9篇「夢旅行の手引き」
――――――― 2 ―――――――
リュックサックに荷物を詰め込む。
替えのジャージ、下着、タオル類。
ノートや手帳、プリントアウトした書類を挟んだクリアホルダー、筆記用具、ビニール紐、
鎮痛剤、消毒液、胃腸薬、目薬、
結構な荷物。
電子機器はデジカメとスマホ以外、持って行かない。
向こう、デイドリでは電気が使えないんで意味がない。
ポータブル発電機でも持って行けば役立つとは思うんだが、値段が値段なので、とてもじゃないが高校生では手が届かん。
リュックやナップを持ち込む時、背負うのではなく、ボディバッグのように胸側で斜に抱えるようにする。
ただ、荷物が重い場合、これだと息苦しくて寝苦しいので、スズランテープで荷物と手首を括り付けるようにする。
ビニール紐やロープで括り付けた品物もデイドリには持ち込める。
ちなみに、掛け布団の類、要は、タオルケットや毛布も運ばれてしまうんで、寝る時は掛けない。
寒い時期どうするかは、まだ考え中だが、そん時はそのまま持って行くしかないだろう。
枕元近く、ベッド脇の小棚の上には、水とハンドタイル、メモ帳と筆記用具を用意しておく。
基本的にログアウトしてナイトメアに戻ると、大体、喉が渇いているので水を常備しておくのが必須。
まあ、これは血液がドロドロにならない為に必ず枕元に水分を置いておけ、という親の方針もあって、特に普段と変わりない。
ハンドタオルは、寝汗対策。
酷く
メモ帳は、意図しないログアウト時、デイドリ内でメモが取れなかった時の対策として置いておき、目覚めたら書き込めるようにしておく。
基本的にデイドリ内での出来事は記憶として残るが、細部や固有名詞は忘れ易い上、うろ覚えになってしまうのでメモも必須。
「お兄ちゃん!ねぇ、ちょっとお兄ちゃん!」
ドンドン、と部屋の扉を叩く。
妹の
壁掛け時計の針は、11時を指している。
なんだよ、もう夜中だぞ?
妹は、極度のかまってちゃんなので、ほとほと手が焼ける
「どうしたんだよ、瑠奈。もう時間遅いぞ」
妹は、小五。
小学生が起きていちゃいけない時間だ。
ドアを開けて
「お兄ちゃん、生放送のやり方教えてくれるって云ったのに、全然教えてくれないんだもん!」
「え?ああ~、生放送、ね」
ネットの生配信のやり方、そう云えば、教えてくれって云ってたな。
かまってちゃん過ぎる妹には、ネット放送か何かでリスナーにかまってもらうのが一番手っ取り早く、楽ちん。
そう考えて、あんま考えず、生返事したんだ。
本当は、小学生にライブストリーミングは早い気もするんだが。
「メールにやり方書いて、送ったじゃん?読んでないのか?」
「分かんないよ、メールじゃ」
「…しょーがねぇーな~。もう遅いから少しだけだぞ」
「うん!じゃあ、こっち来て」
妹の部屋に行く。
俺が買い換えた時のお下がりのパソコンの前に2人座る。
WEBカメラとヘッドセットが用意されている。
おいおい、いつこんなの買ったんだよ。
顔出しするつもりか、こいつ?
まあ、顔立ちは整ってるし、兄貴の俺が云うのもおかしいが、確かにかわいいとは思う。
でも、小学生が顔出しはアカンだろ?
変なヤツもいるしさ…
――俺、みたいな。
さて――
モニタを覗き、アプリを確認。
なんだよ!
