16.魔女さん、リンゴジュースをたしなむ

部屋の中には微妙な緊張感が漂っていた。

訪問者の身分上、ギルドでもっとも煌びやかな装飾が施されている客間及びギルドマスターの執務室。


ギルドマスターである、ジャスパーが仕事部屋として使うことは滅多になく、客間の役割しか果たしていない。

掃除にはぬかりがなく、手入れは行き届いている。


「さて。改めて自己紹介としようか」


咳払いをして、高価そうな革張りのソファから身を起こしジャスパーが言う。

ジャスパーの傍らに控えていた受付令嬢のリス耳少女が一歩前に進み出た。


「このギルドの受付令嬢長をしている、リノンです。よろしくお願いします」


メイド長のようなノリでそう言われて、リサは苦笑を隠せない。

受付令嬢にもリーダー的なものはいるらしい。


「リノンはこのギルドの受付令嬢代表。見ての通り獣人だが、優秀な精霊使いエレメンタラーで魔法学校の卒業者。要するにエリートだな」


「もう、お世辞はよしてくださいよジャスパーさん。いつもそんなこと一言も言わないくせに」


「あだっ! い、痛いって。肘打ちは勘弁」


笑顔で言いながら、リノンがぐいぐいジャスパーの脇腹を肘でなじる。

ジャスパーが半ば本気で訴えた。


「精霊使いって精霊を操るんですよね。精霊、持ってるんですか?」


「所持しているわけではありません。精霊は気まぐれですから、力を貸してくれることなんて滅多にないです」


リノンがリサの言葉を呆気なく否定する。


「精霊使いは、精霊の機嫌取りが上手いだけですよ。精霊って意外と単純なので好きなものとか嫌いなものを把握しておけば容易に操れるんです」


ブラックな言葉を吐くリノン。

精霊使いは腹黒い。


「リノンの自己紹介はもういいな」


ドン引きしているリサを見かねたジャスパーがリノンの話を強制的に終わらせる。

ジャスパーが首裏を掻きながら、気怠げに自己紹介を始めた。


「あー、このギルドとギルドマスターをやっている。ジャスパー=カウェルだ。職業は暗殺者アサシン。レベルは90だ」


「暗殺者っていうと......」


「言っとくが、スキル取得のために選択した職業ってだけであって、本当に人を殺したことはないからな」


ジャスパーが慌てて訂正する。

リノンがくすりと笑った。


「あえて言うなら、殺人鬼じゃなくって殺魔鬼ってところですかね」


「おい、余計なことを言うなリノン」


「ジャスパーさんの魔獣を殺してきた実績では王国でも随一です。嘘じゃないです」


しれっとした顔でリノンがジャスパーをべた褒めする。

ジャスパーが苦虫を噛み潰したような顔をして口を開いた。


「ちなみに、俺がギルドマスターだってことを知ってるのはうちのギルドじゃ、リノンとギガスだけだ」


「ってことは、ジャスパーさんが序列1位の冒険兵ってこと?」


「そういうことになるな。ギルドの門番をしてるのはギガスか他の冒険兵で、序列1位は表向きに空席ってことになってるが」


序列1位でレベル90。

ジャスパーも王国側のかなり上の立場の人間なのだろう。


「改めて、私はリサ。こっちは私のパートナーのクロちゃんです」


「この国では珍しい、というかむしろ異端レベルの名前だな」


「あ。やっぱり?」


「なぜ、この国へ来たんだ。名前からして魔女の信仰者の娘だろう」


ジャスパーが呆れたように問う。


「まあ来たくて来たわけでもないんですが無理やり送られたというか......」


「スパイだとは思いたくないが、そうじゃない可能性も否定できないな」


「あ、それは絶対ないです。私、むしろ魔女に恨みしかないですし」


「その言葉を信じていいんだろうな?」


「信用させられるだけの証拠はありませんが、信用していただけるなら幸いです」


リサが堂々と返す。

ジャスパーが大物じみたリサの態度に顔を手で覆って吐息した。

リノンが肩を竦めてジャスパーに言う。


「魔女の信仰者は、嘘でも魔女を貶める言葉は吐かないと聞きますから、心配いらないでしょう。それに、こんな小さな子に国を潰す力があるとは思えません」


「だといいがな」


「いやー、ほんと、疑心暗鬼にさせちゃってすみません。あと、小さくないです」


「本当にな! あと、充分チビだよ!」


リサから殺気じみたオーラが飛んだ。

ジャスパーが慌てて取り消す。


「悪かった、悪かったって!」


「ジャスパーさん。チビくありません。もう13歳です。成人です」


「はぁ!? 嘘だろ!? ちょ、その目やめろ! 怖えぇぇぇ」


「ジャスパーさん。女心をこれっぽっちも分かってないんですね」


「なんでリノンまで、冷ややかな目で俺を見てくるんだっ!」


女性陣の冷めた目にジャスパーが悲鳴を上げる。

クロが同情するような目をした。


「で、本題に入りましょうか」


「ほ、本題? なんのことだ?」


「とぼけようとしたって無駄ですよ。ジャスパーさん。私が言ったこと覚えてますよね? だから、私にギルドの秘密を打ち明けてるんですよね?」


しらばっくれて目をそらすジャスパーにリサがずいっと詰め寄る。


「ギルドの最重要事項、教えてください」


リサが人生で追い求めるのは数々のスリルだ。

