一難去ってまた一難

「しっ、死んだんですか……?」

「そのつもりだが……」


 床には、少女を中心にして赤黒い血液が広がっている。傷口は……モヤのような物でおおわれており、見えにくい。


「こういったのは、エフィスの方が詳しいんじゃないのか?」

「いやいやいや。私は別に生死の検分人ではないんで、死んだかどうかとか詳しくないですよ?」

「俺は、こっちの生き物・・・に疎い。人間だと思っていたコイツも、人間に近い化け物なんだろう。生命力が強い気がしたが、こうしてすぐにくたばった」


 試しに半身を蹴飛ばしてみるが、動く様子はなかった。


「先ほどまで感じていた魔力はありませんが、どうなんでしょうこれ?」

「魔力とは、生命の源みたいなものなんだろ? それが無いってことは、死んだってことでいいんだよな?」

「そっ、そうなんですけど、なんかこれ、おかしくて」

「おかしい?」

「魔力が無いのは確かなんですけど、もぬけの殻というか元から魔力が無かったというか……」


 妙な含みを持たせた言い方に、背すじが寒くなった。

 あの少女が起き上がるとかそういったものではなく、この家の外から感じたものだ。


「とりあえず、ここはヤバいな。さっさと出よう」


 外から不気味な感覚が流れ込んでいるというのに、今から夜の外へ出ようとする。

 矛盾しているように思えるかもしれないが、こんな狭い、刀を振り回すのに億劫する室内の方が戦いにくい。


「そうですね。とにかく、出ましょう」


 すでに荷物をまとめていたエフィスから先に扉に向かう。俺もそれに続き荷物を担ぎ、忘れ物の確認もそこそこ歩き出す。


「あっ、あれ……?」


 ガタガタ、と外へ続くドアを開こうとするエフィスだが、何かがつっかえているようで開かないでいた。


「なにやってんだ」


 エフィスに変わりドアを開けようとするが、向こうからつっかえ棒をされているように、ドアが開かなかった。


「エフィス。壁に穴を開けてくれ」

「分かりました」


 二度、三度やってみるも状況は好転しないのでドアを開けるのを諦めた。

 壁に穴を開けるのは少々気が引けたが、すでに誰も住んでいない空き家だし、あんな化け物が住み着いているくらいだから、多少、壊れていたほうがちょうどいいくらいだろう。


 ドアから離れ、適当な位置の壁の前に立つとエフィスは杖を構えて詠唱を始めた。

 それはものの数秒程度で、次の瞬間には軽い衝撃破と共に壁には大穴が開いた。


「開きました。行きましょう」

「あぁ」


 荷物を背負いなおし、エフィスに続いて穴から外へ出る。


「……どこだここは?」


 目の前に広がる光景は、俺たちがこの家に入る前と一変していた。

 それはエフィスも同じ感想を抱いているようで、俺と同じく辺りの光景を見て目を丸くしている。

 俺たちがこの家に来たときは、周囲は原っぱで、そこから少し先に森がある立地だった。それが今では、この場が森の中になっていた。


「ウォークウッドの森……?」

「なんだそれは?」


 耳慣れぬ言葉に聞き返すと、エフィスは困った顔で答えた。

「生きた森の総称です。木が自らの意思で動き、森を形成しています。普段はただ森をつくるだけで無害なんですけど、森が常に動いている状態なんで抜け出しにくく、遭難しやすくなります」


 ギチギチギチ、と木が動く音なのか、それとも動物の鳴き声なのか分からない音が周囲に鳴り響き、俺は「そうか」としか答えられなかった。


「出口……というか、抜け出す方法は分かるか?」

「定着ではなく移動しているだけだと思うので、やり過ごせば元の原っぱに戻るかと……」

「時間は?」

「分かりません」


 一番、肝心なところが分からないのは辛い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る