メールで教えたアプリ、全然、インストしてねぇーじゃん。
セッティングも何も、そもそも下準備がなんも出来てね~よ。
「なんだよ、瑠奈!なんにもソフト、インストしてないじゃん。メールで書いたじゃん。URLも載っけたろ?」
「言葉の意味とか分かんないし、ドレがドレなのかサッパリ分からないから、ダウンロードしてないよ」
「…う~ん。これ、それなりに時間かかるぞ。放送そのものは、別にすぐにできるけど、それだとほぼ何も出来ないし、アンチ対策とか出来ないんだよな~」
「そうなの?」
「今日はもう遅いから駄目だな。俺が学校から早く帰ってこられた時か、休みの日にでも設定しないとムリだ。それに、使い方とか説明しないといけないだろ?」
「うーん…あたし、明日お休みだもん」
「え!?明日休みなのか…ん~、でも、もう遅いし、俺も寝なきゃいけないしな~」
「最近、お兄ちゃん、寝るのが早くてつまんない」
「あっ…し、しょうがないだろ、学校なんだからっ!」
そう云われてみれば、ここ最近、12時には寝ている。
今迄は、ほぼ2時迄は起きていたのに。
少しでもデイドリでの活動を長くしたい、ってのが俺の夜更かしを抑制している。
いい傾向の
完全にネトゲに
ま、寝てるだけなんだけどね。
「今度。今度ちゃんと見てやるから、おやすみっ!」
「んもぅ、お兄ちゃんのバカ…」
自分の部屋に戻る前に洗面所で歯を磨き、トイレに行く。
戻って時計を見る。
――11時半。
妹に呼ばれて部屋に行き、PCをちょっと覗き、ここまで凡そ30分、か。
どうにも
あんま、こう云う事考えるとマズイな。
廃人になっちまうから、ヤメテおこう。
さて、寝るか――
――おやすみなさい…
※ ※ ※ ※ ※
――…キタ!
伯爵邸のゲストルームの寝室の1つ、そのベッドの上で目が覚める。
デイドリへのログインは必ず、寝ている。
夢を見る事が絶対条件なのだから、まあ、必然だよな。
デイドリからのログアウトは、ある程度、自由が利く。
と云うか、自発的なログアウトも可能、って感じ。
勿論、普通にナイトメアで目が覚めてしまい、強制ログアウトもあるんだが、自発ログアウトを試みる事である程度コントロールできるようになってきた。
デイドリからの自発ログアウトを行う理由は、主に、あらすじタイムの回避の為。
ログインの
この現象を俺は、あらすじと呼び、その
あらすじは、デイドリでの活動における記憶の
時間の連続性に
つまり、こうなるであろう、と予測していても、異なってしまう場合がある。
予測から大きくずれてしまうのは、活動に支障を
例えるのであれば、ボテボテのゴロを捕りに行った時、ショートバウンドによるイレギュラーで軌道が変わってエラー、乃至は、ボールに当たってしまう、って感じ。
デイドリでの
時間の非連続性、展開の変化は、なにも曖昧な記憶や思い違いだけではない。
ログアウト同様、あらすじタイム中、能動的に異なる選択肢を取る事で、未来分岐を引き起こす事も出来る。
つまり、自発的な分岐誘発が可能、って事だ。
これはこれでかなり役立ち、危険回避や望まない事象をクリアする事に繋がる。
謂わば、KY、危険予知を当て
回避、と云うのが正しいのかは分からない。
何故なら、分岐先が異なる為、実際の時間進行上、なかった事、発生しなかっただけ、とも考えられる。
今、デイドリにログインした時点で、ベッド上で目覚めるってのは、これらを
デイドリの中で一晩寝て、起きた時点で自発ログアウトを試みる。
こうしておくと、次回ログイン時、あらすじタイムは、全てではないにしても
就寝中の記憶は、そもそもほぼ無いので、あらすじでの記憶の曖昧さは抑えられ、且つ、ルート分岐を選択しようがないので、時間の連続性が担保されるってワケ。
これがベストなやり方かどうかは不明だが、今のところ、ベターなログイン/ログアウトの手法、だ。
伯爵邸ゲストルームのベッドで目が覚めた、って事は、取り敢えず、問題ない、って事なんだが、ここでうっかりしてはいけない。
デイドリの中でも、枕元にメモ帳を置いてある。
まず、起きてすぐに、これを確認する。
記憶と記録の摺り合わせ。
これを確認しておかないと、万が一、あらすじが異常に長く発生した時、辻褄が合わなくなってしまう。
要は、デイドリ内での記憶喪失が発生する可能性がある。
この当たりを考慮してのメモ。
ついで、飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルを置いてある。
飲みかけと云っても、実際にデイドリでの就寝中の水分補給用ではなく、簡易的、直感的な日付確認用の目印。
飲みかけのミネラルウォーターの水面真横の位置にビニールテープで印をつけておく。
これを毎日寝る前、青、黄色、赤の順番に貼っておく。
こうしておけば、ベッドで目覚めた時点でビニールテープの色が違っていたり、水面が下がっていたら、睡眠以上のあらすじが発生した事がすぐに分かる。
もっとも、今迄、そんな事は一度もない。
本当は、一週間分、七色用意できれば良かったんだが、そんなに色違いのビニールテープを常備している家なんてないだろ?
