2. 魔女さん、クロの必殺技を知る
「ねね、クロちゃん」
「クロちゃん言うな」
もはや定番となってきたやり取り。
クロは不服そうな顔だが、もはや諦めているようで声が弱々しい。
リサはクロのもふ毛に手を伸ばした。
「気安く触るな」
クロが肉球でリサの手を払う。
対するリサは頬を膨らませた。
「ちょっとぐらいもふらせてくれたっていーじゃん! けーち! ケチ使い魔! ご主人さまの言うこと聞け!」
「誰がご主人さまだ。俺は飼われた覚えはない。あくまで契約者だと認めただけだ。断じてお前が上ではない」
「契約って、私が上でしょ?」
「同立場だろう」
威張るリサにクロが反論する。
リサは唇を尖らせて、クロが『魔法』で作った炎に両手をかざした。
時は何日目かの夜。森での生活にも慣れ始めてきたころだ。
「ねー、クロちゃん」
「クロちゃん言うな。今度はなんだ」
「この『魔法』ってさ、魔法スキルってやつとは違うんでしょ?」
リサの問いかけにクロは地面に突っ伏し欠伸をした。
『魔法』は魔法スキルとは異なるものではないかとリサが思い始めたのはクロが初めて『魔法』を見せた日のことだ。数日たった今まで、その疑問は放置されつづけてきたのだが回想し、思い出したところだった。
「『魔法』をもとに作られたのが魔法スキルだからな。......にしても、未だにお前が異世界から来たという話は信じられないんだが」
クロが顔を片手で覆いながら言う。
クロにはもうすでにリサの出自については説明してある。リサのあまりの無知さから最初は怪訝そうにしていたクロもやっとそれを認めたらしい。
「私からしてみればこの世界の方が信じられないよ。『魔法』があって、魔王がいて、勇者までいるなんて」
「お前と話していると俺の持ってる常識がおかしくなりそうだから話を進めるとだな。『魔法』ってのは選ばれた奴らが使える特殊なものだ」
「やっぱりどこの世界も才能に左右されるっていうのはあるわけねー」
ふむふむと頷くリサ。才能に左右されるのはどこの世界も変わらないようだ。リサは中小の美術で常に悪い成績を取っていたのでよく分かる。
「『魔法』には二種類ある。一つ目が才能のある者のみが扱えるマナの操作。俺が普段使っているのはこっちだ。大気中のマナを操作して、自分のイメージするものに変化させる」
クロがそう言いながら燃え盛る炎に視線を向けた。炎が一瞬にして水に包まれ消える。暗闇で視界が閉ざされた。クロの声だけが暗闇に響く。
「二つ目は魔法の才能があるものから触発を受ければ誰でも使えるものだ。体の中にあるマナを蓄える器官オドのマナを使って魔法を発現させる」
クロが言い終わると同時に青白い炎が暗闇を照らし出した。
始めは一つ。それがどんどん増えて二人の周囲を囲む。
「ただし、二つ目の方法はおすすめしないな。オドのマナには限界がある。オドのマナは使ったら自然回復しないから一生そのままだ。おまけに、自分のオドにあるマナがどれぐらいかは誰にも分からない。俺ぐらいの使い手ともなれば自分のオドぐらいは管理できるが、他人までは無理だ」
青白い炎が消え、元あった場所に赤い炎が戻ってきた。
リサはふと浮かんだ疑問を特に考えずに質問する。
「クロ。オドのマナが無くなったらどうなるの?」
リサの問いかけにクロは黙り込む。
答えるべきか迷っているようだった。
リサは押し黙ったクロをじっと無垢な黒い瞳で見つめる。
クロが小さく息を吸い、
「死ぬ」
淡々とした二文字だけを告げた。
どこの世界にもペナルティはある。
それが、『魔法』の世界であったとしても。どうしようもなく残酷であったとしても。変えられないものだ。死がないなど都合がいいことはない。
人魚姫は人間になることと引き換えに自分の声を。
死神に名付けられた男は姫の命と引き換えに自分の命を。
どの世界にもそういう概念は存在しているのだとリサは理解した。
「――人工的に補給しなければな」
クロが発した一言を聞くまでは。
思案していたリサを落ち込んでいると勘違いしたのかクロは無表情で淡々と目を合わせずに続ける。
