神のごとき所業の神聖魔法

「なんだっ!? どこから!?」

「もう大丈夫です! 私たちは助かりました」

「助かりましたって……」


 あれだけ必死で逃げて来た化け物に、二騎の騎馬兵だけで対応できるとも思えない。

 走る速度を落とすことなく振り返ると、アンデッドの集合体は騎馬兵が投げた槍により地面に固定されていた。


「何で抜けないんだ?」


 刀で切った時は、肉とは思えないほど柔らかかった。

 あんな槍で刺したくらいではすぐに肉の方が千切れ、地面に釘付けすることなぞ不可能なはずだ。


「あれが祝福を受けた武器です。そして、向こうに居る化け物・・・が――」


 指さす方を見ると、4頭立ての豪奢な馬車の前に一人の女性が立っていた。

 その女性に侍るように少女も立っている。

 さらに馬車を囲むように、先ほど脇を駆け抜けていった騎馬兵と同じ姿をした者たちが十、二十と居た。


『影を打ち消す浄化の光よ。腐肉に縛られた哀れな魂を救いたまへ――』


 声量としては、隣に居る人間に話す程度だっただろう。

 しかし、中心に立つ女性から放たれたその祝詞・・は、大声という必死な声色でないにも関わらず、体全体に響く声だった。


 そして、まだ夜が明けきらない空から、ありえない光量を振りまく柱が落ちて来た。

 その柱は、地面に縫い付けられたアンデッドの集合体を包むと、さらに明るく眩しくなった。


「先ほどの槍が、祝福が施された武器。そして、これが神に気に入られた者だけが使える、浄化の光です」


 言葉が出なかった。今まで走り続けていたから、ということもあるが、あの光は何とも神々しく喋ることもはばかられるほど美しかった。


 そしてなにより、温かい。心が、すっ、と軽くなるような、そんな気持ちにさせてくれる。


「アンデッドの腐肉に縛られた魂たちが、天の国へと旅立っていきます」


 上を見ているエフィスにつられて空を仰ぐと、そこには光柱に吸い込まれるように、天高く昇っていく魂の姿が見えた。

 なんと神々しいことだろうか。

 大小様々な魂が空へ昇り終えると、光柱は光量を落とし始め、次第に収束していった。


「ありがとうございます。下ろしていただけますか?」


 後に残ったのは灰だけだ。あれだけ巨大な図体をしていたが、灰になってしまえば寂しいくらいにかさが減った。

 ここまで来れば二度と襲ってくることはないだろうから、エフィスに言われた通り下ろした。


「高次さん。あなたは、私と前の村でたまたま出会っただけ。そして、高次さんはただの行商。そして、先ほどの騒動で売り物は自分の荷物以外、全部、落としてしまった」


 「いいですか?」と念を押された。

 なぜそんな話をするのか聞きたかったが、アンデッドの集合体に槍を刺した騎馬兵が近づいてきたため、詳しい話が出来なくなってしまった。


「この件について話を聞かせてもらいます。一緒についてきてください」


 馬上から降りることなく、反論を許さない物言い。

 その偉そうな態度に若干のイラつきを覚えたが、エフィスが何も言い返さないのでこちらも黙っていることにした。

 連れていかれたのは、先ほどアンデッドの集合体に対して浄化を行った女性の元。

 何となく理解していたが、どうやらこの女がここの大将で、エフィスのいう化け物だろうという当たりをつける。


「おはようございます、バルドリッツさん」

「おはようございます、レリシア様。この度は、アンデッドから助けていただき、ありがとうございます。私が至らないばかりに、姫殿下のお手を煩わせてしまい――」

「そんな他人行儀な……。私と貴女の仲ではありませんか」


 エフィスが『化け物』と呼んでいたのは、どうやらこの国を治める王の娘だったようだ。

 そんな相手を、貴族のエフィスが化け物呼ばわりするなんて、不敬極まりない話だ。

 それほど仲が良いのか、とも思ったが、エフィスの笑みを張り付けたような顔を見れば、そうでないことが分かる。


「それで、こちらの方は?」


 レリシア姫は、俺を警戒させないためか柔和な笑みを浮かべて問うた。

