第4回 【女子プロレス小説】書くならこれ、読んどけ!


※以前に自分のブログ(現在は停止中)で掲載した記事を加筆・修正したものです。


 文字数の多い少ないはあれど、実際に《小説を書く》という行為を経験された方も、プロレス――特に需要の少ない《女子プロレス》を題材テーマにして物語を一本作り上げるのはヤッパリ大変だと思います、いや実際大変ですっ! エロ方面にシフトすれば楽なんでしょうけど。

 そこで不肖わたくしめが「コレ読んどけば話作るのに大丈夫だろう」というプロレス関係の書籍を紹介しましょう。ただひとつ注意点がありまして……殆どが絶版なんですよ。「どうしても読みたいっ!」と思われたヒトは再販を待つか、図書館や古本屋、またはオークションを利用して読んでみて下さい。



 ①『慟哭のリング』(葉青・著 読売新聞社 1998年)


 中国残留日本人の母を持つ主人公・紅華が母の母国・日本に渡り、女子プロレスに入門、そして様々なライバルたちと戦いの末に日本女子プロレス界の頂点へとたどり着くまでを描いた、タダでさえ数少ない《女子プロレス小説》の中に於いて最高傑作だと個人的は思います。

 主人公である紅華(リングネーム:紅龍華)の「選ばれし者の恍惚と不安」がキチンと描かれている、という点がとても良く、ヘタすればアニメ・ゲーム的(今でいえばライトノベル風)になりがちなキャラクターを上手いこと《一般小説》のキャラクターとして留まらせている。また対するライバルたちも、それぞれ重い背景を持ったキャラ設定(プロモーターを父に持つ在日韓国人少女やボートピープル出身の隻腕ベトナム人少女など)がされていて、《痛快スポーツヒロイン》小説を期待するとちょっと「えっ?」と驚いてしまう。

 《女子プロレス》という題材とキャラクターたちを、マンガ的・アニメ的描写で逃げる事なく、堂々と《差別者》の成長物語として描ききった所にこの作品の《価値》があるのです。

 小説のラスト、一児の母となった紅華が幼い自分の子供の声援を受けて、リングに立つ場面が未だに忘れられなくて、「いつか自分もこんな場面やりたい(書きたい)なぁ」なんて思いながらイソイソと書いている。したがってこの『慟哭のリング』こそが未だに自分の中では《女子プロレス小説》におけるイチバンのバイブルなのです。



②『プロレス少女伝説』(井田真木子・著 かのう書房 1990年)

 

 女子プロレスが多団体時代を迎え、客層もローティーン少女たちからコアな男性プロレスファンたちへと変革した、90年代を彩ったいわゆる《女子プロレスブーム》が始まらんとする以前に発表されたルポタージュで、この(執筆された)時点では全日本女子には《大スター》と呼べる選手は皆無で、ヒールのトップであるブル中野がたった一人で団体を支え、その後の対抗戦で一躍スターとなった北斗晶などはまだ格的には彼女に比べ二枚も三枚も低かった時代。

 そんな《冬の時代》に、一般スポーツファンからは認知されていない《女子プロレス》という題材で、作品中で扱う選手も、柔道出身で先輩選手とのシュートマッチで名を上げた神取忍、中日混血の天田麗文、日本の女子プロレス団体に《参戦》ではなく《所属》したアメリカ人レスラー、《メドゥーサ》ことデブラ・ミッシェリーという、華やかなスター選手ばかりを見ていたらまず目に付く事はない選手を採り上げて、特殊な生活環境下で育ち、それぞれの《理由》でプロレスラーという《特殊》な職業に就いた女性たちを見事に描いたヒューマンドキュメンタリーです。

