声フェチへのご褒美

 1ヶ月経った。

 俺は夏休みに、リアルを充実させた。サークル女子とお出かけ、ロックフェス、テーマパークに遊びに行く、花火、などだ。


 小説は進まなかった。どうにも書く気が起きない。

 

 その間、あの変な翻訳チャット機能(?)も、何故か使えなくなっていて、「ベータテストでもやってたのかな?」と思っていた。


 しかし、2度目の機会が訪れた。


『あの……すみません』

 おずおずとした声が、俺の部屋で響く。


 「フユカ」というその女性は、アニメ声だった。過去のマルヤマ大賞受賞作で、アニメ化もされたあの有名作品『オタ美女』のヒロイン、リーニャの声に激似!


 テンション上がった俺は、即、このセッションに参加した。そして……。


(フユカさんのご尊顔を拝見する!)

 期待に胸を踊らせた。


Calc:おわっ! マナーモードっ!

KP:いらっしゃいませ 。

冬佳:ひゃぁ。えっ? えっ?


 こちらの声もマイクで拾うのか……。しかし、めちゃくちゃ可愛い声!


KP:状況説明するね。冬佳さん、いいかな?

冬佳:わかりました。


KP:では、Calcくんは、考古学教授であるノットウィッチ氏の教え子で、助手の宮代冬佳みやしろ・ふゆか先生とも当然面識がある、って設定にしようかな?


Calc:冬佳先生! 今日もかわいいですね!

冬佳:えっ? (困惑)

KP:君は今、現場に居ないの! 教授の書斎に居る冬佳先生が、とある怪異に直面し、電話でCalcくんに連絡を取っている、という事にしようかな。だから2人とも、片手は使えないと思ってください。


Calc:わかりました。

冬佳:片手が、使えない……?

KP:冬佳さんは左手に、文庫の方を持って?

冬佳:えっ? この、女の子だらけの表紙のやつですか?

KP:その文庫を「携帯電話」だと思いこんで?

冬佳:そんな想像力、無いですよぉ。

Calc:冬佳先生! その謎携帯で、先生の写メを撮って送ってください!

KP:ネットナンパか! そういうのは後でやりな。

Calc:はーい。


(ちぇー)


 ……ご尊顔拝見は、まだまだ先になりそうだ。


KP:冬佳さんは、教授の失踪事件に出くわしている。

Calc:失踪! 大事おおごとですね。


KP:教授の屋敷を探索しているが、見当たらない。

Calc:冬佳先生は、どうやって屋敷に入ったんです?

KP:合鍵だね。

Calc:持っているんですね……。

冬佳:助手ですから。

Calc:助手ですもんね……。


KP:ガッカリするなよ。そして今、彼女の前に、白い灰の世界が広がっていた。そして、小さな足跡。

Calc:えっ! それって、クァチル

KP:シーッ!

冬佳:えっ? なんですか?

KP:なんでも無いです。冬佳さんは先程、目星判定に成功。書斎の机上に、2冊の本を見つけた。1冊は明らかに年代物。もう1冊は文庫だった。

冬佳:はい。 


 「灰」「足跡」の2つで、這い寄るコズミック・ホラーが何であるかは想像がついた。クァチル・ウタウスだ。


 クァチル・ウタウスは、時間を司る旧支配者。子供のミイラみたいな外見で、灰色の光と共に天から舞い降り、人に不老不死と時間旅行の方法を与え、時には異次元に渡ることさえも可能としてくれる。


 ただし「代償」があって、人が塵灰じんかいに変えられてしまう。


 ……おっかなくて呼び出せないよ、そんな邪神もの


 呼び出すにしろ、契約するにしろ、その為には『カルナマゴスの遺言』を読まなくてはならない。2冊あるという本のどちらか、おそらく年代物の方がソレなんだろうけど……。


Calc:どちらも教授の蔵書ですか?

冬佳:先輩は、蔵書にはハンコを押すんですけど、この2冊には無いですね。

Calc:先輩って呼んでるですか!

冬佳:え? ええ。その方が好みだと、先輩がおっしゃるので。


(この、エロ教授め!)


Calc:最近入手した本なのかなぁ?


 考古学の教授なのだから、遺跡とかで入手? でも、『カルナマゴスの遺言』のオリジナルは既に消失していて、翻訳版も中身は殆ど欠損していると言われている。そんな簡単じゃないはずだ。


冬佳:私にもわかりません。

KP:冬佳さん、目星ロール。

冬佳:……コロコロ、成功です。


KP:では気づくけど、どちらの本にも、裏にISBNコードが無い。

冬佳:あっ、本当だ。

Calc:なんですそれ?

冬佳:市販の本を識別するコードですよ。


Calc:なるほど。なら、本屋で買ったんじゃなくて、研究がらみで入手したってことですよね?

冬佳:いえ。それなら、助手の私も知っているはずです。

Calc:その本の存在を、冬佳先生には隠さなければいけない理由が、あったとか?


 読むだけで10年も歳を取ってしまう危険な魔導書を、助手とは言え、他人においそれと教えるだろうか?


冬佳:私にも話せないなんて(怒)

Calc:あ、いや、憶測に過ぎないです……忘れてください。

KP:本の入手って、色々と経路はあるからねぇ。


 その言葉がヒントになったようだ。


冬佳:あっー! パパゾヌで、古書をお取り寄せになったのかも。

Calc:えっ?

冬佳:……先輩のアカウントを確認しました。『カルナマゴスの遺言』が先月、パパゾヌから届いてます。


Calc:ちょっと待って、ください? パパゾヌって?

冬佳:えっ?

KP:パパゾヌも知らないの?


Calc:いや、知ってますけど……。


 パパゾヌは、1クリックで何でも宅配してくれる、最大手の通販プラットフォーマーだ。龍のシッポの如く「ロングテール戦略」が得意だって事は、俺も知っていた。


 しかしですよ? 『カルナマゴスの遺言』は激レア魔導書。それを教授は、ワンクリックで注文したのか……。

 

 やるじゃないかパパゾヌ!


冬佳:あっ! 目星、やってもいいですか?

KP:どうぞ。

冬佳:コロコロ……成功しました。

KP:机の引き出しから、押しボタン付きの、小さなバッジが出てきた。


冬佳:先輩は、パパゾヌフレッシュボタンを使って、この本を入手していたようです。


(激レア魔導書、ボタン1プッシュ宅配か……)


 俺は、こう言わざるを得なかった。


Calc:事実より小説より、奇なりですね……。

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