アンデットとは、なんとも闘いにくいことか

「きゃぁっ!?」


 爆散する直前にその場を離れられたので、折れた木が当たることは無かった。

 それでも、背後からは細かい木片が雨のように降り注ぎ、ぶつかりあい落ちる葉は雨のように降り注ぐ。


「んだ、これ……!?」


 木々を爆砕しながら俺たちの前に躍り出だモノ・・の姿に戦慄した。


「オォ……オッ…………オボォ……」


 気色の悪いうめき声をあげるソレは、人の顔も手も足も、まるで子供が描いた妖怪のごとく多数あった。

 そのどれもが自立して動き、そのどれもが生者俺たちに向かってうごめいていた。


「ぶじゅるッ――じゅじゅっ――オボォォォォォォォオ!!」


 走る俺たちを追いかける化け物。

 動くたび、吠えるたびに、顔という顔から腐敗臭を放つ灰緑色の粘液が飛び散った。

「うわぁぁぁぁぁ!! 汚い! 汚い!」


 木や草を避けながら走る俺たちとは違い、迫る化け物はそれらを物ともせずへし折りなぎ倒しながら走る。

 ときおり、崩すことができなかった岩に体を削るが、すぐに別の肉がその部分を覆い元通りとなった。


「おい、エフィス! ありゃなんだ!?」


 カバンはベルトで固定しているとはいえ、走る度に上下左右に揺れて走りにくい。

 しかも、ウォークウッドが動くたび森が形を変えているので、油断しているとはねたカバンや銃が引っかかる。

 なんとかして対応策を練らなければ。


「あれが、細かくなったアンデットの成れの果て。主体となるアンデッドに吸収され、肥大化したものです!」

「冷静に教えてくれて助かるよ! それで、対処法は?」

「他のアンデッドと同様です!」


 祝福がされた装備もなければ聖水もない。

 これは、逃げるしかないようだ。


「きゃあっ!?」


 ドサッ、という音と共に、隣を走っていたエフィスが消えた。


「エフィス? エフィスッ!?」

「あっ――たた……」


 突然、消えたと思ったエフィスの声が、一段、低い場所から聞こえた。

 どうやら、くぼみにはまってしまったようだ。

 声の調子から大事になるような怪我はしていないようだが、転倒した拍子に灯りも消えてしまい、どのような状態になっているのか分からなかった。


「――っ! 高次さん、先に行ってください!」

「馬鹿かッ! お前が逃げ遅れんだろ!」


 逃げ遅れも何も、すでに手詰まりだ。

 エフィスが先に逃げてくれれば、あるいは助かるかもしれないが――。

 覚悟を決め、腰に帯びた一振りの刀以外の、背負っていたカバンから何まで地面に置いた。


「高次さん、何やって!?」

「怪我してないんだったら、先に行け。こいつは、アンデッドがくっついてでかくなっただけなんだろ? なら、問題はない」

「待ってください!」


 エフィスの静止も聞かずに飛び出す。

 瞬間、どこを見ているのか分からない、顔たちが一斉に俺に向く。

 迫って来るアンデッドの集合体との距離はわずか。

 加速が足りない。

 しかし、やるしかない!