平凡な日常に差す刺激的な出来事。

それは花王家の者が欲してやまないものである。


「......おい、リノン」


「なんでしょうか。ジャスパーさん」


「場所を変えるぞ」


リノンがやけに綺麗な動作でスカートを持ち上げ、厳かに一礼した。



「で、なんで酒場なんですか」


時は夜になり、窓からはすっかり暗くなった外の景色が見える。

リサはカウンター席でげっそりした顔をしてジャスパーに問いかけた。


「お前、成人だって言ったろ」


「お酒は飲みませんからね!」


「つれねーな。そっちのキツネは?」


「クロちゃんにも絶対飲ませません!」


リサがさっとクロを抱きしめる。

ジャスパーが舌打ちした。


「飲み仲間がいなきゃ酒場に来てもつまんねーだろうが」


「そうですね。ジャスパーさんはお酒弱すぎるので一緒に飲んでもつまんないです」


「おい、リノン余計なこと言うな!」


「事実です。嘘じゃないです」


ジャスパーの前で、カウンターの内側から頬杖をついていたリノンが言う。

ギルドの受付令嬢と酒場の店員は兼用の職業のようだった。


「まあ、りんご酒でもどうぞ」


「飲まないって言ってるですよ」


「じゃ、りんごジュースでもどうぞ」


リノンが瓶ごとリサの前にりんごジュースを差し出す。

コップは瓶のあとに置かれた。


「で、なんで酒場なんですか」


「だから酒を飲みながら話でもと思ってな」


「じゃなくって! 話なら、あっちの方が機密性が高かったでしょ!」


「機密性っーか、そんな大勢の前で話しても意味はない話しなんだよ」


ジャスパーの言葉にリサが目を丸くする。

ジャスパーはゴブリンを口元にあてて、一気に中身を飲み干した。


「久しぶりの酒だ」


「北方にもお酒はあったでしょうに」


「俺の口には合わねーんだよ!」


ジャスパーがゴブリンをカウンターテーブルにぶつけるように置いた。


「人によっては信じてるやつもいるし、信じてないやつもいる。本当のことを喋ったって大半は嘘だと思われんだよ」


「都市伝説みたいな感じですか。こっくりさんとかトイレの花子さんみたいな?」


「何言ってるのか全く分かんねぇけど、噂として出回ってるのは確かだな」


クロがジャスパーに全く同意見だというようにこっくりと頷いた。


「この近くに狼男・・どものアジトがあるって話だ」


リサは僅かに肩を震わせた。

狼男。あの、リサとクロを襲ってきたもじゃもじゃモンスターだ。


「そういえば、この頃動きが活発になってきてるっていう」


「ああ。お前、狼将軍って知ってる?」


「狼将軍?」


聞き慣れないワードにリサが首を傾げる。

ジャスパーが二杯目の酒をゴブリンに注ぎながら答えた。


「ウィリアム=ダクト。狼男共を仕切ってる魔王軍幹部だった『怠惰』を司る七魔将軍のひとりだ」


「『怠惰』......」


「狼男で、暴走すると誰にも奴を止めることはできないって言われてる」


魔王軍。意外な言葉が出てきたことにリサは戸惑いながらクロをちらりと見る。

クロは目を大きく見開いていた。


「一時は死んだとか言われてたんだがな。復活したのか、それとも新しい奴がボスの座についたのか。真相は定かじゃないがそういう噂が流れてる」


ジャスパーが酒を煽った。

リノンが呆れた目をしてジャスパーを睨んだ。


「ジャスパーさん。そろそろ潰れますよ」


「まだいけるってろ。らいろうぶ、らいろうぶ」


「呂律回ってませんけど」


酒に弱いと言われていた通り、ジャスパーは既にかなり酔っていた。

リノンが溜め息を吐く。


「もうジャスパーさんは喋れそうにありませんね」


「ですねー。たったの二杯でこんなべろんべろんに」


「本当に弱いんです。この人」


じと目でリノンがジャスパーを睨む。

当の本人はカウンターに突っ伏して幸せそうな顔をしていた。


「リサさんが気になってる狼男とギルドに関する案件ですが......」


仕方なしにリノンが口を開く。


「ギルドは狼男たちのアジトを突き止めました」


「......それってつまり」


「ええ。冒険兵たちにアジトを潰させるつもりです。秘密裏に、明日中に」


リノンは躊躇いもなく潰すという言葉を口にした。


「面白そうですね」


リサがにやりと笑う。

リノンが額に手を当ててリサを見た。


「リサさん、あなたもしかして、狼男討伐に参加したいとか言いませんよね?」


「ダメなんですか?」


「ダメです」


間髪入れずに却下されてリサは頬を膨らませた。

りんごジュースをことこととコップに注ぎ、にやりと唇を歪ませる。


「じゃ、仕方ないですね。代わりに、ギルドマスターのことばらしましょうか」


「そうきますか。でも、そうさせると思いますか? ギルドだってそうそう簡単に機密を漏らすわけじゃないんですよ?」


「じゃあ。ついでに、本当の・・・ギルドマスターが誰なのかってこともばらしましょうかね」


リノンが押し黙り、リサは勝ち誇った笑みを浮かべてジュースを飲み干した。

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