この社会は、たった1人の頭のおかしな悪人がいれば、たちまち破綻する

ひょんなことから出会った二人の高校生、ショウとサク。
真っ赤なツンツンヘアにレザーファッションでバイクを乗り回し、喧嘩も強くてぶっきらぼうな話し方の、やたら男らしいショウ。
かなりの美形なのに臆病で自信がなく気の弱い、植物の好きな細縁眼鏡の天才少年サク。
工業高校に通うショウと、コンピュータ技術の申し子サクが出会って、意気投合するのに時間がかかるわけがない。

何者をも寄せ付けない圧倒的な知識とスキルによって次々とソフトを開発していくサクと、彼の苦手な交渉や英語での対話を一手に引き受け、ただひたすらに彼を支えるショウは、まさに二人でワンセットのユニット。
そしてその二人の類稀な才能に、自分の生涯をかけるつもりで全面的にバックアップするハサウェイ。
この物語に出てくる人たちの熱い熱い想いが、文章の隙間から溢れ出してオーバーフロウ状態になっている。


ぶっちゃけてしまえば、この世界は1と0、ONとOFF、ただそれだけだ。
ただそれだけのものだが、悪いことに使えば犯罪、それを防止するために使えばセキュリティとなる。
白になるか、黒になるか。力を持つことはそれを選択する事でもある。
そんな極めてシンプルな事を、濃密な人間模様で伝えてくるのがこの物語だ。

サクの純真無垢にテクノロジーを追い求める姿に惹かれるショウも、徐々に彼の想像を絶する領域にまで踏み込んだ哲学に理解が追い付かなくなり、遂に事件が。

そんな事件を取り囲む多彩なキャラたちもこの作品の見どころ。
ショウには呪文にしか聞こえないような独り言を繰りだすヲタク技術者。
頭のイカれた(ように見えるが腕は確かな)ヤブ医者。
どう考えてもヤバそうな連中と渡り合ってるとしか思えない情報屋。
仮面をつけた車椅子の謎女性やら自衛隊まで飛び出す始末。
彼らの繰り広げる、手に汗握る格闘シーンや銃撃シーンに、ハリウッドも真っ青。

かと言ってやたらと難しい専門用語が出てくるわけでもないので、肩肘張って構える必要もない。
ところどころに「本気出して笑わせに来ているな」と思えるシーンもあり、この作者のバランス感覚の良さをうかがわせる。


ラストの方でサクから読者へと突き付けられる恐ろしい台詞がある。

「この社会は、たった1人の頭のおかしな悪人がいれば、たちまち破綻する」

誰しも頭では理解している筈だ。だが本当にそんなことが起こせるか。
起こらないのだ、と勝手に信じてはいないか?
信じたい気持ちだけで、不都合な真実に目を向けずにいるのではないか?
サクがそう語りかけてきたような気がした。

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ココからはちょっとネタバレ要素を含むので、未読の人は注意。


この作品では多くの伏線があちこちに仕込んであり、それが回収されるたびに「ここで!」と叫んでしまう事になるのだが、派手な伏線より地味なものの方がジワリと来る。
その最たる例が、初めて二人が出会った時のシーンだ。
ショウがサクに対してその性格を感じ取るこの2行。

>ふっと視線を外したら消えていってしまいそうなその気配に、独特な神秘性を感じ始めていた。

それが『あの』3ヵ月に繋がると誰が予想しただろうか。
彼は視線を外してはいけない存在だったのだ。

>その中になぜか儚さと力強さという、まるで重ならない2つの性格を同時に感じた。

これが後の彼らの人生を大きく左右するのだという事を、誰が知ることができようか。

これらサクの独特の感覚を初対面で感じ取っていたショウの観察眼は、その後の営業スタイルにも直結していく。

よく目立つジンジャーエールやぶっ壊れるドアなどよりも、こういった地味なところにこそ、作者のこだわりが垣間見えて面白い。


更に特記すべきは作者の非常に細やかな感覚である。
僅か数秒で警備員を二人畳んでしまうアルトほどのプロ(殺し屋と呼んでもいいだろう)が、奪った警備員の制服に着替えるときに「はいそっち向いて」と後ろを向かせるところなど、可愛らしいではないか。
とてもこの後ハリウッド並みのアクションが展開するとは思えない繊細さである。
このような小さなところにも非常に細かく気を使っているところにも好感が持て、読者を自然とその世界に浸らせてくれるのがこの作者らしくてニヤリとしてしまう。

書き出したらキリがないのでこの辺でやめておくが、この作品は紙の本で読む価値があると私は思う。


ホントはもっと書きたいんだけどね!

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