第11話 魔法の戦い

「心中お察しするよ。思い出の記憶が、全て嘘だったんだからね。さて、黒幕よ。お前の素性は知れている。風の国の王位継承者第9位のケドルナ王子。少々聞かせていただきたい事があるのでご同行願いたいのですが、構いませんね?」


 マルレラが怒っているのは丸分かりだった。

 しかし、信じられないことに、その怒れる最古の魔術師に対して、里音りおんさんは立ち向かう姿勢を取る。


「どうしてもやるかい?」

「妹が、剣を突きつけられてる。こうするしか、私は」

「じゃあ、殺すつもりでかかって来なさい」


 瞬間、里音りおんさんの周囲に、意志の力が渦を巻いて出現した。

 それらの『力』は、鉄格子や、壁なんかにもぶつかり、細やかな火花を散らして、空中に灰を撒き散らせる。


「やはり私の見立ては正しかった。物質を細かく砕いて、灰のようにする魔法か」

「ごめんなさい!」


 里音りおんさんはそれらの『力』をマルレラに飛ばした。

 だが、マルレラは動じない。

 何の手ぶりも無くそれらを沈静化させる。

 発現した魔法は彼女に触れず、萎びる様にして消えいった。


「全ての敵意ある魔法は、私の前で消え去る」


 これがマルレラを平穏と言わしめる彼女固有の魔法である。

 魔術師同士の戦いにおいて、彼女の敵になる者はいない。

 里音りおんさんは全てを理解し、呆然とその場に座り込んだ。

 実に呆気なく、戦いの決着はついてしまったのである。


「さて、ケイゴ君。君の出番だ。あの変態男からお姫様を取り戻せ」

「言われなくても!」


 僕は走った。枷はすでにマルレラが外してくれていて、牢獄の格子は先ほどの魔法で灰に変わり、道を開けていた。


「近寄るな! エラを殺すぞ!」

「それしか言えないのかよ! やるならやれ!」


 三度みたびは驚愕の目で、僕を見る。


三度みたび! 君を助ける!」


 僕は既に『意思』を集中している。


「殺してやる!」


 男は三度の胸に剣を刺す。

 だが、剣は三度の胸を貫いた瞬間に押し返されて、弾けて男の手から離れた。


「な、何?」


 困惑する男。

 驚くのも無理は無い。

 見れば、三度みたびは、全くの無傷な姿でそこにいた。


 刺し傷どころか、どこにも怪我はない。

 はがれた爪も。折れていた足も。焼かれた肌も。先ほど受けた拷問の傷も。全ての怪我が消失して、全てが健康体に戻っていた。


 これが今の僕が使える、たった一つの特別な魔法だ。

 怪我や損壊を癒し、治す。剣が弾けたのは、発生した治癒の力に押し戻されて、跳ね飛ばされたからだ。


 戸惑ったままの男の顔を、僕は殴った。

 殴った手も痛いが、その手もすぐに治し、何度も、何度も殴りつける。


「ケイゴ君、そこまでだ。終わりにしよう。こっちも片付いている」


 マルレラが言う通り、彼女の周囲には、救援に駆けつけたと思われる男の手下達と看守が倒れている。


「さて、こいつらのバックに何がいるのかは、これから調べてやろう。肝心な記憶なんかは隠蔽されているだろうがね……そして、この姉妹だが」


 マルレラは呼吸を整えて、叫んだ。


「最古の魔術師、マルレラの名において宣言する! エラ・ミタビ及びリオン・ミタビの姉妹は私の庇護に入った! 何人も彼女らを害することは許さん! 害意を持てば、すなわち平穏なる魔術師の敵となることを覚悟せよ!」


 その声は音以上に、心に響く。

 それは、どんなに距離が離れていてようとも、多くの魔術師や権力者達の心に届く魔法の声だった。


「ケイゴ君、後片付けはこっちでやっておくよ。姉妹に咎は受けさせない。良くやったな。疲れただろ? 運んでやるから寝なさい」


 その通りだった。

 慣れない魔法を使ったせいで、酷く眠い。

 ふと、三度みたびが、どうしているだろうかと気になった。

 でも、僕は耐え切れなくなるような眠気に襲われて、気を失う。


 どれだけ眠かったのか、僕はその日、目を覚ますことがなかった。

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