8.魔女さん、拘束される

「クロルド様は。魔王は一度死にました」


ユウキが静かに淡々と告げる。

クロが拘束している植物から逃れようと必死に身を捻るが全く意味を成さない。


「敗因を私なりに分析してみたところ、先代の魔王たちの敗北の原因は力不足。勇者が強すぎたゆえ、魔王が弱すぎたゆえ、そのどちらかです。しかし、今回は違う」


ユウキがにこやかに問いかけた。


「さて、なぜクロルド様は負けたのでしょうか?」


「知るか」


クロが鼻に皺をよせて答える。

リサは無言で植物に触っていた。

見たことのない植物だ。

異世界にしかない物だろうか。


「あなたが『最強』だったからですよ」


ユウキは笑って答えた。

クロが鼻で笑って一蹴する。


「勇者に敗北した俺が『最強』だと? 買い被りすぎじゃないか?」


「正確に言えば『最強』ゆえの弱さですね」


ユウキが付け足す。

その背後で猫耳の少女が奇声を上げた。


「にゃっ!?」


「......どうしたんですか、シャーム君」


「な、ないんです」


「なにがです?」


「あんなにいっぱい作って出しておいたお菓子が空っぽに! こ、こここれはまさか怨霊の仕業ではっ!?」


「シャーム君。安心しなさい。食べたのは、リサさんだから」


「にゃ、にゃーんだあ。ってはあああ!?」


猫耳の少女が叫ぶ。

クロが五月蝿そうな顔をした。


「あれを、あの量を全部食べたんですか!? 一人で!?」


「うん、だってお腹空いてたし」


「村長の家であんだけ食べてたのに......」


いじけてた最中、リサは猫耳の少女がお盆からそっとテーブルにおいたクッキーの山とお茶に気づいてしまったのだ。


「太りますよ!? って、私が心配することじゃないですし!」


「私って、太らないんだよね」


「むっかー! いま、女として許せない気持ちが爆発しました!」


「シャーム君。落ち着いてくれ」


リサはなにをどれだけ食べても、どれだけ飲んでも太らない。

おまけに好きな物も嫌いな物も特になく、強いて言うならなんでも好きだという偏食家が聞いたら卒倒しそうな才能の持ち主だ。


「賢者。お前は俺のなにを知っている?」


「なんでも知ってますよ。賢者ですから」


クロが見るからに嫌そうな顔をした。

ユウキは定番となってしまった胡散臭さ漂う笑顔で応じる。

それが破られることはない。


「『最強』ゆえの弱さとはどういう意味だ」


「不老不死で、部下も大勢いて、為政者の器を持ち、誰にも負けない強大な力を産まれながらに持つ存在」


ユウキが小さく息を吸い込んだ。


「それがあなたの弱さです」


クロが息を呑む。

リサが手を上げた。


「どうしました、リサさん」


「魔術師さま、じゃなくって、賢者さま。この植物ってなんなの?」


「ああ。私の術式で作り出した人工的なマナの結晶です。時間が経てば壊れます」


「他に解除する方法はないの?」


「ありますよ。二つ」


ユウキが指をたてる。


「一つ目は私、術者が術式の発動を止めること。二つ目は術式の上から魔術による解呪を編むことです」


「それ、教えちゃっていいの?」


「ええ。どうせ解けないでしょうし」


「へぇー。言ってくれるね?」


青筋を額に浮かべたリサは思う。

絶対に解いてやるっ!


「さて、話を戻しましょうか。弱さゆえにあなたは死んだ。そのことを自覚しているかどうか知りたかったんですが......どうやら無自覚だったらしいですね」


ユウキが納得の表情で髪をいじる。

クロが敵意を込めてユウキを睨んでいた。


魔術の上から魔術をかける。

つまりは術式を作るということだ。

ユウキは術式を作るときどうしていた?