 しかし、柔和な笑みを浮かべるレリシアとは違い、そばに侍るレリシアと同い年くらいの少女と、その周囲を囲む騎馬兵たちは俺を値踏みするかの様に睨みつけて来た。


「初めまして、姫殿下。私は、江戸から行商をしております高次正太郎と申します」


 家のお使いはやったことがあるが、商家の丁稚はやったことがない。

 どうすれば無難に終えるか……。


「タカツ……? すみません。珍しい名前なので、憶えが悪く……」

「高次、正太郎です。高次が家名となります」


 耳覚えのない名前はそれほど難しいのか、レリシアは俺の名前を口で小さく2、3度呟くと、再び俺を見た。


「エドと言う国名は聞き及んだことがありませんが、どこにあるのでしょうか?」

「遠く、に……東に位置するところにあります」

「アドシーアよりも、もっと向こうなのかしら?」

「そこがどの辺りか分かりませんが、もし通り道にあるとすれば、通って来たのかもしれません」

「とても暑い国だそうですが、柑橘系の果物が美味しい土地だそうです」


 適当にはぐらかそうとしているのがバレたのか、レリシアは行った者にしか分からない話の追撃を入れてくる。

 柑橘類はミカンしか食ったことがないぞ……。


「レリシア様? もしかして、私の恩人を疑っていますか?」


 どう返答すればよいか迷っていると、エフィスが助け舟を出してくれた。


「そんな……。私は、最近、聞いた話に出て来たアドシーアに興味があるだけですよ」


 声色は困った風を装っているが、表情は笑顔のままだ。とんだ曲者である。


「行商、ということですが、どのような商品を取り扱っているのでしょうか?」


 「肩のは、ワンドかしら?」と、レリシアは俺が背負うミニエー銃を見て聞いてきた。


「先ほどの、あの化け物から逃げる時に全て落としました。あとこれは、ワンドではなく槍のような物です」

「そうなのですか?」


 「そうは見えませんねえぇ」と、レリシアは俺に近づくことなく、体勢だけを変えて俺が背負うミニエー銃を見た。


「レリシア様、そろそろ行かなければ……」


 急ぐ旅路でもあるのか、レリシアの隣に立っている少女が耳打ちをした。

 それにレリシアは頷くと、俺の隣に立つエフィスに向き直った。


「バルドリッツさんも、このまま王都へ向かうんですよね?」

「はい、そのつもりです」

「では、私の馬車へいらっしゃいな。久し振りにお話しませんか?」

「いえ、私は――」


 説明をしようと俺の方をチラリと見る。


「そちらの行商の方は、一人でも問題ないですよね?」


 二コリとも笑わずに、すでに決定したことのように言うのは牽制のためだろうか。

 彼女にとっての俺は異物で、自分の知り合いに寄生して旅をしている人間にしか見えないのだろう。

 元の世界に変える方法を探すために、いつかはあの町を出て旅をしないといけない、と考えていた。


 それを考えれば一人でも王都へ行くのも問題は無い。

 しかし、一人で行ったあと、あの町より大きいであろう王都でエフィスを見つけられてるか不安がある。

 最近、少しばかり見分けが付くようになったが、基本、この世界の住人の顔の区別がつかない。

 「さて、エフィスはなんと答えるのだろうか?」と静かに見守る。


「いえ、姫様。私は、彼と共に行きます」


 瞬間、ザワッ、と周囲の空気が変わった。

 それは瞬き程度の時間だが、ピリッとした御法度に触れてしまった時の空気が辺りに流れた。


「では、そちらの行商人の方も一緒に」


 姫様からの思わぬ提案に、さらに空気が凍り付いた気がした。


「これで一緒に行けますよね?」

「えっ、えぇ……そうですね」


 まさか俺を王族の人間が乗る馬車に乗せるとは思っていなかったようで、退路を断たれたエフィスは苦笑いした。

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日ノ本では刀で戦する時代は終わったけど、異世界ではまだまだ通用するようです いぬぶくろ @inubukuro

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