7篇「デート・オア・アライヴ 後編」
※ ※ ※ ※ ※
――ウワァァァァァーーーッッッ!!!
俺自身のどデカイ叫び声で目が覚める。
ログアウト、出来ている。
よかった、助かった。
なんかログアウト直前、とんでもない叫び声を上げたような気がしたが、ハッキリ覚えていない。
時計の針は…3時半を指している。
再ログインしてから、まだ1時間も経ってない。
にも関わらず…
寝汗びっしょり、おまけに涙も流して、鼻水まで垂れている。
きったねーな、俺。
酷く
「いたたたっ…」
不意に左肩から背中にかけて、激痛が走る。
寝違えた、なんてレベルの痛みじゃない。
不安になってベッドから降り、部屋の明かりを点ける。
――!?
どう云う事だよ――
“悪夢”を見た。
いや、これだと今までの夢考察と整合性がとれない。
――そう…
デイドリの中で、夢の世界で、酷い目にあった――コレが正しい。
そして、もっと恐ろしい事に――
――もっと恐ろしいのは…
ナイトメア、要は現実に迄、ダメージ、つまり、負傷は持ち越されてしまうって事、だ。
デイドリとナイトメアは、時間や世界こそ違えど、俺自身の体は、肉体は“共通”している!
ちょっと慎重になっていれば、分かった筈だ。
ナイトメアからデイドリに物を持ち込める、逆もまた
そして、それらは、俺に触れている事が前提。
従って、俺自身の肉体が、デイドリとナイトメアを繋いでいる、そう解釈出来る。
俺の体がサーバの代わりを
――等価。
まさか、肉体に限って等価、だとは考えもしなかった。
時間の流れが等価じゃないものだから、勘違いしていた。
時間は絶対じゃない。
そんな事は分かっていた。
では、何が基準なんだ、って。
体が基準、だなんて思わなかった。
でも、夢を見るって行為が、そもそもデイドリとナイトメアを結ぶ為の絶対条件なのだから、考えるまでもなく、それは必然だったんだ。
向こうで起こった事は、こっちに迄影響を与えちまう。
つまり、向こうで俺が死んでしまったら、もう目覚める事はない、永遠に。
そりゃそうだ。
向こうで死ぬって事は、こっちでも死んでしまってるんだから、目覚める筈もない。
逆も同じ。
現実において俺が死んでしまったら、もう夢を見る事は出来ない訳だから、デイドリには行けない。
要は、こっちの死は向こうの死に直結する。
“死”は、デイドリもナイトメアも、常に同時に起こる事だったんだ。
なんで、こんな簡単で単純な事に今まで気付かなかったんだ。
夢だとナメていた。
浮かれていた。
世間様から浮いているのをいい事に、
死に戻りが出来りゃ、そんな楽な事はない。
分岐先を全てを知った上でセーブポイントから再開すりゃいいんだから何度でも遣り直せる。
だが、コレはマズイ。
死んだらアウト。
いや、死どころか、半身不随、重体、いやいや、重傷でもアウトだろ。
ほんのちょっぴりの軽傷程度が限界、限度。
ほぼ、ノーミスのノーダメで行かなきゃダメだ。
スペランカー並に貧弱な主人公。
それが、“俺”、だ。
しかも、セーブポイントなんて都合のいいもんはない。
あるのは、ログインの
あらすじは、
だが、そのあらすじに、どの程度の尺があるのかは、ログインしてみなけりゃ分からない。
改竄出来るだけの尺があるのか、それが結果にどう影響を与えるのか、全くの未知数。
何せ、マルチエンディング全てを見る事は、デイドリの仕様上、不可能なのだから。
コレは、マジで挑まなきゃダメだ。
そう、ガチ勢にならなきゃ、到底、先には進めない。
何せ、デイドリへのログインは、求めずとも実行される。
拒否権はない。
こいつをクリアするには、本気で挑む必要がある!