「支えを失い、自分の弱さに気づいてはいてもそれを認めたくはない。そんなとこらですかね」


「何が言いたい」


「つまりですね、弱い魔王はもう必要ないってことですよ」


村長の家で使ったときは、不思議な液体から結界を作っていた。

あの時は詠唱することで、液体が浄化され魔術が発動した。


「新しい魔王を生み出すつもりか!? 人工的に!?」


「そうとは言っていませんよ。人造人間ホムンクルスを作ることは、禁忌の魔術として禁止されています。いくら、賢者とはいえ、その力をふりかざして、『花の魔女』が作った秩序を乱す行いはしませんよ」


ユウキが食いつくクロに肩をすくめる。

クロがぎりぎりと歯噛みした。


ここでの魔術はリサを殺そうとした死の呪い、呪いというからには系統が違うはずだ。

魔術の術式を作る上での参考にはならない。


「とはいえ、このまま魔王がいない世界があり続けても問題が生じます」


「そりゃあ、そうだろうな。魔王は死に、現にダンジョンの魔物が地上で暴れ回っているらしいしな」


「今回は魔王軍の精鋭が全員狙われて殺されましたから余計にですよ」


今の、茎を地面から生えさせた術式の詠唱は『眠りから覚めよ』だった。

眠り、というのは罠のことだろう。

呪いだけの系統が違うとするなら、魔術には少なくとも詠唱と準備しておく物がなにかしら必要なはずだ。


「ウィルは死んだと聞いた。カズールも死んだのか?」


「カズール様は不老不死ですからねえ。聖女に浄化された可能性はありますが、あの方が死ぬとは思えませんねえ」


「......そうか」


クロが微かに安堵する。

ユウキが微笑んだ。


「私だって、カズール様とは親友の間柄なんですから嘘はつきませんよ」


「カズールはお前のことをものすごく毛嫌いしていたはずだが......」


「気付いたら親友になっているものなんです。相手が嫌ってようが殺意を抱いてようが一緒に過ごした時の問題です」


「いや、それは違うと思うし、むしろそれ腐れ縁っていうべきものじゃ」


「はいはーい、脱線しないでくださいね」


物言いたげなクロをユウキが被せるように言葉を叫んで制する。


「必要なもの、必要なものー」


一度目は液体。二度目は呪い。三度目は植物の罠。

具現化したにしても、三つ目にはなにかしらの種があるはずだ。

植物を育てるのにはなにがいる?

まず、植物本体である種。

これは魔術式のことだと予想できる。

次に水。水がなければ植物は育たない。

水は魔術式に流し込む、マナのことだろうか?

魔法の源さえ流し込めば、自然と魔術式である種はマナを吸って大きくなる。

水に水をたしても一緒になってしまうのと同じだ。


魔法にしろ、魔術にしろ、オドとマナを消耗することに違いはない。

ユウキの言い草から察するに魔法の方が魔術より疲労感は大きいらしいから、おそらく魔術の方がマナの消費も少ないのだろう。


「人工的に作ることは無理。新たな魔王の適正を持つ者を見つける。こちらもまた難しい」


「なぜだ? 魔王の適正者なんて、賢者の情報網を辿ればすぐに見つかるだろう?」


「と、私もそう思って油断していたんですがね? いやはや、今回の勇者は賢く強い。目星をつけていた魔王候補全員消されました。私が動く暇もなく」


「全員死んだのか!?」


そして、植物を育てる上で欠かせないのが太陽の存在。

ただし、これは術者ではない。

なぜなら術者がマナを魔術式に与えているからだ。


植物の世界で例えるなら、術者は雨をもたらす雲、もしくはジョウロだろうか。

なら太陽は別にいる。

雲の近くに潜み、ふと姿を現して魔術式を発動させるのに協力している存在が。


そんなの、一人しかいないじゃないか。


「おかげで苦労する羽目・・・・・・になりましたよ」


ユウキの横に佇んでいる少女。

彼女が、太陽だ。

ああ、これは確かに。解除しようがない。

リサは乾き切った笑みを浮かべた。


「さあ、この状況で残された道が一つしかないのはお分かりですね?」


待てよ。植物を枯らす方法はなんだ?

