黒衣の少女

 森が近くにあるからか、フクロウの鳴き声がやけに近い。

 他の、狼といった獣の鳴き声も時折、聞こえる。

 たぶん、俺たちが村長の家で火を使っているので、それに反応して少しだけ騒がしくなっているのかもしれない。


 幸いなことに、村にはまきがまだたくさん残っているので、多少、荒い使い方をしても問題ない。

 森が近いといっても、これだけしっかりとした薪を置いてどこかに行ってしまうなんて、いよいよ怪しいという他ない。


 食事を終えた後は、そのまま食事をとった部屋で夜を明かすこことなった。

 燃料の薪が勿体ないが、万が一のことを考えてカマドの火は落とすことなくチロチロと小さな火を保たせている。

 そして時刻は丑三つ時を少し過ぎた、やや夜明けに近くなった頃に変わった。


「…………ん?」


 カマドの近くで刀を抱き、うつらうつらとしていると外の様子が変わっていたのに気づいた。

 フクロウや狼などの鳴き声が止んだだけではなく、虫の声も聞こえなくなっていた。


 こういった時は決まって、害をなそうと企んでいる奴が近くに居る。獣たちは、自分たちに害はなくとのその気配を察知、警戒をする。

 一応は、エフィスが『報せの結界』という察知の魔法とやらを使うらしいが、それでも用心するに越したことはない。


 ――と周囲に気を配っていると、何か居る・・気配がした。


「(なんだ……?)」


 すぐ近くには、毛布にくるまり小さな寝息を立てているエフィスが居る。

 もしかしたら、エフィスがミニエー銃を触ろうとしたのかも、とも思ったがどうやらそうではないようだ。

 他におかしなところは……、と周囲を見渡し気付く。


「明るい……?」


 部屋の隅にある鳥かごが、淡い緑色の光を放っていた。

 日中に見た時は、空っぽの鳥かごがあっただけで光を放つようなものは何も入っていなかったはずだ。

 立ち上がり、静かに寝息を立てているエフィスを起こさないように鳥カゴまで歩く。


 鳥かごの中を覗くと、そこには奇妙な物体が横たわっていた。

 全身が茶色く干からびた、子猿のミイラだ。

 「気味の悪い」と、この家の主の趣味を疑っていると、さらに奇妙なことに気付いた。


「動いている……?」


 干からびている子ザルの体が――腹部が微かに動いていた。

 しかも、虫が入っているようなめちゃくちゃな動きではない、呼吸の規則正しい動きをしている。

 どういうことだろうか、と不思議に思いながら鳥カゴに手をついた時に異変は起きた。


「ギィッ!!」

「うわっ!?」


 突然、干からびた子ザルが飛び起きると、鳥カゴについていた俺の手に噛みついてきた。


「クソッ! なんだこれは!?」


 ガシャァ、と大きな音を立てて床に転がる鳥カゴ。

 噛まれた指の傷は浅く、2、3本の赤い線ができているだけだった。


「なななっ、なんですか!? なにが起きたんですか?」

「鳥カゴに居たミイラに噛まれた。クソッ。この世界・・じゃ、あんな気色の悪い物も動くのか!?」


 慌てて起きたエフィスに説明をすると、エフィスは「そんなものあっただろうか?」と不思議そうな顔をして周囲を見渡した。

 こいつも一緒に室内を探索したんだから、そう思うのも無理はない。


「チッ」


 指から薄っすらと血がにじみ出てきた。

 指をすり合わせ血を拭うが、意外と深く切れているようで血がなかなか止まらない。


「何か嫌な予感がする。すぐに出られるように、身支度を整えておけ」

「わわっ、分かりました!」


 慌てた様子でカバンに飛びつくエフィスから視線を外し、突然、動き出した子猿が入っていた鳥カゴを見る。

 すでのあの緑色の光は消えており、部屋は元通りの暗さに戻っている。

 だが、あの気持ち悪い生き物が居なくなったわけではない。

 気配はそこにある。


「ちょっ……高次さん……。それ、なんですか?」

「何が……?」


 荷物を整えたエフィスが指さす先は、俺の手だった。

 左手には刀を持っており、もう片方の手は――。


「なっ!? んだこれ……!?」


 子猿につけられた傷口から、大量の黒い砂のようなものが床に向かって流れだしていた。

 痛みもなく、また音もない。

 初めは目の錯覚かとも思ったが、黒い砂粒が落ちるにしたがい体が『これは出してはいけないものだ』と警告をしている。

 ぞわりぞわり・・・・・・、と皮膚と肉の間を百足ムカデがその足で、這いずりまわるような吐き気を催す気色悪さが体全体に走る。


 失えば失うほど、命に係わるなにか・・・が体から流れ出してしまっている。

 これはなんだ!? これはなんなんだ!?

 口の中に酸味が強い液体が込み上げてくる。


 もはや、不快では言葉が足りなくなる、人のはらわたを切り裂き混ぜこぜにしたような、毛穴の一つ一つからにじみだしてきた腐敗臭を嗅がされている気分になる。


「高次さ――」

「離れろ!」

「ひっ!?」


 こちらに駆け寄ろうとしたエフィスを一喝し、距離をとらせた。

 これはヤバい。

 昔話に出てくる、化け物のようなモノが目の前に誕生しようとしている。

「あっ……はぁ……。本当ぅ……酷いわね」


 鳥カゴを弾き飛ばした方向から、幼いにも関わらず妖艶な声色をした声が聞こえた。

 背筋に悪寒が走った。指から流れ出る黒い砂も気色悪いが――この声の主は、さらに生命の根源にかかわる何かにさわっている。


「ハッ――、ハッ――、ハッ――」


 早く動け。


 何とかしなければ。そう心の中で怒鳴るが、体は一向に動きはしない。

 しかし、その間も声の主は動き浮き・・立ち上がり。

 そして対峙する。


「アハッ、美味しぃ~」


 それは、漆黒のドレスに身を包んだ少女だった。

 しかし、それがただの少女ではない。

 その少女は、今は壊れてしまった鳥カゴの中にあったミイラが、俺の指から出る黒い砂を吸い込んで出来上がったものだからだ。

 そして少女は手の平に溜めた水を飲み干すように動作すると、笑顔になった。それと同時に、俺の指から流れ落ちる黒い砂が止まった。

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