「マナを操れる者の手によってオドのマナを失った者にマナを与えることも可能だ。それなりの使い手でなければ難しい高度な技術だが方法はある」
「なるほど。だから、あー、そっか。そういうことなんだね? 魔法スキルは『魔法』が使えない人のために作られたものだったのか」
突然しゃべり一人で納得するリサを目にしてクロが顔をしかめた。
クロの無言の疑問にも応じず、リサは一人で解釈を続ける。
要は、本物の『魔法』よりもペナルティが少なく、お手軽なのが魔法スキルということだろう。
魔法スキルが消費するのはステータスにもあった魔力値という数値のみ。命を削るほどのものではないのだ。
確かステータスに魔力値が載っていたはずだ。スキルによって、消費する魔力値が変わってくるのだろう。
「魔法スキルは魔力値を消費することできるってことね? はいはい、分かってきた分かってきた」
「なぜ物分りの良さが肝心なところで出てこないんだ」
「それしょっちゅう両親に言われてたよ。いやー、懐かしいね」
目を細めて懐かしむリサをクロがじと目で睨む。もう何年か前から聞かなくなった台詞だった。
「魔法スキルは魔法スキルの職業になってレベル上げすれば使えるようになるんでしょ?」
「お前の場合は魔女だからレベルが1上がっただけでも使える魔法スキルの量が勢いよく増えていくだろうな」
「本当!? ってかクーちゃんレベルってどうやって上げるの?」
「クーちゃん言うな。魔物を倒せばいいだけの話だろう」
何度めかのツッコミをしてクロが呆れ声で答える。
魔物という新たなファンタジーワードにリサが目を輝かせた。
「やっぱ魔物ってドラゴンとか!? 本当にいるの!?」
「馬鹿か」
リサの幻想は呆気なく砕かれた。
クロがリサの言葉を訂正する。
「ドラゴンは聖獣だ。断じて、魔物ではない。魔物はもっと......」
クロの耳がピクリと動いた。
言い止まったクロにリサが不審そうな視線を向ける。突然、クロが叫んだ。
「リサ、伏せろ!」
背後に獣の気配。リサは鍛え上げられた反射神経で背後の獣の動作を予想し、クロに向かってダイビングした。
「ぐはっ」
クロを下敷きにしてリサが倒れる。
一瞬前までリサが座っていた地面を土ごと鋭い爪が掻っ攫っていく。
「グルルルルルル」
リサが膝をついた態勢のまま振り返ると、そこには見たことのないモンスター的生物がいた。
血走った三つ目。狼男のような図体。毛はクロのようなもふもふというよりはもじゃもじゃでいかにもモンスターといった感じだった。
「いつまで乗っている!」
「ぐえ!」
リサはクロに蹴り飛ばされてモンスターの顔前へ。回避しようと身体を捻るも、もう遅い。
すでにモンスターの眼球がリサを獲物として捕らえていた。
死の直前の走馬灯みたいなのがあるって話は聞いたことがあったが、今まさにリサはその状態だった。
スローモーションでモンスターの動きがゆったりとして見える。
刃物のように鋭利な鉤爪がリサの喉元を噛み切るために迫ってくる。
「あれ? 本当にスローモーションじゃねえですか? っ、いてっ!」
その場で尻もちをつくリサ。
地面まではだいぶ遠く、モンスターの爪が届く方がどう見ても速かったはずだが......。もしや、これは。
「もたもたするな。早くこっちに来い! 本気で死ぬぞ!」
リサはクロの怒声で我に帰り、慌ててクロの隣へと後退する。
クロは毛を逆立てて、両耳をぴーんと立てモンスターを威嚇していた。
心なしかクロが青色帯びているように見えるのは気のせいじゃないはずだ。
「手持ちの魔法の一つ。水属性の『威嚇』だ。もうすぐ解ける。俺の後ろにいないと死ぬぞ」
リサはそんな大げさな、と口にしかけ目の前に現れた三つの目玉と視線が絡んで固まった。
クロが舌打ちしながらモンスターに横アタックを食らわせる。
モンスターごとクロが顔前を吹っ飛んでいく光景にリサは思わず叫ぶ。
「クロ!」
リサがクロの名前を呼ぶが本人は振り返りもせずに立ち直ったモンスターを相手に戦闘中だ。
リサを気にする余裕はない。
