代》への起爆剤となった。

 結局《対抗戦時代》は、その当時活躍していた選手たちの知名度をあげる事になったが、後に続く選手を生み出せなかったのがマイナス面だった――新陳代謝がうまくいかなかったのだ。アジャ・コングや尾崎魔弓、豊田真奈美や神取忍は知っていても、末期の全日本女子を支えた最後のスター・中西百重(引退)や高橋奈苗(現:奈七永)は全く一般的には知られていないのがそれを表わしている。女子プロレス“鉄の掟”であった「25歳定年制」が事実上壊滅し、知名度の高いトップ選手がいつまでも居座っているので、いくら素晴らしい素質を持った下の選手が頑張ろうとも観客的には「いつまでも変わり映えしないメンツ」と思われてしまい、次第に飽きられていったのは当然の結果だと言えよう。そしてプロレス界にありがちな団体の細分化――小さい市場を多くのプロモーションが喰い合っているのでますます規模も小さくなり、プロレス専門誌は女子プロレスに多くの頁を割く事も無くなり「女子プロレス」というジャンルは余程強者のファンでないと注目しない、アンダーグラウンドなジャンルへと堕ちていった。


 だが、アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドなりの矜持がある。以前のようにテレビだけがマスメディアでなくなった時代、団体や選手たちはインターネットやSNSといった電脳媒体を用いる事で情報を発信し、《女子プロレス》の魅力を広めていった。ここで台頭してきたのが、現在WWEで大活躍しているASUKAこと華名と、実は《対抗戦》経験者である当時中堅選手のさくらえみである。華名は専門誌に《マニュフェスト》と称した自己主張を掲載、既存の女子プロレスに対し問題提起をし、老舗団体からバッシングを受けた事で自分と女子プロレス界にファンの目を向けさせ、このジャンルに新たな波を起こす原動力となったし、さくらはSNSを駆使してそれまでスポーツエリートしか門を叩かなかった、女子プロレスへの入り口の敷居を下げ新たな人材をこの業界に呼び込んだ。更にリングのない場所でも試合をする「マットプロレス」なる試合方式や自前の道場で開催する定期戦、インターネット動画配信を使っての試合公開など新たなるビジネススタイルを開拓した。このふたりが己の方法論で業界を掻き回した結果、雑誌やネットでその面白さに注目した新たなファンたちが生まれ、その彼(女)らの支持によって女子プロレスは長い《低迷期》から脱する手前まで来る事ができた。


 では現在、その《低迷期》から抜け出す事が出来たのかと問われると、イエスとも言えないしノーとも言えない。ただあの激動の《対抗戦時代》を駆け抜けた偉大なスター選手だった豊田真奈美や吉田万里子が昨年(2017年)、同時期に相次いで引退した事を思うと《対抗戦》という呪縛からは意外と早く解き放たれそうな気はする。そしてそんな低迷期から過渡期にデビューした選手たちも今や団体のトップ選手として活躍中である。人気選手のサイクル(というか選手寿命)が短くなった気はするが、かつての《定年制》を考えればこれがな女子プロレスの在り方なのかもしれない。

 今や世間からの注目を無理に浴びなくでも、十分ビジネスとしては成り立っているし(ビッグマネーは掴めないかも知れないが)、昔のようにプロレス一本で生活している《専業レスラー》ではない人気選手も数多い。もちろんリングは《闘う場所》である事には変わりないが、新世紀にデビューした選手たちは劇場の舞台と同様に《自己表現の場所》として、今日も何処かの会場で身体能力を駆使し、蹴って殴って舞っているに違いない――

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