第9話 12時なんて来なければ良い
「敵意は無いから安心して。こっちの世界でほとんど魔法が使えなくなるのは知っているでしょう? 私も何も出来ないから」
土下座である。日本の謝罪のスタイルなので、もちろん僕には伝わった。
そして、全てを理解するのには、次の一言で十分だった。
「許してください。妹が……
人質。だから牢屋にいたのだろう。
「何かの魔法で隠されてしまって、助けに行けないんです。下手な動きを見せれば
「……すいません」
目覚めた時は既に牢獄で、外がどんな場所なのかなんて知れる状況じゃなかった。
「良いの。謝らないで。全部私が悪いの。
「どういうことですか?」
「全部説明するわ。
三年前?
「そんな昔から、姉妹で」
「ううん。最初は親子だったわ。母もいたの。でも、母は殺されてしまって」
ギュッと拳を握る。異邦人だから狙われたのだろう。
「でも、あっちの世界で男の人に助けられたの。魔術師だったわ。私達、弟子にしてもらって。
僕と一緒だ。
「でも、それなら、どうして今の状況に?」
「愛してしまったの」
「え?」
「恋人になったの。別の世界でしか会えない恋人。しばらく幸せに暮らしてて、でも」
里音さんは言いずらそうに一拍おいて、それから言う。
「突然いなくなったの。書置きがあって、書いてある人を頼るようにって。それが三ヶ月前。それで、その言葉通りにたどり着いたら、
「そんなの信じてるんですか?」
この人は何を言っているのか。
全部自分が悪い? その通りだよ。
だが、そんな僕の言葉にたいして激怒したのは、あろうことか妹の
「好きな人を信じたいって、当たり前じゃない! 悪いのは捕まってる私なんだから、お姉ちゃんを責めないでよ!」
僕は言った。
「そんなの違うよ。間違ってる! だって、こんなことで、死ぬんならそれでも良いなんて言うの、悲しすぎるじゃないか。頼むよ、
「そんなこと言って、どうなるのよ! 私が、こんなのなんとも無いって言わないでどうするのよ? だって、そうしないと、お姉ちゃんが……」
「もう止めてよ! こんなの、なんでもないんだから! 捕まってる私のせいなんだから……!」
「
姉妹は抱き合って泣いた。泣き続けた。
その後、二人は時間をかけて気持ちを落ち着かせ、
ご飯は出来合いで、それでも美味しかったが、ほとんど味がしなかった。
全員が無言で、静かに食べ物を口にする。
そうしてすっかり夜になり、何の救いのもならないテレビ番組を呆然と見ながら、僕らはただただ時を過ごしてしまった。
僕は言う。
「あの、
「そうよね。
「はい。それに転移した時、特別な魔法を覚えたみたいなんです。
「そうよ。私にしか使えない魔法だってあの人は言ってたけど」
「僕の師匠もそう言ってました」
そうだ。
師匠なら、なんとか助けに来てくれないだろうか。
だが、それを思いついたその瞬間、めまいがして僕はふらついた。
時計を見ると、11時59分。転移の時間である。
いつの間にと思う間もなく、
「い、嫌! 行きたくない! もう、行きたくない!」
それはまるで、生きたくないと言っているようで、僕は思わず
その手は震えていて、酷く冷たい。
「
言いたかった。でも、言えなかった。
ぐにゃりと歪み始めた視界を最後に僕は気を失い、意識はあの世界へと転移を始めてしまった。
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