第6話
手紙の最後には、私のおかげで別の視点が見え、顧客が増えたと書いてある。赤い枠が取り払われた彼の絵画は幻想的で、まるで夢のようだと誰かが言っていたが、そうなのだろうか……。窮屈さを感じていたが、それでも彼はそこにあるものを、現実以上に描いていた。それでよかったのに。
私は手紙を手に、彼のアトリエへ向かう。
歩く度に冷気が足にまとわりつき、色を失いつつある景色は体を重く沈める。今年は寒暖の差が激しかったため、辺り一面が真っ赤に染まった。まるで彼の絵のように、私たち人間は紅葉と言う枠の中に閉じ込められ、季節の移ろいを噛みしめていた。
そういえば、彼の家の近くにあるひまわり畑が満開になるのを、まだ一度も見たことがない。暑い夏の日に見ていたら、どう見えただろう。突き抜けるようなコバルトブルーの空の下、鮮やかに咲き誇るカナリア色をした大輪の花。一面に広がる姿を見て、彼はどう思ったのだろう。
何もかもが小さく見え、彼はソレイユという枠の中、突っぱねながら散り消えたのだろう。ひまわりがあまりにも鮮烈過ぎて、己の花びらが砕けたのだろうか……。
家の前に立つ。遠く、枯れたひまわり畑が並んでいる。うな垂れた茎がいくつか残っているが、大半が土に横たわっている。土は灰色に乾き、木枯らしで舞い、空へ吸い込まれる。
手紙はこう、締めくくられている。
「先生を完成させることはできませんでしたが、それでよかったのです。完成させてしまったら、僕は別の人間になっていたかもしれない。もっと驕った画家になっていたでしょう。
ところで、今年はとてもひまわりがきれいです。ソレイユ、なんてあだ名がついているのが、恥ずかしくなるぐらい、鮮やかな満開です。自然の花はどうしてこんなにも美しいのでしょう。僕たち画家はどうしてそれができないのでしょう。どうしてそれをする必要があるのでしょう。何もかもが小さく見えてくるのです。悲しくなるほど、ひまわりは鮮麗なのです――」
形骸の肖像 七津 十七 @hachimanma
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