それに、数が多過ぎると慣れる迄、指折り数えて色と曜日を確認する必要があり、直感的とは云えない。
白や黒のビニールテープもあったが、三色に絞ってこの並びにしたのは、信号機と同じだから。
青、黄、赤、青、黄、赤…って並びなら分かり易い。
赤、青、黄、のが云い易いんだが、モチーフとなる並び順のがいざって時、確認し易い。
これは、俺が用心深い上に意外とマメ、ついでに直感的にすぐ分かるようにしたいって為。
それに、寝起きの
まあ、用心に超した事はない。
と云う訳で、今回のログインも問題なく、前回ログアウト時点と重なり合っているので問題なし。
さあ――
起きるとしよう。
デイドリに来てから、正確には、ファムと出会ってからなんだが、こっちの暦で一ヶ月経過している。
やってきた事と云えば、ファムとの語学勉強とダン爺との剣術修行…もとい、基礎体力作りの繰り返しなんだが、これが意外と飽きない。
単純だが複雑、これがこの作業ゲーちっくで一見、退屈そうな毎日をクリアしていけている。
恐らく、ファムとダン爺の教え方が上手いんだと思う。
語学は、会話を基本に、読み書きを覚えていく。
単語の説明には、デイドリでの具体的な解説を伴って教えてくれるので、俺の知的好奇心を見事に
例えば、
祖霊の事を
剣術修行と云う名の基礎トレーニングも、なかなか
当初、アホみたいな反復練習だったが、段々、意識するよう教えられる。
筋肉を、動作を、心を。
精神論か何かかと初めはバカにしていたが、すぐにそれが間違いだったと気付く。
剣術習得後には、鍛錬、研鑽、経験の三通りの修行法があり、俺はまだ鍛錬の前段階らしい。
まあ、剣術を習得する以前の話なのだから、当たり前だわな。
そんな訳で、作業ゲーの割になかなか考えさせられる事があり、これがなかなか俺の興味を引き、かなりハマッてきていた。
今日も仕度を調えてから、ダン爺の別宅という名のボロ屋に向かおうと客間を出たところで、ファムに呼び止められる。
「お待ちください、カイトさん」
「ん?」
「お早うございます、カイトさん」
「うん、おはよう、ファム。それより、どうしたの?」
「本日は、ザン様のところでの訓練はなくなりました」
「え?どうして?」
「本日、伯爵がお戻りになられますから、ご挨拶された
「ああ~、そう云えば、部屋借りてるのに会った事もないんだったよな~」
「はい。ザン様には、わたしから本日の訓練は中止の旨、お伝えしておきました」
「ああ、ありがとう。で、いつ戻る予定なの?」
「早ければ午前中、遅くとも正午過ぎには戻られるはずですよ」
「あ~、じゃあ、まだ少し時間あるな~」
「え?はい」
「よし、ちょっとジョギングしてくるよ。なんか、走るのに慣れてきたもんだから、体動かさないと変な気分でさ」
「はい、分かりました。遠出しないでくださいね。後、戻ってこられたら、
「うん、分かったよ。それじゃ、ちょっと走ってくるね。それじゃ~、また後で!」
不思議なもんだな。
部活以外で体動かすとか、一切しなかった俺が、ここでは率先して体動かしてるんだから。
これが、
――まあ、そんな上手くはいかないよな、うんうん。
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