左肘の擦過傷付近にマキロンを吹き掛け消毒し、ティッシュで抑え、絆創膏を貼る。
トイレに行く。
戻って来てから、水を一口飲む。
よし、落ち着いた。
現在時刻、3時45分。
まだ、朝まで時間はある。
もう一眠りしなければ、明日を過ごすには厳しい。
そして何より、デイドリ内で俺はファムとのデートの真っ最中。
デートを成功させなきゃ、いられんだろ、男として!
気合いだ!
気合いを入れて行くぞ!
それじゃあ――
――おやすみなさい…
※ ※ ※ ※ ※
――…さい。
――え?
ファムの声?
「……ださい」
「…ダサイ?俺が?」
「……これ使ってください」
「え?え?何を使ってって?」
「これを使ってください。お渡ししておきます」
「…これは?」
「
「――あ、ああ、ありがとう」
何かの植物の葉で
なんて奇妙で素敵なサイフなんだ。
このサイフ、見覚えがある。
「それじゃ、すぐ戻ってくるから、待っててくださいね」
笑顔のファムは何度もこちらを振り返り、その度、手を振っていた。
なんて、かわいいコなんだろう。
彼女が見えなくなる迄、俺は手を振る。
――ハッ!
こ、これは。
そうか!
分かった。
コレは、今のココ、この時間帯は、あらすじタイムだ。
つまり、放っておけば、現れる。
そして、同じ分岐を選択すれば、或いは、流れに身を任せてしまえば強制的に同じ道を
どうする?
どうすればいい?
少女がやってくるのは分かっている。
その少女の手招きに、俺がカモになりさえしなければ、俺はあの裏路地に行かないのだから、俺は助かる。
これは、間違いない。
だが、彼女はどうだ?
俺がカモとして、彼女にサイフを
勿論、今日中にカモは見付からないかも知れないし、見付かったとしても、あの化物と遭遇する時間を
集中するあまり、蟇口の紐を指に掛け、くるくると回す。
何かをしていないと、落ち着かない。
どうするのがベターなんだ。
見知らぬ、
――いや、ダメだ。
あんな未来を、前回ログイン時での、あんな酷い結末を見させられたんだ。
少なくとも、近い将来、今日と云う時においてだけは、彼女も救える選択をしなければ、
――!?
迎賓館の開け放たれた出入口の外に、あの少女の姿。
一瞬、目があったと思うや
――どうする?
まだ、決めていない。
どうすればいいんだ。
俺は、俺自身が助かる為には、只、無視を決め込めばいい。
彼女の手招きに応じず、彼女の
その少女との出会いそのものを、なかった事にさえすれば、それで、それだけで俺は助かる。
生き残れるんだ。
「お兄さん、お兄さん!」
「――…」
「お兄さん!」
「…――」
「――お兄さん…」
「――」
「……」
――沈黙。
いや、ダメ、だ!
無視は、出来ない!
散々、ナイトメア…現実世界で、俺は無視されてきた。
高校に入ってから間もなく、それからずっと、無視されてきたんだ。
その結果が、コレ、だ。
酷い妄想。
にも関わらず、その妄想の中でさえ、
これじゃ、いけない。
無視しては、いけない。
存在を、彼女を否定しては、いけないんだ!
その少女との“デートの約束”を破ってはいけない!
「おーい、そこの女の子!ちょっと、こっちにおいでよ」
「――?」
「入っておいでよ」
「…なに?」
指に掛けてくるくると回していた蟇口を握り直し、その口を開ける。
テーブルの上に逆さにし、中の貨幣を全部落とす。
――ジャラジャラッ。
「――これ」
「……なに?」
「これ、あげるよ」
「…え!?」
「持っていきなよ…その代わり、悪さはしちゃ駄目だよ」
「……なんで?」
「ん?」
「なんで、お金を私にくれるの?」
「いや、深い意味はないよ」
「ふざけないで!私、お金を
「……」
「
「…それじゃ、これは謝礼にしよう」
「!?謝礼?」
「そう、お兄ちゃんのお話し相手になってくれるお礼だよ。お兄ちゃん、今、人を待ってるんだけど、退屈しちゃって困ってたんだ。
それにまだ、あまりこの国の言葉が分からないから、お話し相手になってくれれば勉強になって助かるな~って」
「……話し相手になればいいの?」
「うん、そうだよ。待ち合わせている人が来る迄でいいから」
「……しょーがないなぁ…暇人のお兄さんの相手、してあげるよ。感謝しなさいよ!」
「うん、ありがとう!」
少女はテーブルの向かいに座り、飲み物をせがんだ。
俺は、ウェイトレスを呼び、適当な食事と飲み物を頼んだ。
おかしなもんだ。
少女は上機嫌。
さて、何を話そうか?