除草剤を撒く......はダメだ。

除草剤を作れる材料がないし、魔力で具現化できるとはいえリサにはまだそんな細かい作業をできるだけの技術がない。


他には......。なにがあるだろうか。

無茶難題すぎる。まあ、解かれないようにそうしているのだからそういう意味では当たり前かもしれないが。

ハードル上げすぎちゃだめだろう。

ある程度の加減を......。


「それだ!」


いきなり叫んだリサをぎょっとした目で全員が見た。

リサは全く気にせず、行動を開始する。

やり方は簡単だ。ただ、植物に向かってオドのマナを流し込むだけでいい。


連想させたのはリサが祖母の育てていた花を枯らしてしまったときのエピソードだ。

植物は水を糧としている、と言われて自分の暴食の加減が分からずにたくさんあげただけその分早く育つと思い込んでしまっていたのだ。

その結果、枯れた。

祖母は枯れた花を前にして泣きじゃくるリサの頭を撫でながら言っていた。


『なにもかも、与えすぎるのもよくない。愛情だってそうさ。甘やかしてばかりではなにもかもだめにしちまう。それの良さが出せなくなっちまうのさ』


そう言って祖母は一枚の紙を取り出した。

幼いリサはきょとんとして尋ねる。


『おばあちゃん、なあにそれ』


『これはね、おばあちゃんの知り合いの農家の人んちの電話番号さ。ちょっと厳しいけれど、ここに通えばもう花を枯らす失敗は絶対にしなくなるよ』


『ほんとう!?』


『ああ。毎日毎日、草木の手入れをして過ごすのさ。楽しみだろう?』


『うん! わたし行く!』


行く決意を固めて、後悔したのは植物マニアの超厳しいじいさんにしごかれて家にとぼとぼと帰ってきた帰り道でのことだった。

その時、リサは誓ったのだ。

もう二度とおばあちゃんの知り合いには会わないと。


リサのオドから溢れ出したマナがぐんぐん植物を侵食し、生き絶えらせた。

ユウキが絶句してリサを見る。

リサは自由になった体を縦横に伸ばしたあと、雄叫びをあげた。


「おっしゃあああああああっ!」


猫耳の少女が耳をプルプル震わせる。

ユウキは驚いたまま固まっていた。


「なっ、なななななっ、賢者様の魔術式を解くなんて!」


「ん? 原理が分かれば簡単だったよ?」


マナが水にとって代わっていたから、水をあげすぎれば植物が枯れるのと同じようにマナを与え過ぎれば魔術式が壊れる。

要はそういうことだ。


「クロのも壊してあげようか?」


「頼む」


「させるわけないでしょう!」


猫耳の少女が動いた。

ありったけの力を込めた拳をリサの顔面に叩き込む。

リサは平然として、それを頭で受け止めた。


「へっ!? かたっ!」


「石頭なのは昔からだからね」


祖母に肩車からあやまってコンクリートの地面に墜落し、頭をぶつけた名残だろうか。

いやあ、懐かしい。走馬灯みたいなのが走って死ぬかと思ったのはあれが一番最初の体験だった気がする。


「お前、色々と超能力が多すぎるぞ」


「え? なにが?」


せいぜい、超能力だと誇れるのは石頭とコンプレックスの馬鹿力ぐらいだが。

暴食はただの体質である。

リサが平然としながらクロを解放する。

クロは諦めたように首を振った。


「もういい、なんでもない。俺は賢者と大事な話がある。大人しくしてろ」


「はーい!」


大人しく引き下がったリサにクロが少し意外そうな顔をした。


「いつもならくっついてくるのに」


「だって、私難しい話とか苦手だし」


「それもそうか」


肩をすくめるリサ。クロが納得する。

ユウキが咳払いした。


「この状況で残された唯一の道。それがなにかはお分かりですね?」


「ああ。つまり、俺が再び魔王に降臨しろという意図だろう」


「お分かりいただけてなによりです。では、いってらっしゃいませ」


「は?」


光が爆発した。

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