生活基盤

「わぁっ! 正太郎さん、すごいですね! 全部、ちゃんと集められていますよ!」


 冒険者ギルドのスタッフに褒められて、俺――高次たかつぎ正太郎しょうたろうは、はにかんだ笑顔になった。

 カウンターに置かれているのは、摘まれたばかりのみずみずしい薬草と、デロッとしたゲル状のキノコだった。


「すげぇな、坊主! 幽霊茸ゆうれいだけを取って来るとは、驚いた!」

「オッサンのおかげだ! どこに生えているか聞けて良かったよ!」

「だとしてもよ、ゴブリンが多かっただろ?」

「緑色の狒々爺ひひじいみたいな奴か? 有象無象の群れで、それほど困らなかった」


 昼間から酒を飲んでいた、古参兵然とした格好をした50代くらいの男性が驚いた。

 俺が達成した依頼の幽霊茸というのは見つけるのが難しく、さらに最近はゴブリンの群れがそのキノコが生えている森に大勢住み着いたので、入ること自体が難しくなっていたらしい。


「正太郎くん、すごーい。そこら辺のオッサンなんか、威張ってるだけで全然、役に立たないんだもん」


 初めに話していたスタッフとは別の人がやって来て、カウンターを乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出し、手を握り熱く語ってきた。

 こちらは、初めに話していた普通のお姉さんとは違い、日焼けした派手な姿をしており、接触の多さから嫌いと言うわけではないが、少しだけ苦手だった。


「最近、悪鬼デーモンとか言うヤバい奴も出てきて、お姉さんこわぁーい」


 「ねぇー」とニコニコと笑顔でいうが、その瞳の奥に潜む獲物を狙う獣のような眼光が、俺にとっては江戸を賑わす人斬りに見えて怖い。

 しかし、悪鬼デーモンと呼ばれる化け物も恐ろしいことに変わりない

 。俺はまだ一度も出会ったことはないが、なんでも真っ黒い恰好をしていてべらぼうに強いらしい。


「ちょっと、キリア。正太郎君が困ってるじゃない。少しは遠慮しなよ」

「なによ、メッサ。ちょっとお話してただけじゃない」


 ブツブツと小さく文句を垂れながら、キリアと呼ばれたギルドのお姉さんはカウンターから身を話した。

 それに代わり、メッサと呼ばれた、初めに話していた方のスタッフが依頼達成の報奨金を持ってきてくれた。


「幽霊茸と薬草を、全部買い切りで大銀貨1枚と銀貨12枚。大銅貨1枚分と銅貨1枚ね」


 報奨金の金額に、酒を飲んで駄弁っていた冒険者たちが驚きの声を上げた。

 決して高くはないが、薬草摘みでは破格の値段だからだ。

 それだけ、森に巣くっているゴブリンの群れは問題になっている。

 枚数を確認すると、布でできた財布にしまい懐へ入れた。


「そういえば、ゴブリンとは戦ったのよね?」


 キリアがカウンターに頬杖をつきながら尋ねてきた。


「緑色の狒々爺だな。あぁ、戦った」

「耳とか持ってきた?」

「耳?」

「まとまった数が無いといけないし、メインで狙うには安いから人気ないけど、右耳を切って持って来ればちょっとしたお小遣いになるから」

「しまった。知らなかった」

「それは、残念。次は、忘れないように持ってきてね」

「分かった。ありがとう」


 ヒラヒラと手を振るキリアに、同じように手を上げて別れを告げた。


「坊主、ゴブリンはどのくらい倒したんだ?」


 カウンターを離れ、ギルド内――とはいってもほとんどが飲み屋だが――を歩いていると、先ほどのオッサン冒険者が聞いてきた。


「たくさん居たから、いちいち数えていないよ」

「軍隊は居なかったか? 今日か明日くらいに、ゴブリンの討伐があるらしいが」

「居た。おかげで、切り抜けやすかった」


 それを聞いた冒険者は、「なるほど、そうか」と頷いた。

 オッサン冒険者は話でしか聞いていなかったが、今回のゴブリンは、ゴブリンプレイヤーが発生しているらしく、組織だった行動をする、ということは噂で流れていた。

 それなのに、あの森から一人で行って帰ってこられた理由は、伯爵の軍がゴブリンの注意を引いていたからだろう、と冒険者は当たりを付けた。


「それは、運が良かったな。さっき、ねーちゃんが言っていたように、最近は悪鬼デーモンとかいう奴がここいらを荒らしているようだから注意しろよ」

「分かった。ありがとう」


 お礼を言うと同時に、財布にしまわず手に持っていた銀貨を弾いて、オッサン冒険者に飛ばした。


「おっと……なんだこれは?」

「幽霊茸の場所を教えてくれた礼だ。何かお礼を、と思ったらこれが一番、手っ取り早いから」


 オッサン冒険者は銀貨を見て「ふへへ」とよくわからない、いやらしい笑みを浮かべた。


「お前は気前が良いし素直だから、色々な奴に好かれるだろうな」

「そうかぁ?」

「まぁ、その意気だよ。あと、ついでに教えてやると、この町に不届きな野郎が入って来た。鞘を当て因縁をつけるらしいから、気を付けろよ」


 鞘を当てて喧嘩を売るのは、江戸でも行われていた行為だった。

 それが、この世界でも行われているのを聞き、不思議と親近感が沸いてしまった。


「やられた場合は、斬っても良いのか?」

「そうだなぁ……」


 チラリ、とオッサン冒険者がカウンターの方を見る。

 それに釣られ、一緒に振り向いた。

 そこでは、ギルドのお姉さんが二人で、こちらに親指を立てていた。


「斬っても良いそうだ。ただ、他人の喧嘩に首を突っ込んだらどうなるか分からんから、無駄に口をはさむようなことはしない方が良いぞ」

「そうか。分かった」


 オッサン冒険者と、カウンターのお姉さんたちにお礼を言い、俺は今度こそ、冒険者ギルドを後にした。

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