日ノ本では刀で戦する時代は終わったけど、異世界ではまだまだ通用するようです

いぬぶくろ

プロローグ

 ひざ丈の草が生い茂る草原で、人とモンスターが争う怒号が響いていた。

 人は、ケキロー伯爵の軍だ。

 磨き上げられた銀色の鎧を付けた騎士と、その周りには胸甲と皮鎧を付けた兵士が侍っている。


 対して、敵は草間に紛れる保護色をしている、醜い顔をしたゴブリンだった。

 ゴブリン共の装備は貧相で、どこかから拾って来たのか、または奪ってきたものなのか分からない錆びた剣やこん棒で兵士と戦っていた。


「ポールジャー隊、負傷者多数! 陣形を狭めて対応しています!」

「リットン隊、森からゴブリンの増援を確認! 対応のため、他部隊への救援不可能!」

「マリント隊、森からゴブリンの増援を確認! しかし、その場に釘づけにされているため、対応不可能!」


 伝令より次々と舞い込んでくる悪い話に、大将のアロックは苛立ちから顔を真っ赤にした。

 ゴブリンの討伐には、慎重に事をなせ、と常に言われている。

 それは、アロックにも分かっていた。


 だからこそ、報告に受けていた数より多くのゴブリンに対応できるように、部隊を編成して討伐にやってきた。

 だというのに、森の奥の奥からどんどんとゴブリンが湧いて出てきている。


「この場で一番、劣勢なのはポールジャー隊ですね。アロック隊こちらから騎馬兵数人引き抜いて騎馬突撃ランスチャージを仕掛けますか?」

「密度が高くなりすぎている。途中で詰まる可能性があるからダメだ」


 部下が進言するが、アロックは渋い顔で止めた。

 場を仕切りなおす。または、相手の足並みを乱し、士気を挫くために騎馬突撃ランスチャージはゴブリンに対しても有効だ。


 特にゴブリンプレイヤーが存在している群れは、組織だった行動ができる代わりに、人間と同じように士気を挫くことで猿並みの知能まで引き下げることができる。


 しかし、今は次々と森から現れるゴブリンによって戦場は過密化し、騎馬突撃ランスチャージを仕掛けようものなら、騎馬兵がゴブリンの群れに取り残される可能性が高かった。


「北側から回り込み、我々で挟撃する」

「森を背にする形になります。危険すぎます!」

「二撃で離脱する。それを三度。ゴブリンに、襲われる可能性・・・・・・・を考えさせる」

「ですが、味方が挟み撃ちの為に兵の――」

「ポールジャーなら、それくらい考える!」


 アロックがハルバートを手に持ち、馬に跨った。

 それに続き、部下たちも騎乗する。


「ゴブリンの死体に気を付けろ。踏めば、ゴブリンの群れに倒れこむことになるからな」


 ニヤリ、とアロックは部下に笑い、ハルバートを掲げ号令を出す――出そうとした時だった。


「ゴブリンの動きに変化が!」


 目の良い部下が、叫ぶように言った。

 「また森から出て来たか」と誰もが思い森を見る。しかし、確かに森から異変が起きているが、ゴブリンの増援が出てくる気配はなかった。

 それどころか、ゴブリン共が浮足立ち、動きに乱れが出始めていた。


「別のモンスターでも出たか……?」


 で、あるならば危険だ。

 ゴブリンでも手一杯だというのに、ゴブリンの群れが浮足立つほどのモンスターが出て来たのであれば、それはもう逃げる他ない。


 他のゴブリン共に比べ、多少良い程度の装備を持ったゴブリンが数匹で森に飛び込むが、それ以上に動きがなくなる。

 つまり、飛び込んだゴブリンは死んだということだ。

 しばらく、森の方を見ていると、その原因が分かった。


悪鬼デーモンかッ!」


 アレックが怒鳴るように叫ぶと、周りに侍っている部下も驚きの声を上げた。

 いつの頃からかこの近くで活動するようになった、黒衣に身を包んだ剣士。

 細身の以外に身に着けている武器は無く、スピードで迫ろうにも、打撃力で迫ろうにも、全て簡単に切り伏せられてしまう。


 それがモンスターであっても、同じように難なく斬り殺す。

 さらに、魔法も使うらしく、遠くに離れていたモンスターを殺す芸当も見せたという。

 いつしか付いた名が、悪鬼デーモン。慈悲なき悪夢の生き物。

 人もモンスターも構わず斬ってしまうので、奴の姿を見たらすぐに逃げろ、と言われている。


「どちらに味方する!?」

「目に入った奴を全て殺すに決まってんだろ!」


 部下たちが、悪鬼デーモンを見てゴブリンと同じ様に浮足立ち始めた。


狼狽うろたえるな! 相手が何であろうと、助けるのは仲間だ! 敵対するならば、それを討つのが我々だ!」


 狼狽えていたのも束の間。

 アロックからの叱咤によって、兵士たちは再び平常心を取り戻した。

 とはいえ、悪鬼デーモンがどのように動くかが問題だった。

 あれだけ統制が取れていたゴブリンの群れも、突如として現れた悪鬼デーモンによって浮足立ち、いい加減な動きが目立ちだしている。


 そんなゴブリンの群れの真ん中・・・を、悪鬼デーモンは細身の剣一本で切り開いていた。

 まるで「この道しか知らない」といった様に。


「ゴブリンであっても、悪鬼デーモン相手には攻めあぐねていますね」


 悪鬼デーモンとゴブリンの戦いを見ていた部下が、感心するように呟いた。

 ゴブリンたちは、悪鬼デーモンを取り囲むように円陣を組んでいる。


 しかしそれは、円陣を組んでいるように見えるだけだ。

 飛び掛かるはしからはし、ゴブリンの武器は悪鬼に届くことなく斬り伏せられているので、間合い以上に攻めることができないだけだ。


「(なんという強さだ……)」


 アレックは、大量のゴブリンを難なくいなす悪鬼デーモンを見て驚愕している。

 だが、アレックも部隊を預かる大将の一人だ。すぐに気持ちを入れ替えて、部下に号令をかける。


「――我々は予定通り、ポールジャー隊の応援に向かう! 悪鬼デーモンを刺激せぬよう、だが、ゴブリンの大分だいぶを押し付けるように、流動的に動くぞ!」


 自分で言っていることが難しいことは、アレックが一番よく理解している。

 しかし、ゴブリンより理解不能な悪鬼デーモンが出て来たため、まともな作戦は立てられないと考えた。


 つまるところ、浮足立っているゴブリンの群れに、騎馬が得意とする騎馬突撃ランスチャージをかまし、悪鬼デーモンが居る方向に向けてゴブリンを動かす。

 たぶんこれが、自分たちに被害が少なく済む方法だろう、と考えた。


「行くぞっ!」


 馬を屈倒させ、アレックは号令を出した。


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