「あぁァァァァァァァァァァ!!!!!」


 無駄に息が上がる鼓舞など意味をなさない行為は嫌いだ。

 しかし、こと化け物に至っては、これが良く効く。

 奴らの意識は完全に俺へ向いている。


「ゼァッ!」

 百足ムカデのように自在に動くアンデッドの集合体の足を、横をすり抜けざま転がるように切りつけた。


「ブボォッ!」


 重心をとっていた重要な足だったのか、幾つもある足の中のたった3本だったというのに、アンデッドの集合体はバランスを崩し転倒した。


「柔らかい……。これならいけるか?」


 体が腐敗しているからか、生きている人やモンスターと違い、『肉を切っている』という感覚が無い。

 先ほど襲われた黒衣の少女のように、泥を切っているという感覚ではないが、例えるなら魚のすり身に刃を入れた感覚だろう。

 骨は多少ばかり固いが、それでも生きている人間よりは脆い。


「来い、化け物!!」


 咆哮を上げる俺と張り合うように、アンデッドの集合体も同じく咆哮を上げる。


「まずは――2本ッ!」


 後ろに飛び退きながら、伸ばしてきたアンデッドの腕を切り落とす。

 その腕はすぐに体の下へと飲み込まれていき、通り過ぎるころには影も形も無かった。

 もしかしたら、切り落とされてもすぐに取り込まれるのかもしれない。


「ならばっ!」


 転がった俺を追いかけて振り返るアンデッドの集合体。

 転回する時に速度が落ちた瞬間を狙い、手近にあった大きな顔の内のひとつを削ぎ、次いでその隣にあった顔の眼球を切り落とす。


「ぶじゅぉぉぉぉオオオ!!」


 腕や足の時とは違い、明らかな変化だ。

 動きが明らかに鈍った。


「うっ……、くさっ……」

 アンデッドの集合体が吠える度に、その傷口から灰緑色の液体が噴出する。

 鼻腔に、口に、肺にまとわりつく、吐き気をもよおす不快な臭い。

 早めに切り上げなければいけない……。

 その為にも、エフィスには早く遠くへ行ってもらわないと……。

 チラリ、とエフィスの方を見る――。


「――ッ!?」


 光景を見て驚く。


「おい、馬鹿かっ! そんな物、放っておいてさっさと逃げろ!!」


 エフィスは、あろうことか俺の荷物を背負って走っていた。

 いや、走っていたというのもおこがましい。

 競歩のような鈍重なペースで、南に向かい進んでいた。


「だっ、だって! これが無くなったら、高次さんがどこから来たか手がかりが無くなるじゃないですか!」

「後で取りに来れば良い! さっさと置いて逃げろ! お前が居ると、俺が逃げれん!」

「それが出来なくなるから、こうして持って行ってるんじゃないですか!!」

「どういうことだ!?」


 ゼェゼェ、と息も絶え絶えに駆けるエフィスの声を聴くために、アンデッドの集合体の意識を俺に惹きつけながらそばへ寄る。

 互いの安全を考えれば、これは悪手だ。

 しかし、この森に戻ってこられないのに荷物を置いていくというのは、俺にとって死活問題だ。

 なぜそうなるか聞かなければいけない。

「悔しいですが、私たちにこのモンスターを倒すのは無理です。なので、森の外に居る化け物・・・にぶつけます!」

「二の舞になるだろ!」

「大丈夫です! 化け物でも、多少は話ができる化け物なので!」

「クッ……」


 話ができる化け物とは、いったいなんだ!?

 皆目見当がつかないが、エフィスがいうなら何とかなる相手なんだろう。

 それに、エフィスや村の冒険者が言う通り、アンデッドの集合体は俺と相性が悪い。

 このままでは俺の体力が先に尽きてやられてしまうしな。


「そいつは、森の外のどの辺りに居るんだ!?」

「外縁すぐです。森を出さえすれば、向こうがこちらを見つけて対処してくれるはずです!」

「森を出るまで、どのくらいかかる!」

「このままなら、20分ほど走れば!」

「20分……。20分かぁ……」


 昔、力試しで江戸大阪間を走った時は1日半で駆け抜けることができた。

 しかし、あの時はフンドシ一丁で、荷物も何もない。

 対して今は走りにくい軍服に、小柄とはいえ少女一人と、自分の荷物を担がなければいけない。

 しかし、この状況ではやるしかない。

 ジャリ……、と避けては切り、避けては切りと攻撃していたのを辞めて、地に両足をしっかりつける。


「なにをやっているんですか!?」


 アンデッドの集合体の集合体の正面に立ち、対峙する。今までとは違った構えに、何かを感じ取ったエフィスは叫んだ。

 初め見た時は丸というか四角というか、そんな形をしていたアンデッドの集合体。


 今は、俺がちょこちょこ体の一部を切り落としては、それを取り込み再生していたので本格的に百足ムカデの様な胴長な体型になっていた。

 歯を食いしばり、アンデッドの集合体を睨みつけ吠える。


「――ッ、来いやぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 俺の怒声に呼応するように、アンデッドの集合体も吠え、加速する。


「無茶ですよ!!」


 後ろから、ラフィスが叫ぶ。

 無茶なのは分かるが、俺ならできる!

 今まで、ただ無作為に切っていたと思うなよ!!


