西暦2017年 5月16日

第8話 最低な告白

 起きると僕は、自室にいた。

 西暦2017年、5月16日の火曜日。時間は午前6時15分。


 ふらついた頭を抱え、自分の体にどこにも傷がないかを確認する。


「無傷か。でも」


 三度みたびのあの怪我は、尋常じゃないほどの拷問の痕だ。

 くそ、何が事故だ! 全部嘘じゃないか!


 彼女がどうして鎖で繋がれ、拷問を受けているのか分からない。

 でも、それを考えると酷く辛いのだ。

 何故なら、僕は男の子で、彼女は女の子なのだから。 


 二ヶ月前、僕が転移した時も酷い状況だった。

 あの世界で僕の命を狙った敵。出会った人々。

 あの時の僕は、彼らにとっては得体の知れない異邦人で、あの世界ではどうしようもなく異端で、是が非でも排斥されなくてはならない異物だった。


 だからきっと、三度みたびも僕のような危険な目に遭ったのだろう。

 そして、助けてくれる人がいなかったのだ。


 僕は単に、恵まれていた。途方のないほどの幸運だったのだ。

 僕の庇護を宣言してくれたのが、最古の魔術師の一人であるマルレラだったのだから。




 僕は学校に向かう。

 直接、三度みたびの家に行くことも考えたけれど、僕は彼女の家を知らないのだ。

 誰かに場所を聞かなくてはならない。


 とは言え、こちらの世界の日常は変わりない状態でそこにあって、僕はいつも通り通学路の途中で健介けんすけと会い、教室で西原さいばらと手を振り合って挨拶をする。

 そして驚くことに、教室には三度みたびがいた。

 彼女はこの世界での前日、5月15日の月曜日と変わらない態度で人と接し、時たまチラッとこちらを見ては、視線を逸らす。


 話しかけようとしたが、彼女と同じ中学校出身だった委員長が根気強く彼女に何事かと楽しげに話しかけているので、話しかける瞬間が無い。


 ……何も、集中できなかった。

 僕らは今、生命の危機に瀕している。


 もしかすると、今夜の転移で最後になるかもしれない。

 僕は所在不明の牢獄ににて、誰に何をされるのかも分からない。

 そうしている内に放課後になり、僕は帰ろうとしていた三度みたびを昇降口で呼び止める。


三度みたび。あの……」

「何?」


 三度みたびは話すことなんて何も無いと言う顔で、僕を見る。


「何って、あっちの世界の」

「その話、したくない」


 僕は思った。

 なんでだよ、三度みたび

 何でそんな諦め切った顔してるんだよ?


「今更、何を話したって無駄でしょう?」

「何で、そんな事、言うんだよ」

「じゃあ、私のこと助けられる? 出来ないでしょ? あんたも捕まってたもんね」


 三度みたびは言いきる。

 だから、僕もハッキリと言い切った。


「諦めないよ、僕は」

「……」


 三度みたびは無言だった。

 無言で足を引きずって歩き出す。


「なぁ、三度みたび

「ついてこないでよ、ストーカー」


 三度みたびの怪我を想うと、胸が痛い。

 手に巻いた包帯は、こうすることで剥がされた爪を隠しているのだろう。

 交通事故や、階段から落ちたのでは説明がつかない傷だからだ。


 三度みたびの家は、近かった。

 エレベータのあるマンションの2階で、これなら三度みたびの足でも通えるだろうと思う。


 エレベーターの中で、三度みたびは観念したかのように言った。


「どこまで来るのよ」

「話がしたい。これからどうするのか」

「どうしようもないって言ってるじゃない」

「どうしようもない事なんかないよ。なぁ、三度みたび。このままじゃ僕達、死ぬかもしれないんだぞ?」

「それなら、それでも良い」


 これが、三度みたび恵良えらと言う少女だった。

 全てを諦めている女の子。愛想が無く、笑顔も無く、希望も無く、夢も無く。

 そうしてどうしようもなく悲しいことを言ってしまうのが、三度みたびと言う少女だった。


「あら、こんばんは」


 家の中には住人がいた。

 三度みたびの姉、里音りおんさんだ。

 彼女はフフッと笑って、言う。


恵良えら。連れてきてくれたのね」

「こいつが勝手についてきただけだよ」


 三度みたびはそう言うと、押し黙る。

 正直、困惑していた。

 里恩りおんさんは僕と話がしたいと言わんばかりにテーブルに誘うと、こう言うのだ。


啓吾けいご君。昨日はごめんなさいね」

「昨日? 何かしましたっけ?」


 この世界での昨日と言えば、5月15日の月曜日だ。

 挨拶して、それで別れたくらいしか思いつかない。

 しかし、里音りおんさんは手のひらで顔の上半分を隠して、それからロマンチックさの欠片も見せずに、した。


「仮面はないけれど、分かるかしら。私は、舞踏会襲撃事件の犯人です」

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