超微視的ジョシプロレスコラム

ミッチー・ミツオカ

第1回 伊藤麻希は文句なく《プロレスラー》なのである

 2016年12月に“プロレスラー”としてデビューした伊藤麻希いとうまき

 選手としてのキャリアは1年ちょっとにも拘らず、既に主戦場としている《東京女子プロレス》では確固たる地位を築き会場に足を運ぶファンたちを楽しませている。東京女子プロレス自体が創立されてからまだ5年という歴史の浅さも優位に働いている事もあるが、それ以上に伊藤自身の貪欲なまでの上昇志向が発言だけでなく、そのファイトぶりからも滲み出ていて、確実に観た者の心を揺さぶる、そして次も観たくなる。

 アイドルからの転身、そして格闘技経験の無さゆえハッキリ言って「強い・弱い」で問われれば弱いとしか言いようがないが、それを十分に補っているのが無尽蔵な根性と、弱い部分を隠す事をせず、ありのままを曝け出す事の出来る類い稀な表現力だ。他の「専業」女子プロレスラーたちが多彩な技を使用するのに対し彼女は、大きな頭を活かした頭突き、抱え込み式逆エビ固め、それにドロップキックの3つしか技を出さないのもいい。出来るもの、自信を持って見せられるものしか披露しないというスタンスは、決して自分はプロレス社会のではない、れっきとしたプロレスラーであるという覚悟が見て取れるし、それが彼女の個性そのものをくっきりと際立たせているといってもいい。

 2017年12月23日のクリスマス興行で組まれた(10分1本勝負)、現在東京女子プロレスで一、二を争う実力者・優宇ゆうとの一戦からでも分かる通り、彼女は力も無いし技も少ない。あるのは根拠の無い自信と、何があっても折れない心の強さだけだ。だが結果、試合を通して印象に残るのは「勝者」の優宇ではなく「敗者」であるはずの伊藤――全く実力的には歯が立たなかった伊藤麻希なのだ。ここに「プロレス」という競技の面白さ、奥深さがある。総合格闘技には「勝つか?負けるか?」の二択しか存在しないが、プロレスにはそれ以外のものが観客から問われる。つまり試合を観ていて「面白いか・面白くないか」だ。

 優宇は学生時代に柔道のインターハイ出場経験もある、文句なく「強い」選手ではあるが、「プロ」レスラーとしてのプラスアルファが足りないため「強さ」を前面に出すスタイルを推し進めるしかなかった。それが同系列の選手との対戦やタイトルマッチなど「勝敗」を重要視する試合になるとばっちりハマるが、伊藤のような強烈な個性の持ち主との対戦となると、優宇自身の「光」が霞んでしまうのだ。この試合も伊藤は相手の力技を受け倒れ、何度も絶叫しながら立ち上がる。力も技もない伊藤に出来るのはこれだけ――だが確実に観客の視線は釘付けだ。

 それは相手が実力者であればあるほど顕著に現れる。誰ひとり最初から伊藤に「強さ」を期待していないから、いくら優宇が凄い音のチョップを叩き入れようが、それよりも「凄いチョップを喰らって」も怯まず、勝利を信じて目の前の敵に向かっていく伊藤へ声援を送ってしまうのである。

 伊藤麻希は「弱さ」を武器に闘うプロレスラーなのだ。そして一度試合を観れば彼女の事を応援をしたくなるという、一種のカリスマ性をもっているのだ。アイドルの余技だと思って舐めてると、ふと気付けばもう彼女の掌の上で踊らされている――のかも知れない。

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