「アァァァァァァァァァアアアア!!!!」


 ワラワラと動く大量の足の一つを踏みつけ、飛び上がり、アンデッドの集合体の体――と思われる部分に、深く刃を入れる。

 向こうの突撃力と思った以上の体の硬さに、刀が持っていかれそうになる。

 さらに、俺を取り込もうとする無数の手に、バランスを崩しそうになる。


「くっ……グッ――ア”ァッ!!」


 刀も体ごと取り込まれそうになる前に、両足で思い切り蹴り上げ、体を掴む腕を引きちぎりながら、走るアンデッドの集合体から飛び降りた。


「ブモホッ、ブオゴォォォォォ!!」


 取り込めなかったことに対しての怒号か、アンデッドの集合体は飛び掛かる時と同じように咆哮を上げ、振り向く。

 しかしそこで、アンデッドの集合体にとって予想できないことが起きた。


 ブチブチブチ――!


 刀で大きく切られていた体が、急速な方向転換に耐え切れずに千切れ落ちた。


「ゴブゥッ、ぶじゅじゅ――ぐびゅっ……」


 千切れた部分から、アンデッドの上半身が無数に起き上がって来た。

 融合し、癒着し、そして同じ体だというのに喰い合う、餓鬼道のような様。

 なんとおぞましいことだろうか。

 滅茶苦茶になってしまっている下半身とは対照的に、上半身の傷口からも同じように無数のアンデッドが出てきているが、そのどれもが下半身のアンデッドと抱き合い、融合を試みていた。


「エフィス! エフィス、大丈夫か!?」

「なっ、何とか……」

「荷物を貸せ。持ち上げるぞ」

「うわっ!?」


 痛みに耐え、必死で走っていたエフィスは汗でぐっしょりと濡れており、それが氷のように冷たくなっていた。


「しっかり掴まっていろよ」

「はははっ、はいッ!」


 アンデッドの集合体がよほど怖かったのか、エフィスは震える手で俺の襟首をつかむと、ギュッ、と強く顔を寄せた。

 それに呼応するように、俺もエフィスを強く抱きしめ、そして全力で走る。


「方向はこっちで間違いないな!?」

「間違いありません!」


 薄暗い森の中、不安定な足元を気にしながら荷物を背負い、持って駆けるのは至難の業だ。

 伝習隊に居た時はよく江戸中を走らされたが、そんなもいかに不必要だったか分かる。本当に必要なのは、こうた山野を駆ける訓練だ。

 大砲によって耕された地面に、破壊され瓦礫の山となった家屋を踏み上げ、走り抜ける訓練が!


「来ました!!」

「――早いな……」


 俺の刀では倒すどころか、致命傷すら与えられない。ならば、一定の時間、動けなくすればいい。

 そういう考えの元、胴を一刀した。結果としては、予想以上の上々。

 胴から半分に切れて動けなくなってくれた。

 しかし、アンデッドの再生能力を侮っていたようだ。


「こちらに、わき目も振らず来ます!」


 エフィスの悲鳴に似た説明を耳元で聞きながら、チラリと後方に視線を向ける。


「グッ……、早いじゃないか」


 先ほどの焼き直しの様に、アンデッドの集合体は木々を押しのけながら、真っ直ぐに俺たちを追って来る。


「気色の悪い形になりやがって……」


 下半身は百足ムカデのままで、胴は2~3メートルの長さがあるが、その胴回りは人の腹と同じ細さだ。

 そしてその上には、四方八方に浮き上がる多量の顔をつけた頭。

 まさに、いびつな化け物だった。

 そして、早い。初めに追いかけて来た時よりも格段に。


「あっ……あっ……!?」

「どうしたッ!?」


 担いでいるエフィスが突然、周囲を見渡すように動き始め、驚きの声を上げ始めた。


「高次さん、上!」

「上……?」


 後ろから追いかけてくる奴だけで手いっぱいなのに、今度は上からも来るのか、と警戒したが、上から何かが襲ってくる様子はなかった。

 その代わり、空が明るく・・・・・なっていることに気付いた。


「夜明けか!」

「それだけじゃありません! ウォーキングウッドが移動する方向を変えたんです! 森が引いていきますよ!!」


 ダンッ! と大きな岩を飛び越えると、そらを覆っていた枝葉が一気に途切れ、朝焼けの朱紫あかむらさき色に染まる空が広がった。


「アンデッドは!?」

「まだ来てます!」

「お前の言う、化け物とやらはどこだ!?」

「もうすぐ来るはずです!!」


 こいねがうようにも聞こえるエフィスの声。

 その声を聴き遂げたかのように、どこから現れたのか俺たちの左右を二頭の騎馬が駆け抜けていった。

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