この魚文字知りませんか

 俺は発表サイトを3度見した。


「ゆ、郵便事故にでも、遭ったんじゃないのか?」

 思わず出た独語。


 郵便局のミスで、俺の応募原稿がマルヤマ書店に届かなかったとか?


(いや、それはないな)

 なぜなら俺は、作品をした。その流れに、郵便局は全く関与しない。受領確認メールも来ていた。受付番号1583番。


「はぁ……」

 息を吐きベッドに突っ伏す。だるい。一体、どこがダメだったんだろう?


 気持ちの整理もつかないまま大学へ行き、サークルに顔を出し、本屋バイトもこなした。部屋でジタバタしているよりマシだし、仕事を休むわけにもいかない。

 授業は耳に入らないので後ろの方に座り、落選作を投稿サイト『カキスギ』に、半ば自棄気味に公開した。サークル女子2人は相変わらず可愛いかった。バイトは散々で、「雑誌抜きが遅いのに、抜き漏れがある」と叱責をくらった。


 ブルルルル


 くたくた状態で自宅最寄り駅に着いた頃、スマホが振動した。

 ぼーっとした頭で確認すると、差出人は「」だった。ネットサイトでトップシェアの巨大プラットフォームだ。


「何ですか。こんなダメ人間に」

 よろよろと駅ホームを歩きつつ、そのメールを開いた。


 件名は、謎の文字列。

 本文も、謎の文字列。

 意味不明の文字列が並んでいる。


(人生をリセットしたり、異世界転生させてくれる、魔法のメールとかだったら良かったんだどなぁ)


 そんな「逃げ思考」。


 ただ、なんだろう? 件名もメール本文も、ただのランダム文字列ではない感じを受ける。邪神の崇拝者が使ってそうな、魚が這い寄ったような、そんな名状し難い文字だった。


 自宅でシャワーを浴びた。

 泡立たないシャンプーの謎。その真相は、『これはリンスである』だった。風呂掃除用のスポンジで体を洗った。連鎖的にミスをやらかす。


 パズルゲームの『ブニョブニョ』みたいに、連鎖でミスがブニョッと消えないかなぁ……とため息をつき、体を拭いていたら、スマホの点滅に気付いた。『シュットドン』のメッセージ。差出人は……。


丁鳥ていちょう姉さん!)

 小説クラスタでお世話になっている姉さんだ。闇落ち状態にある所を、姉さんの励ましで救われた人って、たくさん居ると思う。


『こんばんはー』

『姉さん……! 俺、もうだめです』

 三点リーダは2つ。「!」の後には空白。これ常識。


『どうしたの?』

『マルヤマ大賞の件です。あれで駄目なら、もう書ける気がしません』

『続けていけば大丈夫だと思うけどなぁ。私なんて、これで何度目だろ? 落選するの。てへへ』


(しまった!)

 姉さんも応募してたんだった。姉さんも苦しいはずなのに。


『ごめん。俺、弱気になってたよ』

『次頑張ろうぜ次!』


 ありがとう、を姉さんに伝えるつもりが……。

『結婚してください!』

 こんな表現になってしまう。


『来世でな∠(`・ω・´)』

 姉さんはスパッと切り替えているみたいだ。俺と1、2才しか違わないのに、ストレス耐性がこんなにも違うか。


 姉さんのおかげでSAN値正気度が回復した俺は、『来世でな』ネタに切り返す語彙ごいを持たなかった。そこで、受け取った、変なメールの話題を振ってみた。

『現世仕事しろ! ところで姉さん、魚が這うような文字って、どこの国の言語か知りません? 西洋?』


『見せてもらうことできる?』

『これなんですけど』

 謎の魚文字列をコピー&ペーストして、姉さんに送った。


『なにこれ?』

『姉さんにも、わかりませんか?』

『見たことない……』

『まったく意味不明でしょ?』


『<謎メールを受信したら魚に転生した>みたいなラノベを書く流れかなあ?』

 と、姉さんが笑い方向に転化を始めた。


『魚になって何するんですか?』

『人魚姫とかに繋げば良いと思うけど、どうでしょ?』


『同報メールだったら、海が人魚姫で埋まりますね』

『絵的に怖いよそれ(`・ω・´)』


 いつものように、小説の新設定(というか、小ネタ)の話に花が咲き、あっと言う間に時間が過ぎる。

 

『姉さん、今日は助かりました』

『オフ会で焼肉おごってな(`・ω・´)』


『彼氏いるんですよね? 違う男におごらせるの、マズいっすよ? ひひひひひ』

 軽口も叩ける。

 

 少し間が空いて、姉さんからこう返ってきた。

『うちのは寛容なんだよっ! まぁ、魚文字は、詮索でもしてみたら?』


 急に話をそらされたような気がする。

『そうっすね』

『ちょっと私、お風呂行ってくるね』


『はい(お風呂ですと?)』

『じゃ(子供は寝る時間ですよ)』


 楽しいやり取りは終わった。

 

 しかしこの時、俺は予想出来ていなかった。

 この謎の文字列の向こうから、コズミック・ホラーが這い寄ってくるなんて――。

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