 冒頭に書いたように、このルポタージュは後に発表される女子プロレスを題材とした創作物に多大なる影響を与えました。前出の『慟哭のリング』の主人公・紅華は紛れもなく天田麗文その人ですし(かなりドラマチックに脚色されてはいますが)、神取忍に至っては彼女が、団体対抗戦により一般知名度が高くなる前――孤高の女子格闘家と云われていた時代――に描かれた、長短ある女子プロレスマンガに登場するライバル像(男勝りでセメントがめちゃめちゃ強い)にエピソードを含めかなりパクられていて、それだけ彼女が当時の女子プロレスに於いて異質の存在だったか、そしてこのルポタージュが《最強幻想》を抱かせるほど《魅力的》に描かれていたか、という事でしょう。

 わたしもこの本を読んで《神取忍・女子プロ最強》という幻想を抱いていた一人なので、団体対抗戦に於ける対・北斗晶戦以外その真価を見せられないまま、今もプロレスを続けている神取に「なんだかなぁ」という気持ちを持たずにはいられません。せめて一度だけでもシングルで長与千種と対戦してくれていたならなぁ……



③『レッスルエンジェルス』(梅木うめ吉・著 コアマガジン 1995年)


 やっぱコレが決定版でしょ。同名PCゲームを題材としたメディアミックス小説でありながら、肝である女子プロレスの世界がしっかりと書き込まれており、プロレスファンから見ても十分に納得のいく出来でした。

 ゲームの登場人物の一人である菊池理宇きくちりうをストーリーの中心に添え、先輩選手との師弟関係や同期との出世レース、そして団体内での軍団抗争を経て彼女がジュニアの世界チャンピオンになるまでを、プロレスファンが考える全てのイベントを、これでもか!と詰め込んだ腹満杯の内容なのです。

 こういうゲーム小説を書く場合、大概主人公というのはオリジナルに則ったものがほとんどでありますが、この作品は人気が高いが菊池が主人公となった事で、『レッスル~』の世界観、主要キャラクターを(あくまでも)俯瞰的に描写されていてまずまず成功していますし、軸である《女子プロレス》からこれっぽっちもズレていないというのもまた良いのです。これがもしマイティ祐希子とビューティー市ヶ谷を中心に描いていたら、小説もまた違ったものになっていたでしょう。

 もしどこかで読む機会があれば、「ゲーム小説だから……」と食わず嫌いをしないで是非一読していただきたい一冊であります。


 ――と、約九年前のわたしが宣っていますが、最近では人気女子選手の海外進出などもあって、ぽつりぽつりと女子プロレス関連のルポタージュやスター選手の自叙伝、それに関係者による回顧録などが発売されていますね。近年出版された中では〇〇年の~でおなじみの柳澤健による『1985年のクラッシュ・ギャルズ』や『1993年の女子プロレス』が、資料性はもとより読み物として十分に面白いので必読でしょう。 

 しかしノンフィクションの方は活発ですが、相変わらず創作フィクションの方は低調ですね。上記の後に読む事が出来た目立った作品としては、桐野夏生による女子プロレスラーを主人公にしたミステリ『ファイアボール・ブルース』(1995)『ファイアボール・ブルース2』(2001)、女子(総合)格闘技ものですが黒野伸一の『格闘女子』(2010 / 『ジョシカク!』改題)『格闘女神ミューズ』(2013)くらいでしょうか――そういえばPS2でリリースされた『レッスルエンジェルス サバイバー2』の小説本もありましたねぇ(2009 / 水野隆志:著)。これは特に読まなくていいでしょう。マンガですと深夜ドラマ化もされた『ここが噂のエル・パラシオ』(あおやぎ孝夫 / 2009~2013)や、『任侠姫レイラ』(梶研吾:原作 米井さとし:作画 / 2009~2010)なんてのもプロレスを「わかって」いてファンとしては面白かったですね。


 純粋に格闘ものとして扱うか、プロレスの《決まり事》をきちんと盛り込んでとしての格好良さを狙うか――調理の仕方はひとそれぞれです。これからも面白い《女子プロレスもの》の作品が、世に出る事をファンとしては切に願う次第であります。

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