おれのかんがえたさいきょうのじゃしん

 邪神ニャルラトホテプは「這い寄る混沌」と呼ばれている。

 おじさんの話は「這い寄る」ってスピードじゃなかった。


 異世界を小説を生む土壌として利用しているらしいマルヤマ。

 異世界で邪神呼び放題を展開するパパゾヌ。

 異世界を通信路とみなす健吾おじさん。


 異世界を何だと思ってるんだ!


 でも、それはそれ。これはこれ。

 救えるチャンスがあるなら、やるだけのこと。


 俺が小説に書きたかった事。俺の原点。それは「悲劇なんてまっぴらごめんだ」って気持ちだ。安東さんに見透かされた、その気持ち。


 道が在るなら、進むしか!


Calc:出来ることって、一体何ですか? 俺は異世界に移動出来ます?

Kengo:情報が相手に届くだけ。異世界だからね。


Calc:3Dプリンターは? 情報を送って、異世界で具現化できるのでは?

KP:邪神の群れが、世界を軒並み破壊してるんだよ?

Calc:うへぇ……。


Kengo:出来るのは、魔導書を通じて情報をやりとりするだけ。

KP:こっちの世界のスマホと、異世界の魔導書とで、通信できるの。


 ああ! それで冬佳先生は、本を耳に当てていたのか。


Calc:なんで魔導書なの?

KP:マルヤマの地下空洞に眠る「アザース」の力を借りているから。大いなる邪神「アザトース」のカケラ、「アザース」ね。


Calc:「アザトース」って、クトゥルフの、最強の邪神じゃんか。


KP:マルヤマは、数億年も昔から、契約実務に長けていたからね。もうまいんだよ。


 ええと、まとめます。マルヤマ書店が、邪神「アザトース」のカケラと、


Calc:なんじゃそりゃ!


 書籍化交渉。アニメ化。グッズ化。等々。邪神とうまく契約を結べるとしたら、マルヤマの他には無いかに思えた。でも。


 なんちゅー編集方針じゃ……。


「わからーーん!」

 俺は頭をかきむしった。小説の時も、いざプロットに従って書いてみたら、話が繋がらなかったり、続きの展開が思い浮かばなくて、こうして爆発することがある。


 ……ん? 爆発? そんなのを、前にような。


 !!


Calc:しのぶ! 異世界との「通信ログ」って、ある?

KP:あるよ?


Calc:じゃあ確認して欲しい。教授に届いた2冊の本の、について。誰か、何か言ってない?

KP:冬佳先生がこう言ってた。『この、ですか?』って。


Calc:その本、何てタイトル? どっかにログ残ってない?

KP:待ってね……『やっぱり座椅子だ! 美少女100人乗せても大丈夫!』だね。


 うっわ!


Calc:それ……俺の長編処女作だわ。『座椅子の偉大なる種族』。

KP:タイトル違うよね?

Calc:タイトル変更なんて、出版の世界じゃ普通なんだよ。表紙の中に、をした少女は、いないかい?

KP:……いる、ねえ。

Calc:やっぱりそうか! 


 真相がわかりました。


 俺が応募したラノベ。

 異世界転移させられた挙句、教授のとこに誤配送されてるね。


 そういう形の郵便事故かよ!

 なら話は簡単。


 俺はタブレットを取り出す。マルヤマ大賞へ応募した時のデータも保存していた。縦書き整形した場合の215ページ目。座椅子と女の子達が大ピンチのシーンだ。


『事実は小説より奇なりって言うだろ? 俺が見せてやるよ、小説を超えた事実きせきを、君に』

 改めて読むと、恥ずいなぁ。この呪文を使う機会が来るなんてね。


 俺は詠唱を始める。冬佳先生は狂気状態で、詠唱に参加できない。

 でも、俺の小説が異世界に、魔導書として具現化しているなら、それがスピーカーの役割を果たすはずだ。


 だって、そういう風に書いたもの!


『(みなさん、聞こえますか。この世界そのものに、話しかけています。椅子から、脚を取るのです。座椅子こそ至高! 大地の鼓動を直に感じるのです)』

 このくだりな。長編処女作の冒頭部に書いた恥ずい文な。よくこんなので応募したなあ俺。


Calc:しのぶ。ダイスを振ってもいいよね? 4面を借りるよ?

KP:もともと、君からもらったものだよ?


 スマホをタップ。

「いあいあ! おれのかんがえたさいきょうのじゃしん!」

 ロール成功! 準備は整った! いくぞ!


「いあいあ! ダゴォォォォォォォォォォォォン!!!」


KP:白い光が生まれた。

 うん。そうだよね。


 かつて、俺がクトゥルフTRPGに初めて触れたときに、思った事がある。


「救いがなさすぎだろ!」と。

 邪神は圧倒的な存在で、交渉もまともに出来ない。SAN値正気度を削られ、人として暮らせなくなる。あまりにもかわいそう。


 だから俺は、自作に書き入れた。


 人のSAN値正気度を回復させ、あらゆる存在の状態を回復させ、すべてを悲劇から回復させる。「リセット」を司る、癒やし系の邪神。


 すなわち。


 爆発オチの邪神「ダゴォォォォォォォォォォォォン」を。


 俺のラノベフィクションに書かれたが、異世界で、された存在ノンフィクション


KP:甘い匂いが立ち込めた。


 本来、主人公と美少女の恋愛が進めば進むほど、爆発による回復力は強くなる。仕様だ。


KP:小説を抱えた冬佳先生を中心に、白い光が広がる。冬佳先生の、赤黒かった目は、透き通ったそれへと回帰していく。


冬佳:ここは……。


(冬佳先生が復活した!)


KP:白い光は外へと躍り出て、波のように広がる。


冬佳:ああっ! 窓から! 窓から!


KP:光はすべてを浄化しつつ、なおも広ががる。蠢く闇の存在は、その光に触れるや、ことごとく霧散。死に絶えたはずの生物も復活する。赤く染まった空は、白に領域を開け渡し、青空が。いや、白も残った。あれは雲だ。冬佳先生は、白い光のを追った。1冊の文庫本。白い光は、その本に描かれたを中心に生まれていた。


冬佳:ああっ! 表紙に! 表紙に!


KP:露出度の高い数多の美少女。それを載せる座椅子。それらの背後に、巨大な白い魚が遊弋ゆうよくしていた。


冬佳:あああっ! なにこれ! なにこれ!


(たいやきをモチーフにして、書いたからな)

 

KP:冬佳先生の目に涙が。積もっていた灰は、渦を巻くようにして消え去った。そして、一人の男性が立っていた。


冬佳:先輩!

ノットウイッチ:冬佳くん、ありがとう。……ああ、泣かないでくれ。私は、君の笑った顔が、大好きなんだ。

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