王都に向けて旅立つ2人
この町に来てからずっと使って来た下宿を引き払う。
色々と世話をしてくれた丁稚は、俺が出ていくことを悲しんでくれたが、女将からは「昼間っから女を連れ込んでガタガタと……」と最後の最後まで嫌味を言われた。
酷い誤解だったが、もうここには戻ってくることが無いだろうから、そのまま訂正することなく出てきた。
□
「あら、いらっしゃい」
早朝の依頼取り合戦の時間が過ぎ、人がはけた後の掃除をやっていたキリアが声をかけてくれた。
「こんな時間に珍しいわね。目ぼしい依頼はみんな持っていかれちゃって、残っているのは掃除系ばかりよ?」
「いや、今日は依頼を受けに来たわけじゃない」
「そうなの?」と、キリアは小首をかしげ、すぐに何か思い至ったのか、「あぁ!」と手を叩いた。
「デートのお誘いに来てくれたのね!」
「なにサボってんのよ!」
飛びついて来ようとしたキリアに、カウンターの奥に居たはずのメッサが縮地の如く跳んできて拳骨を落とした。
「
「何じゃないわよ、仕事しなさいよ」
「デートのお誘いに来てくれたのに、仕事なんかやっていられないわよ」
「デートな訳ないでしょ。早くテーブル拭いて」
メッサの方がキリアよりも上の地位なのか、「シッシッ」と野良犬のように追い払われていった。
「それで、今日はお仕事の依頼かしら?」
「う~ん」とメッサは唸りながら壁に貼られた以来の一覧を見てから、俺に向き直った。
「やっぱり、目ぼしい物はみんな持ってかれているね。キリアじゃないけど、掃除系でもいいかな?」
「いや、今日はこのまま出掛けるために、ここで待ち合わせをしているんだ」
「えっ!? そうだったの? ごめんなさい。てっきり、依頼を取りに来たんだと思ってて」
冒険者ギルドには、依頼を受けに来る以外で使ったことがない。
一応、飲み屋が併設されているけど、昼間はほぼ機能していないし夜は酒飲みばかりでうるさい。
そもそも、宿で飯が出るのでここに来てまで飯を食うことがない。
「ちょっと王都まで行くことになって、魔法使いと待ち合わせしているんだ」
「魔法使い……あぁ、あの
メッサは余所余所しい感じでエフィスのことを言うが、それは身分が違うために仕方がないことだった。
町民が武家の者の名を軽々しく呼ぶと不況を買うのと同じ理屈だ。
「何か無理な依頼があったりしない? 大丈夫?」
「大丈夫だ。元の世界に帰るための調べものをしに行くだけだから」
「えっ、あっ、元の世界……」
俺が王都に行くか説明すると、なぜかメッサは口ごもった。
「どうかしたか?」
「ううん、頑張ってね。応援してるから!」
「あっ、あぁ」
何か不味いことでもあったのだろうか?
そんなことを考えていると、テーブルを拭いていたはずのキリアがメッサと肩を組んでいた。
「メッサちゃ~ん、止めなくていいのぉ~?」
「バッ、馬鹿! なに言ってんのよ!」
「え~? だって、別の世界から来たっていうのは、子供がかかる病気みたいなもんで、それを正すのも
「いや、違うから! そんなつもりで言ったわけじゃないから!」
顔を赤く染め、大量の汗を流しながらメッサはキリアの言葉を否定するが、この必死さが全てを物語っていた。
「え~、でもぉ~、『有望株だけど、ちょっと夢見過ぎなとこがダメねぇ~』とか言ってたじゃがごッ!?」
メッサがキリアの首に手刀を叩き込んだ。ボギッ、と鈍い音がしたが大丈夫なんだろうか。
「正太郎君、本当にごめんねぇ~。この子ったら、
「も~、いやねぇ~」と照れ隠しをするように、動かなくなったキリアをテーブルの上に横たえた。
「それで、いつ頃、出発するの?」
「今から」
「えっ!?」
横合いから自分たちではない声が聞こえ、メッサは驚き向いた。
「遅れちゃって、ごめんねー。馬車が捉まらなくって、諦めた!」
「かまわない。俺もさっき来たところだし、ギルドの人と別れの挨拶をしていたから」
「そう?」
突然、この場に現れ、俺との会話に素っ気なく返事をしたのは、件の魔法使いであるエフィスだった。
普段と変わらない姿だが、見慣れぬ杖と肩掛けカバンを持っていた。
「珍しい物を持っているな」
「さっき言った通り、馬車が捉まらなかったからさ。途中の村まで徒歩になったから、色々と必要な物をね」
「そうか」
どうすれば軽い恰好が旅装になるのか分からなかったが、本人が言うならそれでいいんだろう。
「それじゃあ、王都に行ってきます。また戻って来るかもしれないので、その時はよろしくお願いします」
なぜだか分からないが、これで江戸に戻れる気がした。
ここへは戻って来る気は毛頭ないが、挨拶というのはしっかりしなければいけない。
万が一ということもあるし。
「そう……。寂しくなるわね」
「別れは出会いの始まり。また新しい出会いもあるからね!」
励ましているつもりか、エフィスが良く分からない言葉をつぶやいた。
しかし、その意味を理解しているのか、メッサは笑顔で頷く。
「そうね。またどこかで会えるかもしれないし、もしかしたら戻って来るかもしれないし」
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
白眼をむいてテーブルに突っ伏しているキリアには手を振るだけで留め、冒険者ギルドを出た。
外は日がまだ高くないが、清々しい青空をしていた。
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