安東さんのアドバイス

 マルヤマのイベントに来た。広い! 人が多い!


 書籍のイラストが壁と天井に。BGMはアニメ化作品の主題歌。物販、声優トークショー、コスプレ。そんなアレコレがごった煮になっていた。


 俺の目当ては、隅っこのアレだ。

 編集者さんからアドバイスをもらえるブースぅう!


 事前に「作品はコレです」と伝えてあった。落選直後に投稿した俺の処女作『座椅子の偉大なる種族』を、と。


 ブースは、アイドルの握手会よろしく何本かの待機列になっていて、周りの書き手さんはみんな、編集さんと名刺交換をしていた。俺も名刺を作ってくればよかったと、自分の迂闊さを呪った。


 向かいに座った編集者さんはあごをつまんだ。安東あんどうなつ

さんという、やせ形の人。20代後半? 目の下にすごいクマのある安東さんは、机に両肘を乗せてしゃべりだした。


「着想はいいと思うんですよね。邪神が女の子になるのもわかります。はなが出ますから。座椅子に、女の子がとっかえひっかえ座ってくる所とか、ヒロインが座椅子の角度調整をして、主人公が腹筋苦しくてうめく描写とかも、面白かったです」


「ただ、キャラクターが弱いかな……。あと、説明が多くて目が滑ります。読者にどこで目を止めて欲しいか、意識するといいかも。あと、構成がわかりにくいです」


「書けばどんどん伸びるから、頑張ってください! 次も期待しています」


 矢継ぎ早にご指摘を頂いて、俺は「ありがとうございます」と席を立った。


 去り際、安東さんの小さな独語が、俺の背中越しに聞こえた。

「一族は、ひとつでいいんだけどね」


 ……?

 俺は思わず振り返った。


「ん? ああ。なんでもないです」

 安東さんは、少し慌てたように語を継いだ。

「ついでに。作中のセリフ、印象に残るのがありましたよ? 例えば、主人公の『悲劇なんてまっぴらごめんだ』とか」


 核心を突かれた気がした。


「このセリフ、日常パートでさらりと使ってますよね? でも、不思議な緊迫感みたいなのがあって、ドキっとしたんですよね」

「そう……ですか」


「作品を読んでもらいたい、誰か特定の人、居るんですか? 対象読者の話です」


(困った質問だなぁ……)

 俺は、王道と思しき回答をした。


「ラノベなので、若い男性にウケたいですね」


「なるほど。なら、このセリフは、ピンチの時に使った方がいいかも。終盤で主人公が悲劇を打ち破る。その基点となる所に置くと、ピリッと締まって、良いと思います」


「……勉強になります」


「個人的な感想ですからね? いろいろ言ってごめんね」


「いえ、とても参考になります。本当に有難うございます」

 俺は、もう一度丁寧にお辞儀をした。


 会場を見渡してみるが、知人は見つけられなかった。なので、帰途についた。


 「キャラクター性」「構成の不備」というご指摘は納得。御大さん達に、後でご意見伺ってみよう。


 ただ、対象読者か……。


(もう居ないんだよな……)


 電車に揺られながら、俺は、彼女の事を思い出していた……。

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