ウォークウッドの森を駆け抜けろ!
エフィスはこの森を「移動しているだけ」と言っていたが、俺の感想としてはどうにもそんな優しい感覚は受けない。
何しろ、周囲から漂ってくる気配は俺たちに
人の意思とは別の、異形の憎しみや悲しみ、さらに言えば、
なぜエフィスはこれに気付かないのか?
「俺たちが進もうとしていた方向は分かるか?」
「家の向きから、大体の方向は……」
「なら行こう。一刻も早く、ここから離れた方が良い」
俺の言葉に、エフィスは大きく目を開いた。
「さっきも言った通り、森は常に移動しています。遭難しやすくなる他に、木の根に踏みつぶされる可能性もあるんですよ!?」
メキメキメキ、とここからは見えないが、そう遠くない場所から乾燥した木材を踏み割るような音が響いた。
「これでもやり過ごす気か?」
「えぇ~……。無理――ですかね……?」
あくまでエフィスはやり過ごしたいのか、家が潰される音を聞いても外に行くこと反対のようだった。
「嫌なら、無理にとは言わん。だが、俺は――エフィス!!」
エフィスの背後から突然、現れた人影。掴もうと伸ばしていたその腕を、刀を抜きざまに切り落とす。
「わぁっ!? ななっ、なんですかぁ!?」
たたらを踏むように慌ててその場を離れ、俺の後ろに隠れるエフィス。
そこから現れたのは、人の形をしているが、すでに人ではなくなった――。
「アンデッド!?」
「あぁ、なるほど。これが
「お前の武器と相性の悪い敵だ」と、村に居た冒険者から聞いていた化け物。
それが、アンデッドだった。
相手の力量を確かめるために、挨拶の様に腕を切り落とすのが俺のやり方だが、アンデッドというのは、本当に死体が動いているようで痛みを感じている様子が全くない。
「たたっ、高次さん! 気を付けてくださいよ。こいつら、腕一本で近づいてくるんですよ! 油断しているといつの間にか取りつかれて、ガブゥ! ですからね!」
「噛まれるとどうなるんだ?」
「基本的には食べられますけど、いい感じに、周りに死体があると食われた本人もその肉を利用してアンデッド化します!」
「そりゃ、難儀だな」
油断なく辺りの気配を探ると、ウォーキングウッドの動く音に紛れ、土の中から這い出して来る音が聞こえてくる。
囲まれる前に、とりあえず目の前のアンデッドを処理しようと胴を横一閃で切り落とすも、残った腕だけで這いずりながら俺たちに近づいて来ようとする。
「これは、時間の無駄だな」
目の前のアンデッドだけではない、周囲にあふれかえった腐敗臭に吐き気がする。
口をふさぎたいが、呼吸が乱れるのも困るのでどうにもならない。
血や
「エフィス。これでも、ここに留まるつもりか?」
意地悪な質問だったが、エフィスは予想通りに首をブンブンと横に振った。
「なら――っと、灯りを点けてくれ。こうも暗いんじゃ、草木に足を取られてしまう」
這いずってきたアンデッドの頭を切り上げ、胴体から切り離す。
それで一時的には動かなくなったが、そのすぐ後には上半身と腕だけで俺たちとは違う方に向かい動き始めた。
「あんな状態になっても動くのか」
不気味な光景に背筋が寒くなる。
「アンデッドの類は、祝福された装備で攻撃するか、聖水をぶっかけるかしないと、根本的な解決にはならないんですよ」
「なら、なんだ。
「生きているというのは言葉としては正しくありませんが、動くことには間違いありません」
「死ねんのか。地獄だな」
死んでいるのだから違うかもしれないが、自らの意思で体を動かせなくなっても土に還ることができないとは。
エフィスが
光源としては心許ない大きさと光具合だが、辺りは一気に明るくなった。
「アンデッドの肉体に、元の魂が入っているのかどうかは研究機関が調べています。私個人の意見としては、魂はすでに昇天していると思います」
「その心は?」
「でなければ、うかばれません」
「なるほど」と口の中だけで呟いた。
エフィスの顔を見るに、過去に何かあるかもしれない。
だが、俺はエフィスとそれほど仲良くないし、そこまで踏み込んで良い仲でもないので黙っておいた。
もうすでに話すことはない、と受け取ったのか、エフィスは光源を前――南で向けて歩き出した。
「しかしまぁ、細切れになるのは勘弁だな」
アンデッドの胴体はどこかへ行ってしまった。
ここに残っているのは、頭と腕と下半身だけだ。
つまり、この世界では魂は上半身――それも、頭ではなく体という解釈になっているのだろうか?
「確かにそうですね。でも、細切れになっても大丈夫ですよ。もしそうなった場合は――」
エフィスが何かを言いかけだが、最後まで言葉を出すことができなかった。
速足で森の中を移動する俺たちの横合いから、不気味な多数のうめき声と共に木がへし折れる音がしたから。
「ウォークウッドか……?」
「ウォークウッドなら、もっと大きく広範囲に響く音がするはずです」
音のした方を睨みながら歩く。
その間も、音は速度を上げて近づいてくる。
ズン、ズン、ズンという響きが、次第に、ドッドッドッと。これは確実に俺たちを狙っているだろう。
「――ッ、走れ!」
言うと同時に、横合いの木々が爆散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます