8篇「闇忍び寄る声に震えて」
※ ※ ※ ※ ※
迎賓館を出た俺達は、
伯爵邸を出る時、服がこの芋ジャージしかない、って云ったのをファムは気にしており、服を購入しに行く事になった。
服屋でデートって、なかなかそれっぽいんだが、ナイトメア感覚のそれとは大幅に異なり、生地の専門店のような装い。
どんなタイプの服にするか、デザインをどうするか、生地選びをし、採寸し、その後、製作に入り、 縫製、仮縫い、修正、本縫い、そして
この間、
まさか、こんなに本格的なところで服を選ぶとは思っていなかった上、どうにもデイドリのファッションセンスが合わないってのもあり、今日の
ナイトメアに戻ったら、ネットで検索し、デイドリでもそれ程浮かない恰好の服装を選び、プリントアウトして持ってくる事にしよう。
「カイトさん、海って知っていますか?」
「え?海?勿論、知ってるよ」
「ご覧になった事はありますか?」
「うん、もち…いや、この辺りでは見たこと無いよ」
「よかったら、海を見に行きませんか?」
「海って、ここから近いの?」
「ダリアは、港町でもあるんですよ」
王都が港町だとは、全く気付かなかった。
港特有の潮の香りが全然しなかったからだ。
どうやら、現在地は王城や政府機関を中心とした箇所から東側、内陸側に位置した場所らしく、港は正反対にあるらしい。
徒歩だと時間がかかってしまうとの事で、
――ゲッ!さ、3時半。
まさか、町の反対に出る迄、馬の脚で1時間半以上も掛かるとは思ってなかった。
東京、中野間よりも距離あるぞ。
これ、帰路は完全に日没、真っ暗になるな。
通ってきた道、かなりの
昼下がりの港――
沢山の船が着けられている。
この海は、『
陸路と海路に恵まれたダリアは、ドラコニアン・ワイルドにおいて最も豊かな都市の1つとして知られて、顎周辺都市の中では第二位の規模を誇る。
ファムとは、他愛のない話をした。
デイドリの事情や知識は最低限、そんな事よりも他愛ない、世界の秘密とは無縁の、なんでもない会話を楽しんだ。
好きな花の名、好きな歌、楽しい思い出なんかを聞いた。
俺も、楽しかった思い出を話した。
彼女の言葉は、
微かな旋律を伴い、吐息でも吹き掛けられたかのように耳を
不思議だった。
違う世界、そもそも、夢、妄想の類の筈なのに、こう、深く深く心が通じ合う、そんな錯覚が
彼女は確かに俺の前に存在し、その実在性は俺自身のそれを
夕日に照らし出された彼女はどんな芸術品よりも美しく輝き、海の
潮の香りより、彼女の
「そうだ、カイトさん!」
「なんだい?」
「今度は、王者の泉に迄、足を運びましょう」
「王者の泉?それってどこにあるの?」
「ダリアから北に少し行った水晶川河口付近の中州にある大王崇拝の聖地なんですよ。川の女神や水の精霊も祀られていて、大変、素敵な場所なんですよ」
「そうなんだ!うん、是非、行こう!」
王都を出立したのは、6時半を回っていた。
王都を出る時点で既に日没。
夜の帰路となった。
集落の外を夜間過ごすのは初めて。
満天の星空は、引っ繰り返した宝石箱のよう。
今日は、2つの月が昇っている。
なので、普段の夜よりは明るい。
王都を出たばかりの頃は、町の明かりで見通しが利いたが、10分もしない内に闇の中。
夜の闇がこんなにも深いものだなんて、今迄気付きもしなかった。
ファムにとっては、大した暗さではないらしい。
星明かりに加え、2つの月明かりがある今夜のような暗がりは闇とは云えず、
どうやらファムは、初めから遅めの時間帯での帰路を考えていたらしい。
とは云え、それでも予想より遅くなったと語った。
「そうだ、ファム。今迄、聞きそびれていたんだけど、月って2つあるじゃん?」
「ええ。どうかしましたか?」
「あれってのは、どっちがどうって名前付いていんだよね?」
「そうですね、お教えしてませんでしたね。月は、実は4つあるんですよ」
「!?4つ!4つもあるの?」
「はい。黒い月、青い月、赤い月、白い月の4つ。今見えているのは、青い月と赤い月です」
「へぇ~!全然知らなかったよ」
「赤い月は、まだ昇ったばかりの新しい月なんです。新しいダリアの町並みより歴史は短いんですよ」
「えっ!?数百年って事?」
「はい。また、白い月は、まだ、昇ってないんです」
「?どういう事?」
「昇る事が予言されているんですが、まだ、昇ってないんです」
「…そ、そうなんだ……なんか、凄いね」
――常識が通じねぇ~!
