異世界童話異聞録 シンデレラみたび
秋田川緑
イントロダクション
星暦1122年 赤の月10日
第1話 イントロダクション1 舞踏会襲撃事件
"号外 星暦1122年 赤の月 8日
大舞踏会襲撃される 国営ダンスホール全焼”
”昨晩、国営ダンスホールで開催されていた大舞踏会が何者かに襲撃され、国王陛下含む来賓300余名が重軽傷を負った。
実行犯と見られる女はセレモニーの最中、大胆にも姿を現して、反抗を宣言。
直後、会場の西側より火の手が上がり、人々が炎の中を逃げ惑う大惨事となった。
この火事による死者は出ていないが、国外から招かれていた要人も被害に遭っており、王国政府は非常事態宣言を発令。
また、捜査局は現場から逃走した犯人を魔術師と断定し、王国政府は魔術師同盟に対して非難声明を出した。同盟は犯行を否定”
”同盟は事件解決に向けて、国内にある凪の塔の『平穏なる魔術師』を派遣した模様"
○
「何を読んでるんですか、師匠?」
「号外だってさ。そこに落ちてた」
彼女は退屈そうな表情であくびをすると、手に持った紙を放り捨てた。
時刻は夕暮れ、場所は風の国の王都。
何故僕らがここにいるかと言うと、僕の師匠である平穏なる魔術師が、二日前に起きたと言う『舞踏会襲撃事件』の調査を依頼されたためだ。
「しかし、ケイゴ君。私のことを師匠と呼ぶのは止めろと言っているだろう? 小っ恥ずかしい」
彼女は、振り返りざまに僕の額を指で突く。
「ぐ、ぐおお」
刺さった。
痛いので、爪を切ってほしい。
「す、すいません、マルレラさん」
「よろしい。さて、ケイゴ君が転移するようになってから、もう二ヶ月か。毎日、別の世界を行ったり来たりで大変だろう」
「そ、そうですね。でも、もう慣れました。今じゃ僕も高校生ですし」
彼女、『平穏』の通り名を持つ魔術師であるマルレラが僕の庇護を宣言して、二ヶ月。
彼女に助けられて僕は生き延び、僕を助けることで彼女は負債を負った。
そのために頼まれた仕事を断ることが出来ず、こうして遠出する羽目になったのは本当に申し訳ないと思う。
その時の物語――異世界転移した僕と、僕を弟子として迎えた平穏なる魔術師の物語は、また別の機会があれば、その時に語りたい。
僕の名前は
こちらの世界では彼女、『平穏なる魔術師』の弟子をしている。
○
「さて、始めるか」
現場に到着して数分。彼女は廃墟の入り口から中を見ていた。
改めて見るが、彼女は美人である。
長身で、胸がでかい。
そして肌には艶があり、張りがあって、若い女性に見える。
とは言え、彼女はかなりの高齢であるらしい。
らしいと言うのは、僕がこの世界に疎いためで、彼女はこの世界に数人しかいない『最古の魔術師』と呼ばれる、数千年の時を生きた魔術師の一人だと言うのだ。
ようするに、この世界においての生ける伝説。神様が登場するような神話の物語にも登場する人物らしい。
「建物はほとんど崩れているね。あるのは灰だらけか」
「そうですね」
何やらフンフンと嗅ぎ取る動作をしている彼女がどれだけ滑稽に見えようとも、それは見せかけである。
彼女の規格外とも呼べる魔法の力を目にした事のある僕は、決して敬意の心を忘れたりはしない。
「ふむ。大体分かった。それじゃあ調査を終了しよう。ケイゴ君、宿に行こうか」
彼女はそう言うと、にやりと笑った。
先ほども言ったが、開始数分である。
数秒間。僕は彼女の顔をジッと見ていたが、耐え切れなくなって、ついに尋ねた。
「あの、マルレラさん。もう終わりなんですか?」
「ん? 終わりだよ。見事に灰しかない廃墟じゃないか。これ以上何しろって?」
もちろん、僕にもそう見える。
とは言え、不自然にも思える大量の灰があたり一面に広がり、風が吹くたびに舞い上がってチラチラと落ちてくる様は、どうにも不可思議に思えた。
もしそうなら。魔術師である彼女の調査でなら、何か分かることがあるのではないか?
しかし、平穏なる魔術師は自分の豊満なる胸の上に積もった灰を叩いて落とすと、こう言ったのである。
「今日は王国ホテルにコース料理が用意してあるそうなので、今からそれを食べに行きます」
彼女の目的が分かった瞬間だった。
そう、僕らが朝早くに凪の塔を発ってから、馬車に揺れて丸一日。
今や何も食べずに夕刻である。
お腹が空いていて当然だ。僕もペコペコなので間違いない。
この人、ご飯が食べたいだけだ!
「お願いですからちゃんと調査が終わってからにしましょうよ!」
「終わったって言っているでしょう!」
怒れる食い意地。
マルレラは、不機嫌そのものと言った表情で言葉を続けた。
「見習いとは言え、魔術師なら読み取りなさい! 灰から感じ取れるものは何? こんなの、見ただけで分かるでしょ? 私は分かった! だから調査は終わり! 以上!」
マルレラは怒り狂っていた。
どうやら僕の未熟さに腹を立てているらしい。
『魔術師だから分かることがある』では無く、『魔術師だから見ただけで分かった』なんて、まともな魔法も使えない僕が察せられたはずも無い。
「まったく! ケイゴ君のグズ! ボケ! アホ! あんぽんたん!」
子供の悪口か?
この人は本当に数千年も生きた魔術師なのだろうか。
「変態! 下着泥棒!」
盗んでない!
干していた洗濯物を取り込んだ時、何気なく触れた下着の手触りが素敵だったので、ついつい撫で撫でしていただけです! すいませんでした!
「ああ、もう! 詳しい説明は後で教えてやるから、とにかくディナーに行くよ! お腹が空いてるんだから!」
僕は「はい」と言って頷く。
もはやそうすることしかできなかった。
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