モンスターの口元が三日月型にニタリと歪んだ。悍ましい顔。
「おマエ。マオウのチカラまだモってる。それ、ボスホしがってる。おマエ、ツカまえてボスにサしダす」
モンスターがかろうじて人語を保っているものの、完璧というには足りない言語でクロに言った。
「お前のボスは誰だ? 狼男共のボスといえば、俺は俺の部下しか知らん。だが、あいつは俺のところに戻ってくるような柄じゃないからな」
「うぃりあむシんだ。アタラしいボスもういる。アタラしいボスツヨい。うぃりあむヨワい、へなちょこ。イマのボスみんなアコガれ」
ひらがなカタカナの混ざった言葉を繰り返すモンスター。
リサ狙いではなくクロ狙いらしい。
「聖なる灯火よ」
クロの詠唱で青白い炎が暗闇に次々と浮かび上がる。
モンスターは慌てる素振りすら見せずただニヤリと笑った。
「おマエ。モトマオウとはいえ、チカラアキらかにヨワい。オレでもおマエよりツヨい。タオせる」
「うるせえよ」
リサの目に幻影が写り込んだ。
クロの背後に立つ、憂い帯びた顔立ちの美貌の男。漆黒の髪色に深緑の瞳。魔性の魅力が人の目を集める。
見えたのはほんの一瞬だけだ。
それはすぐ、暗闇に飲まれて消える。
「討ち滅ぼせ」
クロの放った火玉がモンスターに向かって連鎖して飛んでいく。
モンスターはその全てを避けた。
擦りもしていない、無傷の姿。
リサはモンスターの特徴を見極める。クロ以上の速さ。
それがモンスターの強さの秘訣だ。
圧倒的なスピードで攻撃を届く前に全て避けきっている。
火玉は地面に墜落して消失した。
「イカクしたのはムダだった、オレにツカってマナのショウヒハンパじゃなかったはず。ザマァ」
「......」
「あのムスメごときのタメにツカって、おマエもヘイワボケしたな。アンシンしろ。ボスユウシャやられない。おマエのチカラ、ユウエキにツカう」
ククク、と笑うモンスター。
クロは黙ったままだ。
そして、静かに。
「はは、お前ごときにこの魔王である俺がやられるとでも思ったか?」
緑色の瞳に静かな怒りを宿してクロが問いかけた。
侮辱された高貴なプライドを覆すように。クロは、魔王は、笑う。
その様子にモンスターが戦慄する。
「あーあ。本当は使いたくなかったんだがな。仕方ない、今の俺の『魔法』は手加減するには弱すぎるからな」
クロの目に狂気の光がほとばしったのをリサは確かに見た。
間違いなく捕食者の目だ。
モンスターが怯えるように図体を揺らし、身体を震わせる。
「魔王を怒らせたらどうなるか知らないわけじゃあないだろう?」
今度のはおそらく幻影じゃない。
黒い瘴気のようなものを背後にまとってクロがモンスターに向かって歩む。
モンスターがさっきまでの威勢はどこやら、じりじりと後退していく。
クロが叫びながら、モンスターに向かって飛びかかった。
「にくきゅうぱーんち」
......今まで聞いたクロの声の中でもっとも間抜けで気の抜けた声だった。
モンスターが木っ端微塵になって淡い色の粒子とドロップアイテムだけを残し、消えていく。
顔をおさえて俯き、恥ずかしさに身悶える魔王ではなく、黒狐の姿をリサは黙って見守っていた。
×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+
ハンドルネーム:クロ
本名:???
種族:使い魔
職業:魔王
レベル1
体力1,000
魔力2,000
スキル 『にくきゅうぱーんち』 攻性型
肉球で相手を塵にする。「にくきゅうぱーんち」と言うことが必須の発動条件であり、その言い方の可愛さ度で威力が変わってくる。判定の点数は発動後にステータス画面に流れてくる。最高得点は自動的にステータスへ記入される。
UP‼︎現得点:二十点
最高得点:二十点
×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+
(モンスターざまあ)
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