5. 魔女さん、魔術師に出会う
「宿がない?」
リサはあんぐりと口を開けた。
対話する初老の男性は顎ひげをいじりながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「はい。ここは、エールの街と半日分ほど離れた小さな村ですので、魔物の討伐地域もありませんし、旅人など滅多にいないので、宿がないんです」
キャペッツ村に到着し、リサがいるのはこの村の村長の家だ。
リビングらしき部屋に通されたあと、こうして衝撃的な言葉を告げられた。
クロは外で村の子供たちに遊ばれてもとい、戯れられている。
この世界でも喋る動物は珍しいらしく大人たちまで興味津々だった。
村人たちには村々を訪れている旅芸人のような者だと伝えてある。
『魔法』で動物たちを喋らせることもできないわけではないらしく、『魔法』のせいにすることもできた。
疑われる要素はない、はずだ。多分。
「せっかく久々にベットで寝れると思ったんだけどなあ」
お茶を淹れにいった村長に聞こえないよう小声でリサは独り言を呟く。
部屋の内装を見るに、まあまあ贅沢な暮らしをしているのだろう。
豪華な造りの家だ。
クロも「豊かそうな村だな」と言っていたから、おそらく裕福な村なのだろう。貧困があるようにも思えない。
子供たちも大人もみんな笑顔だった。
「どうぞ。サシュの実のお茶です。お口に合えばよいのですが」
「ありがとうございます」
リサはぺこりと頭を下げる。
机の上には大量の茶菓子と紅茶が並んでいた。どれも前の世界とさして変わらないクッキーやケーキだ。
美味しそうな見た目ではあるのだが。
「甘っ! おいしすぎ!」
超がつくほど甘党なリサには元の世界にあるお菓子よりも甘くてくどさがあるぶんとてつもなく美味しく感じられた。
甘いものはいい。
いくらでも食べれる。
満足げな顔のリサだが、彼女がいくらでも食べられるのはただ単に生まれつきの大食い体質だからであって超甘党で甘いものが大好きだからに限定することではない。
茶菓子を頬張るリサを村長さんが孫でも見るような微笑ましい顔で見ている。ちなみにリサは気づいていない。
「泊めて差し上げたいのは山々なんですが、今は先祖の祭事の最中でして」
「祭事、ですか」
「はい。親戚で集まり、
「大丈夫ですよ。こうやって歓迎してくださっているだけでも充分ありがたいです」
本当にこんなに美味しいものをいただいたのに、申し訳ない。
リサも案外簡単に丸め込まれているのだが当の本人は気付かない。
少なくとも、クロほどはチョロくないと自負しているが実際、そうでもないかもしれない。
「今から、エールの街まで半日ぐらいだから今日出発すれば明日までには到着できますかね?」
街というぐらいだから、村よりも活気づいているはずだ。それに、宿もあるだろう。
リサの質問に、瞠目した村長が慌てて反対する。
「やめた方がいいです。ちかごろ、ここの村とエールの街をつなげる道で狼男が頻繁に見かけられるらしくって」
狼男というと、クロにけしかけてきたあのもじゃもじゃモンスターだろうか。さすがにあんなのが大量にいるとは思えないからあれよりは弱いだろうが、クロにとってリサは完全に足手まといだ。
「夜になればなるほど、狼男は活発的になります。夜に出るのは危険です」
村長の真顔にリサは渋々あきらめる。だとしたら、村で野宿か。
まあ、明日の朝に村を出発しても明日の昼には着くだろうし......。
明日には温かいベットで寝られる、とリサは自分を慰めてみる。
「この村が安全なのは保証しますよ。腕のいい魔術師殿が結界を張ってくださっていますから。毛布も用意させましょう」
「ありがとうございます。色々とよくしていただいて本当に申し訳ないです。心の底から感謝します」
クロに見られれば、間違いなく胡散臭い目で見られるほど輝かしい笑顔。
営業スマイル。営業スマイル。
「いえいえ。おや?」
お礼を言っていたところで、村長が顔を上げ奥のドアから出てきた長身の人物に意識を傾けた。リサもその人物を目に留める。
「来客ですか?」
どこか儚げな雰囲気のある青年だ。
長くのびた金髪を一つに束ね、藍色に近い碧眼の瞳がリサを見つけて細められ、お人好しそうな顔が微笑を刻んだ。
いわゆる、美青年と呼ばれる類だ。
白衣のせいで医者に見えるがそれにしては若すぎる気がする。
せいぜい、17か18だろう。
もしくは長寿な不老不死的種族の可能性もある。否定はできない。
