シンデレラみたび

西暦2017年 5月15日

第4話 壁を作るフレンズ

 三度みたび恵良えら


 U県立上星東中学校出身で、僕と同じクラスの15歳。

 入学早々、事故に遭って学校に来れなくなった運のない奴。と言うのが、クラスでの彼女の評価である。


 そして、その三度みたびは今日。命を救った僕に対して感謝を述べるどころか、余計なことをしたと言わんばかりのセリフを吐いて、足を引きずりながら学校に歩いていった。


 彼女はどう考えても普通じゃない。


 それは僕だけではなく、クラスの同級生も同じ感触を味わったらしい。

 話しかけても話題は弾まず、笑いかけても目を見ない。

 さらに言うと、教師にさえ、態度はその様子だった。

 どうも三度みたび自身が周囲を拒絶して、気軽に触れられないような雰囲気を作っている。


 ○


 放課後、僕は図書委員の仕事があったので図書室に向かった。

 図書委員は各クラスに男子と女子が一人ずついて、男子は僕こと希下月きげつき啓吾けいご

 女子の方は西原さいばら弓美ゆみみと言った。


 西原さいばらは、僕と同じ中学校に通っていて同じ高校に進学した、古くから顔を知る同級生の一人である。

 メガネにおさげと言う見た目も真面目な女子だったし、見た目通り、中学校時代は学級委員をしていたのけれど、今のクラスでは立候補した人に権利を譲ってしまったため、僕と一緒に図書委員をすることになってしまった。


 ちなみに、僕が図書委員をする羽目になったのは、なんとなく仕事が楽そうだったので立候補したらなってしまったと言う、それだけのことである。


 ……それにしても、図書室は静かだ。

 西原さいばらは本を読んでいて、壁にかかった時計の針の音と、ページをめくる音だけが時折聞こえている。


「何読んでるんだ? 西原さいばら

「シンデレラ」


 童話集か。それって面白いの?


西原さいばらって、本好きだよな」

「うん。でも、みんなが本好きじゃないから目立ってるだけかもよ。図書室もこんな感じでガラガラだし」


 そうか。と、思うと同時に、僕は緊張した。


 意識してしまったのだ。

 この図書室には、僕と西原さいばらしかいない。

 そう。ついまりは西原さいばらと僕、女子と男子が静かな部屋で二人きりなのである。


 僕の心はときめいた。

 もちろん、朝に聞いた健介の言葉のせいである。


 が、西原さいばらはいつもと変わらず真面目な女子で、話しかけるタイミングがつかめない。

 そのため、僕は必死に考えた殺し文句「今日もメガネが素敵だね、西原さいばら」の一言が言えないでいる。


希下月きげつき君、なんか挙動不審に見えるんだけど。読むのに集中できないから止めてくれない?」

「あ、はい」


 すみませんでした!

 僕は心の中で土下座した。

 良く考えたら、そもそも西原さいばらのことが好きだとか、そう言うことを思っていたわけではない。

 ……そうか、これが浮かれたテンションか。

 恐るべし、高校生活ハウトゥー本。バカにしてごめんな、健介けんすけ


 まぁ、それはさておき、僕は西原さいばらと話をしたかった。

 もちろん、三度みたび恵良えらについてである。


「ところで西原さいばら三度みたびさ、あいつ、孤立してないか?」

「そうだよね、私も何とかしなくちゃって思ったんだけど」

「まぁ、難しいよな、あれじゃ」


 命の恩人に対して「何で助けたの?」なんて言う奴が相手では、さすがの西原さいばらでもお手上げだろう。

 気を使っていたのは西原さいばらだけでなく、今の学級委員は三度みたびと同じ中学だったらしくて、何かと気を使って話しかけていたようだったけれど、放課後の落胆振りを見る限りは失敗に終わったらしい。


「良く笑う子で、友達もいっぱいいたって話なんだけどなぁ」

「それって、いつの話?」

「うーん、少なくとも入学式のときは普通だったと思うんだけど」


 何が彼女をああさせているのか。

 思い当たるものと言えば、やはりあの怪我である。


「なあ、西原。三度みたびの怪我ってなんなんだ?」

「良く知らないけど、交通事故に遭ったって聞いたよ?」


 交通事故。

 今日みたいに転んだりしたんだろうか。


「でも、意外だよね」

「ん?」

希下月きげつき君が誰かを気にかけるって。優しいところ、あったんだね」


 誤解である。

 彼女から香った灰の匂いが気になるだけなのだ。

 ごめんな、西原さいばら。こんな話を始めたのは、三度みたびに話しかける材料を君から聞き出せないかと思っただけなんだ。


 しかし、西原さいばらはそんな僕の思惑に気づいていないようで、表情一つ変えずにこう言った。


「もしかして、希下月きげつき君って、ああいうのがタイプなの?」

「ち、違うよ、そう言うんじゃなくて」

「冗談だよ」


 へへッと、笑う西原さいばら


希下月きげつき君って、優しいよ。素敵だと思う」


 西原さいばらの言葉はチャイムによって遮られた。

 図書室を閉める時間である。


「図書委員のお仕事終了だね。希下月きげつき君、先に帰って良いよ。戸締りしておくから」


 その言葉に甘えることにした僕は、図書室を出ることにした。

 なんだかすごい恥ずかしいことを言われたせいで、顔が熱い。


「あ、ありがとな、西原さいばら、じゃあ、また明日な」

「うん」


 西原さいばらにとっては明日でも、僕にとっては西原さいばらと再び会うのは二日後のことになるだろう。

 とにかく、僕は帰路へ着いた。

 時刻は夕刻。通学路はまだ暗くは無いが、涼しい夜の風が吹いている。


「あっ」


 その時、何の偶然なのか僕の目の前に包帯の少女が現れた。

 制服姿の三度みたび恵良えらである。

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