まず、彼女の事でも聞いてみるか――
あらすじの
あの最悪の分岐から回避できた。
俺は、生き残れたんだ!
勿論、結果がどう収束し、
只、少なくとも今と云う時間、確実に回避出来た事は、疑いようなく、
あらすじの
立ち止まる事が出来ないのだから、進むしかない。
進み続ける為の車線変更、それがあらすじを
と、自分に言い聞かせた。
――思いの
サアヤは、意外にもお喋りで、なかなか退屈しない充実した時間が過ごせた。
ああ、サアヤと云うのは、その少女の名だ。
ファムが戻ってきたのは、デイドリ用の時計で1時半過ぎ。
丁度、1時間くらい留守にしていた事になる。
待ち人が来たのを確認すると、少女はそそくさと立ち上がり、テーブルの隅に積み上げておいた貨幣を手に取り、「さよなら、お兄さん。楽しかったよ」と言い残し、去っていった。
ファムがどうしたのか聞いてきたので、少女の事を少しだけ話した。
俺が退屈していたので、お
彼女、サアヤは孤児で、城壁外周部スラム街近くにある教会付き
将来、尼僧になる為の修行中だが、イタズラ好きなのでよく怒られる、と。
ある日、女神様から
結果、聖印の送受神を停止されてしまい、毎日退屈しているんだ、と。
ついでに、王都ダリアの話も少し聞いた。
貧困街や
ダリアが美しいのは、表だけ、とも話していた。
ファムは黙って聞きながら、
――そうだ。
この機会に、アレについて聞いてみよう。
少女との話で出た内容じゃない。
今とは多少異なる分岐先の話。
――そう、それは…
「ところでファム、ちょっと尋ねたい事があるんだ」
「ん?なんですか?」
「
「…はい」
「アレっていうのは、王都にも出没するようなモノなの?」
――ガタンッ!
ファムは、手にしていたグラスを落とす。
「なぜですか!?」
「え!?」
「なぜ、そんな質問を!?」
――どうしたんだ?
見た事のない表情。
驚きの中に冷たい怒りを内包するような厳しく、険しく、
これは、この話題は、触れてはいけない、そんな気がする。
「いや、ああ云う恐ろしい化物とは
「…はい、大丈夫です。王都は、その全体が
――そうか。
彼女が、ファムがそう云うんだから、信じよう。
俺が見たのは、もう別の分岐先。
少なくとも、俺はここでは、化物と対峙していないし、見た事もない。
あそことこことでは、なにもかも違う。
そう、違うんだ。
だが――
なぜ、俺のジャージは破け、肘に絆創膏が貼り付けてあるのだろうか。
なぜ、左肩から背中にかけて痛みが走っているのだろうか。
これは、一体、誰の干渉によって
――なにか、なにか引っ掛かる
それがなんなのかは分からない。
ともかく、今は無事である事に感謝しつつ、もう少しファムとの会話を楽しもう。
機嫌を直して欲しいな――
「そうだ、ファム。さっき、サアヤが美味しそうに食べていたお菓子があったんだ。食べてごらんよ」
「えっ!あ、はい、是非」
「ウェイトレスさ~ん!」
うんうん、コレでいい。
夢の中でまで暗くなってても仕方ないだろ。
せめて、夢の中は楽しまなきゃ。
――デートはまだまだ、これからだ!
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