王都に向けて旅立つ2人

 この町に来てからずっと使って来た下宿を引き払う。

 色々と世話をしてくれた丁稚は、俺が出ていくことを悲しんでくれたが、女将からは「昼間っから女を連れ込んでガタガタと……」と最後の最後まで嫌味を言われた。

 酷い誤解だったが、もうここには戻ってくることが無いだろうから、そのまま訂正することなく出てきた。



「あら、いらっしゃい」


 早朝の依頼取り合戦の時間が過ぎ、人がはけた後の掃除をやっていたキリアが声をかけてくれた。


「こんな時間に珍しいわね。目ぼしい依頼はみんな持っていかれちゃって、残っているのは掃除系ばかりよ?」

「いや、今日は依頼を受けに来たわけじゃない」


 「そうなの?」と、キリアは小首をかしげ、すぐに何か思い至ったのか、「あぁ!」と手を叩いた。


「デートのお誘いに来てくれたのね!」

「なにサボってんのよ!」


 飛びついて来ようとしたキリアに、カウンターの奥に居たはずのメッサが縮地の如く跳んできて拳骨を落とした。


ったぁーいっ! なにすんのよ!」

「何じゃないわよ、仕事しなさいよ」

「デートのお誘いに来てくれたのに、仕事なんかやっていられないわよ」

「デートな訳ないでしょ。早くテーブル拭いて」


 メッサの方がキリアよりも上の地位なのか、「シッシッ」と野良犬のように追い払われていった。


「それで、今日はお仕事の依頼かしら?」


 「う~ん」とメッサは唸りながら壁に貼られた以来の一覧を見てから、俺に向き直った。


「やっぱり、目ぼしい物はみんな持ってかれているね。キリアじゃないけど、掃除系でもいいかな?」

「いや、今日はこのまま出掛けるために、ここで待ち合わせをしているんだ」

「えっ!? そうだったの? ごめんなさい。てっきり、依頼を取りに来たんだと思ってて」


 冒険者ギルドには、依頼を受けに来る以外で使ったことがない。

 一応、飲み屋が併設されているけど、昼間はほぼ機能していないし夜は酒飲みばかりでうるさい。

 そもそも、宿で飯が出るのでここに来てまで飯を食うことがない。


「ちょっと王都まで行くことになって、魔法使いと待ち合わせしているんだ」

「魔法使い……あぁ、あの


 メッサは余所余所しい感じでエフィスのことを言うが、それは身分が違うために仕方がないことだった。

 町民が武家の者の名を軽々しく呼ぶと不況を買うのと同じ理屈だ。


「何か無理な依頼があったりしない? 大丈夫?」

「大丈夫だ。元の世界に帰るための調べものをしに行くだけだから」

「えっ、あっ、元の世界……」


 俺が王都に行くか説明すると、なぜかメッサは口ごもった。


「どうかしたか?」

「ううん、頑張ってね。応援してるから!」

「あっ、あぁ」


 何か不味いことでもあったのだろうか?

 そんなことを考えていると、テーブルを拭いていたはずのキリアがメッサと肩を組んでいた。


「メッサちゃ~ん、止めなくていいのぉ~?」

「バッ、馬鹿! なに言ってんのよ!」

「え~? だって、別の世界から来たっていうのは、子供がかかる病気みたいなもんで、それを正すのも冒険者ギルドわたしたちの仕事って言ってたじゃ~ん」

「いや、違うから! そんなつもりで言ったわけじゃないから!」


 顔を赤く染め、大量の汗を流しながらメッサはキリアの言葉を否定するが、この必死さが全てを物語っていた。


「え~、でもぉ~、『有望株だけど、ちょっと夢見過ぎなとこがダメねぇ~』とか言ってたじゃがごッ!?」


 メッサがキリアの首に手刀を叩き込んだ。ボギッ、と鈍い音がしたが大丈夫なんだろうか。


「正太郎君、本当にごめんねぇ~。この子ったら、無いこと無いこと・・・・・・・・色々と言いたがるんだから」


 「も~、いやねぇ~」と照れ隠しをするように、動かなくなったキリアをテーブルの上に横たえた。

「それで、いつ頃、出発するの?」

「今から」

「えっ!?」


 横合いから自分たちではない声が聞こえ、メッサは驚き向いた。


「遅れちゃって、ごめんねー。馬車が捉まらなくって、諦めた!」

「かまわない。俺もさっき来たところだし、ギルドの人と別れの挨拶をしていたから」

「そう?」


 突然、この場に現れ、俺との会話に素っ気なく返事をしたのは、件の魔法使いであるエフィスだった。

 普段と変わらない姿だが、見慣れぬ杖と肩掛けカバンを持っていた。


「珍しい物を持っているな」

「さっき言った通り、馬車が捉まらなかったからさ。途中の村まで徒歩になったから、色々と必要な物をね」

「そうか」


 どうすれば軽い恰好が旅装になるのか分からなかったが、本人が言うならそれでいいんだろう。


「それじゃあ、王都に行ってきます。また戻って来るかもしれないので、その時はよろしくお願いします」


 なぜだか分からないが、これで江戸に戻れる気がした。

 ここへは戻って来る気は毛頭ないが、挨拶というのはしっかりしなければいけない。

 万が一ということもあるし。


「そう……。寂しくなるわね」

「別れは出会いの始まり。また新しい出会いもあるからね!」


 励ましているつもりか、エフィスが良く分からない言葉をつぶやいた。

 しかし、その意味を理解しているのか、メッサは笑顔で頷く。

「そうね。またどこかで会えるかもしれないし、もしかしたら戻って来るかもしれないし」

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 白眼をむいてテーブルに突っ伏しているキリアには手を振るだけで留め、冒険者ギルドを出た。

 外は日がまだ高くないが、清々しい青空をしていた。


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