異世界の治安の悪さといったら……

 この町――いや、この世界に飛ばされてひと月と少しが経った。

 言葉は通じるが、慣れない国勢や慣習に戸惑い初めは心が死にかけたが、最近は何とか立ち直り始めた。

 早い話が、深く考えず帰る方法を探す、だ。


 とはいえ、探すにしてもまず目先の生活の目途が立たなければ生きてすらゆけない、ということで冒険者なる職業を始めたが、これがなかなか勝手が良かった。

 子供の使いの様な仕事から、盗人や乱暴者といった人間の対応から、モンスターと呼ばれる異形の存在を斬るだけの簡単・・な仕事ばかりだ。


 刀で人を斬るのは、こちらの世界に来てからが初めてだったし、動物を斬るのは今まで考えたこともなかった。

 それに、砥師も居ないので刀の手入れをどうしようか、と困っていたが、不思議なことにこの刀は刃こぼれどころか、曲がることも折れることも無くなっていた・・・・・・・


 俺がこの世界に飛ばされる原因となった人のせいなのか、それともこの世界の生き物が恐るべき柔らかさなのか……。


 カチン――


「テメェ! 俺の鞘に当てやがって! ケンカ売ってんのかッ!」


 腰に帯びた刀から微かに伝わる振動と、その後に飛び掛かって来た怒声。

 そして、地面に転がる金属音。

 男は汚らしい恰好をしており、冒険者といえばその類になるんだろうが、浮浪者にしか見えなかった。


「鞘を当てて来たのは、お前だろう。次は、その首を斬り落とすぞ」

「へっ……あっ……!?」

 地面に転がる金属音――それは、怒声を上げた男は抜いた剣だった。

 その剣の近くには、太くゴツゴツとした指が4本転がっている。

 そして俺は、すぐに振り下ろせるように上段で構えていた。鞘当てが行われた後は、すぐに斬り合いが始まる。


 現に今も男が斬りかかろうとしてきた。

 だから俺は、鞘から刀を抜き、男の指を切り落とした。


てっ! てぇッ!」


 転がっている剣と指が自分の物だと理解した男は、指が無くなり血が止めどなくあふれ出る傷口を抑えながら呻き泣き始めた。


「お前が噂に聞く、鞘当てのごろんぼう・・・・・だな。ガキと思って油断したか」

「ひぃっ、ひぃぃぃぃ」


 男はガタガタと震え、涙目で俺を見た。許しを請う、そんな目だ。

 しかし――違和感もある。

 こいつ、なにかやる気だな?


「死にたくなければ、二度と悪事を考えんことだな。お前は弱い」


 肩の力を抜き、刀を下ろす。

 ぐいっ、と麻布で刀身に薄っすらとついた血を拭い、鞘に納める。


「死――ッ!」


 刀を納める瞬間を狙い、男が飛び掛かって来た。


「ツッ!」


 体を反らし、鞘から刀を抜くと同時に男の首を斬り落とした。

 勢いの乗った体は2歩、3歩と頭がないにも関わらず、歩いたあと倒れた。頭は多少は軽く丸いので、鞠のようにコロンコロンと地面を転がっていく。


「アホが……。力量差も見極められん奴が、粋がるな」


 指を切り落とされたとしても、立ち向かって来る心意気は認める。

 だが、指だけ・・を切り落とされている時点で、技量の差があることに気付かなければいけない。この男は、無駄に死んだだけだ。


「誰か! この死体を頼む!」


 言うと、建物の陰からこの死体の男よりもさらに見すぼらしい姿をした男が出て来た。

 行旅不明人の死体を片付ける仕事を生業としている人間らしい。

 死体を片付ける代わりに、それが身に着けていた物を自分の物にする権利が与えられているらしい。

 そのみすぼらしい男が死体を片付け始めたのを見て、再び歩き出す。



「おかえりなさいませ」


 下宿先に戻ると、そこで奉公している丁稚が俺の顔を見て挨拶してきた。


「只今、戻った」


 帰って来たといっても、ここは下宿先だ。1日銀貨1枚で泊まれる宿だが、町の規模を考えると少し高いらしい。

 だが、もっと安いところは基本雑魚寝で、衛生的にも良くない。それに、荷物もあるので個室の方が何かと都合が良い。


「高次様、部屋にお客様が見えていますよ」


 丁稚の横を通り過ぎようとしたところで、そう声をかけられた。


 「はて、来客など来る予定があっただろうか?」と首を傾げるが、こちらへ来てから数週間が過ぎ、多少の顔見知りはできたが部屋に呼ぶほどの仲になった者はまだ居なかった。


「分かった。ありがとう」


 礼を言うと、丁稚はこちらの警戒心が自然と解かれてしまうような笑顔を見せると、勢いよく外へ飛び出していった。

 この時間だと、裏の馬房で馬の世話だろう。

 他にも2人ほど丁稚が居たはずだが、そちらはどこにも見当たらなかった。


「いらっ――あぁ、おかえりなさい」

「只今、戻りました」


 俺は客のはずなのに、なぜかここの女将には好かれていないようで、普段からこのようなおざなりな態度で接せられている。

 金はきちんと払っているし、出される食事は文句を言わずに平らげている。

 それに、部屋を荒らしたことなんて一度もないのに、だ。


さんに、客が来ていたから部屋に上がってもらったよ」

「そうらしいですね。どのような方でしたか?」

「貴族だったよ」


 それを聞き、「またか」と辟易した。

 いつどこで出会ったのか、こっちに来てからまだ数週間しか経っていないにも関わらず、どんな出会いだったのか忘れてしまうほど強烈なアプローチを毎度、仕掛けてくる。


 貴族――つまり、俺の生家のような国に対して階級を持った家柄の人間らしく、おかげで無下にすることもできず対応が面倒臭い。


「分かりました。ありがとうございます」


 礼を言うと、女将さんは「ったく、うちは連れ込み宿じゃないんだよ。2人ぶんの料金払えってんだ」とブツブツ文句を垂れながら歩いて行った。

 思ったことが口からこぼれ出るのは人としてどうかと思うが、悪事を事前に察知できるという点では優れていると思う。


 しかも丁稚の話では、あれは口に出ていると気付いていないらしい。

 ギシッギシッ、と足の裏にたわむ・・・板の軋みを感じながら2階へ上がり、自分に割り当てられた部屋の前に立ち鍵を取り出す。

 ――と、そこですでに中で人が待っていたことを思い出す。


「入るぞ」


 なぜ自分が借りている部屋なのに、入る前に一言かけなければいけないのか。

 ドアノブを捻り、少し開けてから刀の柄で完全に押し開けた。

 開かれたドアから見えるのは、6畳程度の小さな部屋だ。跳ね上げられた窓と、その下にはベッドが置かれている。

 机も置かれているが、床に座る文化がないこの世界では、机もベッドに座って使うからか、中途半端に高い。


「やっぱり、お前か」


 ベッドで転がっている女の子を見て嘆息した。

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