聞けば、赤い月ってのは、ナイトメアの、俺のよく知ってる月に近いようだ。
月相は28で、満月の月相は常に14。月相と月齢は近しいものの、必ずしも一致するものではないらしい。
青い月ってのが、ちょっと特殊。
月相は46で、満月の月相は23。そして、隠れている時期、
要は、3ヶ月の半分くらい青い月は見えず、残りの半分が見え始め、これが赤い月よりも長いスパンで満ち欠けするって感じ。
ちなみに、黒い月ってのは、月相180で、満月の月相は90。
併し、この黒い月ってのは、黒く光っているので、星が出ていないと、どこにあるのか探すのが困難らしい。
太陽が昇っている時、黒い月の光は搔き消されて見えない。
通常、星空が広がっているので、黒い月が昇っている時、不自然な星々の切れ目があった場合、そこに黒い月がある、と分かるらしい。
この不自然な星々の切れ目、要は、黒い月による星隠しを“
但し、青い月や赤い月でも
一番古くから知られているのは黒い月で、その次に昇ったのが青い月、だそうだ。
赤い月が昇ったのは、凡そ350年程前。
新政ダリアが400年の歴史を持つので、赤い月の方が歴史が短い、と云う奇妙な感じ。
ファム
暖かい時期、黒い月は姿を隠す、要は、
乗馬しての移動に慣れてきた。
慣れてきた、と云っても、それはファムの後ろにしがみついている、ってだけなんだが。
なぜ、
大体、2、3本、地面に脚を着いており、若干速い時のみ、1本の脚で支える、と云う感じ。
朝、初めて乗った時、上下前後に激しく揺さ振られる感触がしたのだが、あれは俺がおっかなびっくりバランスを取ろうとしていた為、自ら体を振りにいっていた、と分かった。
太腿をしっかりと絞め、馬体を挟み込むようにし、馬の歩法の呼吸、リズムに合わせてやると激しい揺れは
これに気付くと、疲労感がまるで違う。
ファムは度々気にして、小休止しようかと尋ねてくるが、疲れがないので断った。
勿論、これは感覚の問題で、実際には伯爵邸に着いて寝床に入った時、太腿の内側は擦れて痛み、至るところ筋肉痛な上、全身
馬旅に慣れ、相変わらず夜目は利かないものの、なんとなく星明かりで
聞こえる、というのは語弊がある。
聞こえるような、が正しい。
何というか、当初、あまりの闇夜の暗さに、その音が聞こえてきそうな感じがした。
しんしん――
いや、違うな。
しくしく――
これも違う。
もっと、金属的な高音。
――キィーン…
違う。
適当な擬音が見当たらない。
ただ、なんとも説明し
今、星明かりと夜風にそよがれ、その息苦しさは消え失せた。
――声?
そもそも、声なのだろうか?
音なのか?
いや、音でもないのかも知れない。
ファムとの会話中には、一切聞こえない。
なんなんだ?
この妙な違和感。
――あっ!
また、聞こえた。
聞こえた気がする。
呼んでる?
俺を、呼んでるのか?
なんだろう、この妙な違和感。
全身の細胞がザワつく感じ。
気候的に全く寒くないのに、寒気がする。
寒気がするのに、腹の奥が煮えたぎるような不快感。
吐き気がする。
そして、ふいに襲う頭痛。
聞こえる、声が。
耳元?
いや、違う。
――脳。
直接、脳に語りかけてくる。
それとも、心に、か?
なんだ、コレ!
怖い!
「ファムッ!なんかっ、なんか聞こえるッ!」
「!?どうしたのですか?」
「なんか聞こえるんだよ、声がッ!」
「落ち着いてください、カイトさん」
「声がッ!
「!!分かりました!すぐになんとかしますから、少しだけ我慢してください」
馬を
どこかで見た事のある、彼女の独り言。
――そうだ。
初めて、会った日。
ファイデムの町で初めて俺に声を掛けてくれた時、同じように独り言を呟いていた。
――ボウッ…
ファムの頭上に、光の筋が、光の帯が収束し、重なりあって織り成し、光の塊が現れた。
柔らかい光。
熱のない光。
だが、冷たくはない、優しい、優しい光。
なんとも幻想的な光景。
光の球から蛍でも飛び交うかのように、光の筋が何本も何本も周囲を浮遊し、俺とファムと馬を包み込む。
「な、なんだコレ……」
――あ、ああっ!
頭痛が、吐き気が、悪寒が和らぎ、恐れが
一体、なんだったんだろう――
「落ち着きましたか、カイトさん?」
「……あ、ああ、うん。ビックリした…突然、気分が悪くなって…」
「当てられてしまったんですね」
「当てられる、って?」
「怪異です」
「怪異?」
「先程のは、闇の精霊の
「闇の精霊?」
「はい。長らく闇の精霊に当てられたせいで、恐怖に酔ってしまったんです」
「!?そんなことが?」
「はい。でも、そんなに頻繁にある事ではないんですよ。精霊はいつでもどこにでも存在してるんです。
そもそも、
感応力?
なんだろ?
霊感、みたいなもんかな。
でも、俺、霊感とか全くないぞ。
「その感応とか共感とかがあると、あんな目に遭うってこと?凄く迷惑な能力じゃないか?」
「そんな事はありませんよ。精霊の声が聞こえ、それを感じる事が出来ると云う事は、精霊とお友達になれるって事なんですよ。
カイトさんは、
「え!?
「はい。精霊に当てられてしまう程に
――
なんか知らんが、凄いぞ!
俺、魔術とか使えるようになれるのかな?
ちょっと、テンション上がるよな。
「光の精霊達に着いて来て貰いますから、もう先程のような事は起こらないですよ」
「そっか、助かるよ。ファム、ありがとう!」
――それにしても。
覚える事が
聞いた事、教えられた事、体験した事は、これら全てを記憶しておかないとマズイぞ。
うっかりしてら命取りだ。
デイドリを攻略しなきゃ、朝目覚めないかも知れない。
気合い。
んで、頭を使う。
考えなきゃダメだ。
上手くやるんじゃない。
ただ、純粋に、やらなきゃいけない。
よっしゃ、行くぜ。
デイドリ、攻略してやんよ!
そして、俺達は、伯爵邸を目指した――
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