第5話 僕はストーカーじゃない

「……何? 誰だっけ、あなた」

「同じクラスの希下月きげつきだよ。朝、車に轢かれそうになったのを、助けただろ?」

「ああ」


 三度みたびは露骨に嫌そうな顔をした。

 良い気分はしない。

 怪我には同情するけれど、僕はそこまで善い人にはなれない。


 そう。西原さいばらは「優しい」と言ってくれたが、それは違うのだ。

 断じて違う。

 僕が三度みたびを気にかけているのは、彼女から微かに感じる灰の匂いの事を確かめたいだけなのだ。


三度みたび、怪我は大丈夫なのか?」

「何でそんなこと聞くの?」

「助けるためとは言え、体当たりしちゃったし。その怪我って、交通事故って聞いたけど」

「……そう。車に撥ねられたの。こんなの別にどうってこと無い。こんなの、痛くない」


 しかし、彼女はそう口にした瞬間、顔を歪めてよろめいた。


「おい、無理すんなよ」

「してない」

「脂汗かいてるぞ」


 じっとりとした彼女の肌。顔色も悪い。


「気にしないでって言ってるでしょ? こんなの、平気だから」

「でも」

「これ以上しつこくしたら、警察に電話する」


 ハッキリとそう言った三度みたびは、スマートフォンを取り出してこちらに見せてきた。

 正直、失敗したと思う。

 灰の臭いに関して聞きたかったのに、これでは聞くことが出来ない。


 とは言え、面と向かって女の子に「君の体から灰の匂いがするよね。クンカクンカ」と言うのは難易度が高いし、これは間違いなく通報されてしまう。

 それだけは避けなくてはならない。


 しかし、灰の匂いが気になって仕方がない。

 そう、もしかすると三度みたびが、異世界で起きた舞踏会襲撃事件に関わっているかもしれないと、僕は思っているのだ。


 ただの勘だし、そんなまさかと思う。

 むしろ、違うと思いたい。


 しかし、魔術においては、そう言った「勘」と言うのが実は大事だったりするのだ。


 もし、彼女が関わっているならば、彼女も僕と同じように異世界に転移していることになる。

 始めて転移した時の僕のように、危険な目に遭っている可能性があるのだ。


 僕は三度みたびの後ろを追いかけようとして、三度みたびが振り返ったので足を止めた。


「いい加減にして。ついて来ないで」

「でも」


 その時、三度みたびに声をかける者があった。


「どうしたの? 恵良えら


 スーツを着た美人である。

 社会人であることは間違いなく、僕や三度よりもずっと年上であることは間違いない。

 しかし、母と言うには若すぎる。


「お姉ちゃん!」


 姉らしい。

 三度みたびは姉に向かって必死に歩き、その後ろに隠れると僕を指差した。


「お姉ちゃん、助けて! ストーカーが!」

「ストーカーじゃない!」


 酷い冤罪だ!


「止めてっていってるのにつきまとって来くるんだから、ストーカーじゃない!」

「怪我が心配だっただけだ!」


 思わず叫んだが、それらを聞いた三度みたび(姉)は、フフッと微笑む。


「学校のお友達?」

「こんな奴と、誰が!」


 僕は紳士である。こと美人の前では、特に紳士なのである。

 だから、僕は三度みたびを無視して、ぺこりとお辞儀をした。


「始めまして、お姉さん。恵良えらさんと同じクラスの、希下月きげつき啓吾けいごと言います」

「あらあら、ご丁寧に。恵良えらの姉の里音りおんです。学校、行けなかったから、寂しい思いをしてないかと心配だったんですけど、友達がいるみたいで安心しました」


 ……ごめんなさい、お姉さん。そんなに仲良くしてないです。

 しかし、あえて否定するのもどうかと思ったので、僕は雰囲気を壊さないように努めて言葉を選んだ。


恵良えらさん、怪我大変ですね。事故だって聞きましたけど」

「え、ええ。そうです。階段から落ちて」


 ……階段?


「お姉ちゃん! こんな奴と話なんかしないで、家に帰ろう!」

「も、もう、恵良えら。すいませんね、啓吾けいご君。妹のこと、よろしくお願いしますね」


 そのまま僕は家に帰り、どうもスッキリしない気分のまま時間を過ごした。


 階段ってなんだ? 交通事故じゃないのか?

 やっぱり、どうもおかしい。

 それでもパジャマに着替えてベットに横になると、眠気はすぐにやってくる。


 そして、マルレラに課せられた宿題を思い出し、僕は憂鬱な気分のまま眠ったのだった。

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