「おお! 魔術師殿! 今日もルナの診察ありがとうございます」
「いえ。そういえば、外が騒がしいのでルナちゃんが気になっていたのですが......」
青年はそこで言葉を切り、窓の外を眺める。
外では大人や子供に取り囲まれたクロが三つ重ねにしたボールに乗っかっていた。どこから持ってきたんだ。
「旅芸人の方ですか。なるほど」
青年が納得したように頷き、顎に指を沿わせながらリサを見やる。
ちょうど、リサはお茶を飲んでいる最中だった。茶菓子の皿はすでに空だ。
その食べっぷりに村長は満足の様子。
「お代わりを持ってきますな。魔術師殿も寛いでいてください」
村長が皿を手にキッチンへ。
青年がリサの隣に立った。
胸に手をあて、紳士的な動作で一礼。
「私は、ユウキ=アキラ。この村の医者をやっています」
「リサです。どうぞよろしく」
ユウキが親しげに手を差し出す。
リサはにこり、とクロには絶対に向けない営業スマイルを浮かべて握り返した。
「それから、魔術師も。この村の周囲に結界を張るのが仕事です」
ユウキが自己紹介に付け足した。
結界......身を守るための防御壁のようなものだろうか。
魔術師。おそらく、魔法を扱う者だろう。
基本的な職業の一つにもあった。
付与魔法が基本的な魔法スキルで、サポートタイプの職業だった気がする。
「リサさんとお呼びしていいですか?」
「呼び捨てでも構いませんよ」
「いえいえ。恐れ多い」
会話しながらリサはユウキを観察する。
艶やかな金色の髪は星を砕いて撒き散らしたかのように輝きを放ち、碧眼は理知的な光をもって冷静にリサを観察している。
「リサさんはどうしてこの村へ?」
ユウキが椅子に座り込み、足を組んでリサに問いかける。
リサは微笑みを浮かべたまま、
「旅は気の向くまま歩くものです。旅人が村を訪れるのに理由は要りませんよ」
「あはは、なるほど。そんな暮らしも悪くなさそうだ。私も見習ってみようか」
「魔術師殿! 魔術師殿がいなくなられては私が困ります! 勘弁してください!」
お代わりのクッキーを皿へ山盛りに積んだ村長が戻ってきた。
その顔はやや焦っている。
「冗談ですよ。心配しなくても、私はこの村が気に入っています」
「心臓に悪いです。魔術師殿」
「申し訳ない。反省しています」
ユウキの答えに村長が安堵したように肩を下す。
リサはテーブルに置かれた出来たてのクッキーに手を伸ばした。
村長はにこにこしながら次々とクッキーを頬張り身悶えるリサを見守る。
「村長の作った菓子はどれも砂糖の入れすぎでくどいはずなのに......」
「なにかおっしゃられましたかな? 魔術師殿」
「い、いえ。気のせいです」
ユウキが口元を片手で覆って心なしか青ざめている。
村長は相変わらず嬉しそうだ。
気を取り直すようにユウキがティーカップを手に取り飲み始める。途端にむせた。
「そ、村長、これはサシャの実では!?」
「ええ。クッキーによく合うでしょう」
「いや、もうこれは甘いものに甘いお茶でとんでもないコンビに......」
「ん? なにかおっしゃられましたかな? 魔術師殿」
「ナンデモナイデス」
落ち着くことをあきらめたユウキが、クッキーを完食しきったリサを見て愕然とした表情を浮かべる。
村長は心底嬉しそうだ。
ユウキが吐息し、ふと、
「そういえば、今は祭事の最中では?」
思い出したようにユウキが問いかけた。
村長が困ったように眉を下げた。
「そうなのですよ。ですから、旅人殿を泊めて差し上げることができなくって」
「なら、私の家へ来るのはどうです?」
ユウキの提案にリサは目を丸くした。
食べていたクッキーをごくり、と飲み込む。
村長が手を叩いて目を輝かせた。
「それがいい! そうしましょう!」
「無駄に広い屋敷ですし、空き部屋もいくつかあります。掃除が必要なら助手にお願いしておきますよ」
「あ、えっと、いえ。いいんですか? こんな急に人を泊めちゃって。助手さんも大変なのでは? そ、そこまで気を使わなくても全然平気なんで大丈夫ですけど」
とんとん拍子で進む話の流れにリサが目を白黒させながら戸惑う。
村長はやや生き生きとした様子だし、ユウキはだいぶ胡散臭い。
「ええ。全く構いませんよ。人が増えたら賑やかになって楽しいですし」
全く信用できない魔術師を見つめながら、リサは紅茶でクッキーを流し込んだ。
甘い味が口の中にじわりと広がる。
(美味しいクッキーでした)
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