星暦1122年 赤の月12日
第10話 邪悪
星暦1122年。赤の月12日。
転移した僕は、
「い、ぎ、ぎゃあああああああああ!」
これが、女の子の声なのかと思うほどの絶叫。
肉が焼ける臭いと、血の赤。
「み、
「起きたのか? 平穏なる魔術師の弟子よ」
悦に入った男の声が聞こえた。
どこか豪華な服を着た男の、そのあまりにも恍惚とした表情は、異様だった。
その後ろでは看守と思われる大男が拘束された
「エラ。悪い子だね。また自分の部屋を汚したのか? 後で自分で舐めとって綺麗にしなさい」
狂っている。僕はたまらずに叫んだ。
「止めろ! その子を離せ!」
「何を言うか。私が、私の所有物をどうしようが、私の勝手ではないのかね?」
「所有物、だと?」
「姉妹は高い金を出して、私が買った物だ。妹を人質にし、姉は駒として使う。ついでにこうして楽しませてもらうわけだよ。そして、平穏なる魔術師さえ手駒にする。君を人質にしてね」
絶句した。
人の命をなんだと思っているのか。
「まだ何か聞きたい事があるかね? 早く続きをしてやりたいのだが」
「……もう、やめて、ください」
だが、その制止は、自分への拷問のことではない。
「わ、私は、どうなっても良いです。泣けと言われたら、泣きます。死ねと言われたら死んでも良いです。何でもしますから。だから、お姉ちゃんは、自由にしてあげてください。お願いします……!」
先ほど彼女が吐いた吐しゃ物――元の世界で僕と食べた夕食の上に、
「お願いします! どうか、お願いします!」
男は、
「ひぎぃぃぃ!」
「おっと、こっちは折った足だったかね? でも、お前がつまらないことを言うからだぞ。姉を縛り付けるのがお前の存在する理由だ。それしか生きる価値がないだろ、お前には」
もう、我慢の限界だった。
「ふざけんな! このやろう!」
「ん? 何かね、小僧」
「人の心を弄びやがって! 絶対に、許さないぞ!」
「……ふん、生意気な。おい、看守、あいつにも何かして差し上げろ。身の程を知らせてやれ」
命じられた看守が針を持ち、僕の牢屋に入ってくる。
絶体絶命。
しかし、その時。牢屋の窓から、フクロウの鳴き声が聞こえた。
「ホーホー」
「なんだ? この鳥は」
「ホーホーホホホホ!」
その声は次第に高い笑い声へと変わる。
「見つけたぞ、ケイゴ君!」
フクロウはそう言葉にするや否や回転しながら落下し、人の形となって地に立った。
変身の魔法だ。
こんなことが出来る人間を、僕は一人しか知らない。
「ま、マルレラさん?」
「部屋を特定するのに時間がかかったよ。遅くなってごめんね」
「え?」
「実は、君を囮にして、敵の居所を探っていたんだ。この町に着てから、ずっと私らを見てた奴がいたんでね。ホテルで酔っ払った振りをして無防備さを見せ付けても手を出してこなかったからさ。こうするしかなかったんだ」
平穏なる魔術師は首を回して、窓を見る。
「そして、今も私をつけてた奴がいる。さぁ、姿を現せ。君もこの場所を探していたんだろう?」
その言葉が聞こえた瞬間、今度は黒猫が窓から跳んで来た。
猫は鉄格子の隙間を抜けて、
だが、その猫がたどり着く前に、男が腰につけてた剣を抜き、
「動くな、リオン! 妹を殺すぞ!」
猫はビクッと止まり、飛び上がった。
空で宙返りし、地面に着地した時には人の形になっている。
もちろん、男が呼んだ名前の通り、
「あ、あの! 嘘、ですよね。あの人から、私達を買ったなんて」
「フン、聞いていたのか? 妹の叫び声を黙って聞いていたと? 悪い姉だな、お前は」
「答えてください!」
「本当さ」
答えたのはマルレラだった。
「悪いけれど、君の過去は既に探らせてもらっている。魔法には、心を読んだりするものがあるからね。知ろうとすればすぐに読み取れるんだ。君は騙されていたんだよ、試しに君の言う『あの人』の顔と名前を思い出してみな?」
「な、なんで?」
「良いから」
里音さんはしばらく考え込んで、それから顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「どうして、思い出せないの?」
「顔を思い出せなくなってるのは、そいつが君の思い出に細工をして、自分の顔を消したからだ。私みたいな魔術師と会うことを想定して、自分の素性を知れないようにしたんだろう」
里音さんは泣き崩れた。
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