爪に色を塗る

紅蛇

先生についての日記。

 今日、真っ黒なマニキュアを爪に塗って学校に行った。

そうしたら、先生に怒られた。でも先生の爪には薄いピンク色が塗られていた。

ついムカッときて「どうして先生は爪、可愛くしていいんですか?」とむかつく言い方をして聞いた。先生は自分の爪をチラッとみて「私は先生だからいいの」とムッとした。黒とピンクと先生と私。何が違うんだろう、わからない。


 今日、先生と同じ色をしたマニキュアを見つけたから、塗って学校に行った。すると、先生が私を教室に入る直前で呼び止めた。「どうしてまた爪を塗っているんですか、あなたは」と呆れていた。先生はまた、同じ色を手元に輝かせた。「先生と同じ色のだったら、いいと思ったからです」とニッコリしながら答えると、「もういい。教室に入りなさい」と野良犬を追い出すようにしっしっとした。先生と同じ色だったら、付けていいのかな。


 今日、先生はひどい風邪で学校を休んだらしい。だから会えなくて、爪の色を確認できなかった。代わりに、ユキエちゃんが「どうして爪に色、塗ってるの? ダメなんじゃないの」と初めて話しかけてきた。三つ編みをしていた髪を片手でくるくるさせながら、こっちに向かって聞いた。「別にどうでもいいでしょ」と冷たく答えてあげたら、怖がった顔をして自分の席に戻った。 


 今日、先生がマスクをつけながら学校に来た。まだ治ってないけど、熱が下がったから来たと言って、倒れた。三つ編みのユキエちゃんが泣き出して、ワダくんが慰めてあげていた。結局今日も先生には何も言われなかった。

 ミナミちゃんが隣のクラスのキタ先生を呼んだら、授業をしていた子たちが、野次馬をしに来た。先生は見世物じゃないけど、イライラが少し減ったと思った。でもキタ先生が怒鳴ってまたイラっとした。声がでかすぎて、鼓膜が破れると思った。


 今日、先生は実家のお母さんに看病してもらっているらしい。私を何度もイライラさせるキタ先生が言った。今日も会えないまま、爪に塗ったお揃いのマニキュアは剥がれかけていた。半分以上が消えちゃっていて、元の爪の色が覗き込んでいた。塗り直さなくちゃ。今度は見せないけど、ペディキュアもしようかな、なんて思ったりもした。


 今日、今度は私が風邪をひいた。昨日学校から帰ってから、綺麗に塗り直したのに。キラキラ輝く爪を見てみると、指紋の跡とグニャってなっている爪を見つけた。右手の中指。ムカついて勉強机の鏡に映る私に、中指を突き立てた。なんでだろう。イライライライラ、ムカムカムカムカ。しかも朝起きてお母さんに具合が悪いって言いに行ったら「爪なんかにそんな、何それ、色? そんなの塗ってるからよ」と顔をしかめながら怒った。別に先生が気にしなかったから、いいんだもんって思ったけど、口に出さないようにした。

 なんで爪に色を塗っちゃダメなんだろう。わからないな。先生はいいのに、大人はいいのに、大人と子供の間の私はダメだって。意味わかんない。イラっとして、くしゃみが出た。頭が重くて、そのまま寝た。

 

 昨日、寝ちゃったから続きは今日。私が寝込んでから、三つ編みを揺らしながら、ユキエちゃんがプリントを持って来てくれた。それと伝言で「先生が学校に来た」と言ったらしい。どうして私が休んだ時に、先生が来ちゃうのかな。イライライライラ。先生のために爪を塗って、同じ色にして、「先生とお揃いだよ」というセリフも考えてあげたのに。意味わかんない。本当に意味不明。イミフ。いみふめい。むむむっ。


 今日、熱がまだ下がらなかったから休んでやった。もう先生なんてどうでもいいもん。お母さんが買い物に行っている隙に、爪を真っ黒に塗り重ねてやった。もういいもん。どう言われたって、先生なんて。頭が痛くて、ベットに倒れこんだ。「もういいもん」少しゆがんだ指を握りしめて、枕を殴った。


 今日、やっと熱が引いた。いつもと同じ感じがして、嬉しかった。やっと先生に会えると思ったけど、お母さんに「ぶり返すかもしれないから休みなさい」って言われちゃった。別にいいし、先生に私の爪を見せるだけで満足だから。

 「少しぐらいいいでしょ」って答えてやったら、「勝手にしなさい。お母さん、知らないんだから」ってしっしってされた。勝手にしなさいってことは学校に行ってオッケーだってこと。だから学校に行ったけど、足取りが重くてめんどくさくなってやめた。そしてお昼頃にまた熱が出た。


 今日、真っ黒な爪を光らせながら学校に向かった。いつもと同じ雰囲気の教室に入ると、ユキエちゃんが嫌な顔をしながらこっちきた。「先生、学校やめちゃったって」そう言って、また自分のグループの中に戻った。え、……? 言葉の意味がわからなくて、入り口で突っ立った。するとユキエちゃんが好きなワダくんが、「邪魔」って言って私を押した。地味に痛くて、何か言い返そうとしたけど、何もかもがわからなくなっていた。

 顔を下に向けると、キラキラ光っていた爪が、輝きを失っていた。なんで爪に色なんて塗ったんだろ、気持ち悪い。そう思ってうずくまって、涙が溢れた。

「何やってんの?」

入り口から声がして、顔を見上げて見た。先生だった。最後に見たときと同じ薄いピンク色を煌めかせ、私の爪を見つけて眉をひそめた。先生だ……。


「見て見て、先生。まっくろくろで可愛いでしょ」

そう私は涙を拭いて、ニッコリ笑って見せた。



そこで私は日記を閉じた。

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爪に色を塗る 紅蛇 @sleep_kurenaii

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