エピローグ

最終話「魔女の世界の片隅へ」


 どんな事件が起こっても、今日も異界に朝は来る。気付けば、あれから一か月が経っていた。


 ラヴィは、異界と人間界で必死の捜索が行われているものの、未だに行方不明のままだ。人間界に強制離脱し逃亡生活を送っているのか、あのまま底なしの海で果てたのかはわからない。だが、余罪も次々と明らかになり、スピカやイーユのような被害者たちの冤罪も晴れた。

 ラヴィがどのような結末を迎えたにせよ、もう人間界で悠々自適に暮らすことは叶わないだろう。


 シャルノアは、他にも法に触れた研究をいくつか行っていたようで、統一政府に身柄を拘束された。しかしその知識を買われ、司法取引の末に人間界で異界研究を続けているという噂も聞く。ペケのことが政府に漏れれば面倒なことになると思ったが、新聞を見る限りシャルノアはペケのことを政府に隠しているようだ。

 とにかく、シャルノアにはこれ以上関わっても仕方がない。魔法使いではなくなったことが、シャルノアにとっては最大の罰となるだろう。


 モモカには、無事に鍵を返すことができた。その後一度は人間界に戻ってテンリに会いに行ったようだが、結局のところ魔女界グリムスに残ることにしたらしい。テンリが愛したこの世界で私も夢を叶えたい、とモモカは力強く語っていた。そして近いうちに、モモカは小さな雑貨屋を開くという。百貨店開業の夢に向けて、モモカは確かな一歩を踏み出していた。

 ちなみにテンリは、政府の役人となって再び魔女界グリムスに来るために猛勉強をしているとのことだ。モモカとテンリは、お互いのためにそれぞれの世界でそれぞれの道を歩み始めていた。


 チサトは、事件の処理に追われていた。今まで事故が原因と思われていた魔法使いの強制離脱事例の一部が、あのラヴィの仕業だとわかり、またその隠蔽に政府のとある派閥が関与していたという事実が明らかになったことで、異界は大混乱に陥ったのだ。そこに著名異界探究家であるシャルノアのスキャンダルも重なって、魔女界グリムスといえども混乱の影響は大きく波及していた。

 そんな中でも、チサトはペケに関する調査内容をうまく揉み消してくれたらしい。もしペケの正体が公に晒されれば、今のような平穏な暮らしは望めなかっただろう。


 チルダも調査のために魔法少女界アリスを駆けまわっているようで、休む暇もないらしい。近々、疲労回復に効く蜜入りクラゲジュースを差し入れようかと、ペケとニコは計画中だ。


 空猫バルのオーナーには、クロスの身に起こったことをまだ伝えることができていない。心の準備が整ったらいずれ真実を話そうとは思っているが、まだ少し時間がかかりそうだ。



 そしてペケとニコの二人は、シャルノアの手記を探すため、夢遊病の家へと再びやってきていた。分厚い手記は、鍵のかかった引き出しの中で見つかった。


『親愛なる〝X〟の魔法使いへ。キミがこれを読んでいるとき、果たしてキミはすでに真実に辿り着いているのだろうか。万が一ボクが異界を離れるようなことがあった際、真実が闇に埋もれてはならない。だからボクの研究の全てと、キミという存在に対するボクの考察をここに記す。まず、キミはボクの研究の集大成にして最高傑作だ。ぜひ、遠慮することなく誇ってほしい。そしてキミを生み出すに至った経緯と、その学術的価値についてだが――』


 そこまで読んだところで手記を閉じ、鞄にしまった。どんなものでも、これも立派なペケの一部だ。今すぐにとはいかないが、いつか受け入れる日のために、これも大切に保管する。

 一歩ずつ頑張って、少しずつ受け入れて、この世界で生きていく。それが、ペケの在り方だ。


 夢遊病の家の屋上で、ニコと並んで魔導士界ロゴスの朝をぼんやり眺める。


「ねえ、ニコ。次は、どこに行こっか」

「ペケはどこに行きたいの? だってこれは、私たち二人の冒険でしょ?」


 記憶探しが終わったら、一緒に異界のヘンテコを巡る旅に出る。それが、ニコとの約束だ。

 見たいものも、食べたいものも、行きたい場所も、やりたいことも山ほどあった。見たこともない不思議なものが、夢と魔法とヘンテコが、この世界には詰まっている。心躍る冒険が、いつも手の届く場所にある。そしてニコと一緒なら、どれもがもっと楽しくなる。


 幸い、時間はいくらでもある。今までの大冒険で、旅の実力も身に付いた。なら、あとはペケの心次第だ。

 魔女界グリムスで天樹に登って雲の上を目指すのもいいかもしれない。魔法少女界アリスで気球レースに出てみるのも面白そうだ。行く機会を逃し続けている、魔導士界ロゴス中央街セントラルや枢機摩天楼を探索するのも捨てがたい。あとは、異界の果ての秘境巡りも近いうちに挑んでみたい。


 ほんの少しだけ考えて、最初に脳裏に浮かんだのは、あの懐かしい味だった。


「そうだ。久々に、浮きカボチャが食べたいかも」

「私も大賛成っ! 確かそろそろ、ソラの森でカボチャの旬だって何かで見たよ! うまくいけば、カボチャ流星群が見られるかもしれないって!」

「……え、なにそれ。でも、少し面白そう」

「よーし、それじゃあどっちがいっぱい捕まえられるか競争だよっ! そうだ、羊車乗りのアハトさんにもおすそ分けしないとね。なんだかもう、腕とお腹が鳴ってきたよっ!」


 異界の自然は相変わらずのヘンテコで、薙ぎ払われたカボチャの群生地も、すでに元通りになったらしい。異界を愛するシャルノアのことだ、それもわかった上でやったのだろう。


 久々のカボチャ狩りに、胸が高鳴る。今の二人なら、どれだけ多くのカボチャを捕まえられるのだろうか。新たな冒険の第一歩は、ソラの森へのリベンジだ。


「一緒に行こう、ニコ!」

「うん、どこまでも一緒だよ、ペケ!」


 この先がどうなるかはわからない。ペケが人間界へ戻れない以上、いつかニコと別れるときが来るかもしれない。だとしても、ヘンテコだらけのこの世界で、今日も二人は生きていく。


 新たな冒険に想いを馳せ、ペケは回帰ゲートを開いた。二人の体が白銀の光に包まれて、魔導士界ロゴスを離れていく。


 そして、魔女の世界の片隅に、小さな光の門が開いた。


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異界巡りのさがしもの 朝乃日和 @asanono

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