イクサバゴシップ

@Kyougin

第1話

 スノック街に突如として銃声が響いた。単発の音に続いてガラスが割れたような音がして、大勢の男達の怒号が地面を揺らした。それはスノック街の中心地に位置するジャンブル銀行から聞こえてくるものらしい。音に気づいた野次馬たちははて何事だと首をかしげながら、しかし興味津々の面持ちで音源へと近づいていく。


 そうすると銃声音は徐々に数を増し次から次へと響き始めた。すわ強盗だ! と誰かが言った。続いてまだそうと判断するのは早いだろう! と見知らぬ誰かが言う。どんな理由で銀行を襲撃してるんだ? と呑気に口にする者もいた。


「はぁっ!? 何を言ってるんだあなた達は! そんなことより警察を呼ぶほうが先だろう!」


 集団に混じって同様に野次馬をしていた隣国から行商に来ていたカウェル・ベインズは至極当たり前のことを叫んだ。しかしその野次馬たちは彼の方に視線を向けるとむしろ、お前の方こそ何を言ってるんだ? という疑問を馬鹿にしているようなジェスチャーと共に伝える。


「というか、警察ってなんだね?」


 再度カウェルの常識を野次馬は粉々にした。警察を知らない? そんなバカな! ここは異界とでも言うのだろうか! 富を得るために夢見た商人となり旅立ったカウェルは一歩目にしてとんでもない場所に迷い込んでしまったようだ。ここはまるで自分の知る街と似たような風景なのに、知ってて当然のことをだれも知らないのだから!


「あ、ありえないだろ! だったら誰が止めるんだよ!」

「止めたけりゃお前がいけばいいだろ? 何で他人任せにしようとするんだ」

「じゃぁここで野次馬してるあんたはどうなんだ!」

「決まってる。ここで野次馬することを決めたから、野次馬してるんだろ」


 わけがわからない! ただでさえパーマのかかった頭をかきむしってよりゴワゴワにしてしまった彼の頭は現状の理解を遠ざけていた。今の彼にはわかるまい、これがこの国の日常だと果たして誰が思おうか。未だに銃声は鳴り響いている。一時たりとも怒号は途絶えない。勿論悲鳴も、それに反戦する誰かの喚き声もセットになって現場は混沌とした状況を形成している。


 誰かお願いだから、襲われてる彼らを助けてやってくれ! カウェルは自身が信ずる国神ユークスに祈った。せめて死人が、けが人が少しでも減ってくれるように、と。


 すると、どうだ。銃声以外の連続した音がどこかから響いていくる。それは足音だ。誰かがあれを止めようと正義感に駆られた誰かの走る音だ。何も出来ない矮小な自分の願いを国神ユークスは聞き届けてくれた!


 わっと晴れたような顔つきで足音の主を見た。瞬間にカウェルは怪訝な顔つきになった。足音の主は男で、ブラウン調の裾の短いジャケットを着込み、穴の空いたボロのハンチング帽を手で抑えながら走っていた。そこまではいい、しかしその男が持っているのは襲撃者達を懲らしめるための自動小銃ではなく小洒落た最新のフィルムカメラだ! 脇に控えた小バッグからはペンとメモ帳らしきものがはみ出ている!


 男は走ってきた勢いそのままに銃声響く銀行の入口に続く、巨大な楕円を描いたヴォールトの下に駆け込んでいった。

 間違いない、あれはカウェルが望んだ正義の使者なんかではない!あれはただの、ただのーー!


――ゴシップ記者だ!!!




 鼻を刺激する慣れた硝煙の臭いに、騒動の真っ只中に飛び込んだ男、ジャック・レイリーはニヤリと笑う。ここは戦場であり、当事者だけの諍いだけがこの場を取り仕切るルールだ。しかしながら、彼はそんな些細な事に頓着する男ではない。

 何故ならここにはジャックの求めるネタがあるからだ。何と言っても彼はスナップ・ベンサム新聞社の記者だからだ。そこにネタがあるならば、例え命の危険があろうとも全額ベットする命知らずのバカ野郎だ。

 ついでに言えば28歳の独身で、現在恋人募集中。連れ立って会社から出てくる女がこじんまりとした眼鏡のやんちゃ娘とくればいい加減美人のネーチャンが恋しくもなる。ボサボサの跳ねっ返りの強い髪をハンチング帽で抑えながら、年齢不相応の落ち着きを持って彼は現場を観察する。


「人数は5、いや6人か。ご丁寧にわざわざバリケードまで持ち込んでやがる。随分と計画性のある行動だな、端からこの状況を想定してたってのか」


 射線と垂直になる位置から現場に到着したジャックはヴォールトの両側を占める大きな花壇に身を隠した。まずは一枚、と手にしたカメラで乱射している男たちを撮る。ここで肝なのは彼らの行いを「犯行」と言わないことだ。この国にはあからさまに人死が出そうな状況を引き起こした加害者を犯罪者と呼ばない。何故ならこの国ではそもそも法というものが存在しないからだ。


 つまり基準となる善悪が存在しないのである。少なくとも今、他国ならあからさまに現行犯として捕らえることが出来る段階でこの国、ラストルバリトでは乱射している男たちは悪ではなかった。この国では例え悪と呼ばれるような行動でも明確な理屈があれば許される……そうではない、彼らは覚悟を持ってその行動を行っているのなら、少なくとも彼らにとっては正義なのだ。


 この国で明確に悪なのは理性のない、理屈のない恥知らずな暴力だ。つまりこれからジャックは彼らがそうでない事を証明する必要がある、自分がネタを得るために。彼らの正しさなど知ったことではなく、襲われてる人の事も考慮しない。何故ならジャックは記者で、記者としての行動以外をする気がない。清々しいくらいの割り切りであった。


 自分がどうにかすれば明らかに誰かが助かるかもしれない、手段を持っていたとしても記者として専念することを国民は誰も彼を責めないだろう。それをジャックが覚悟を持って選択したからである。誰かを助けたいと考えるヒーロー気取りなぞやりたいやつがやればいいのだ。襲われてるなら襲われる相応の理由があったのだろう。国民はド派手で粗暴なことがあっても馬鹿ではないのだ。その行動にはきちんと理由が存在する。この国は極端な個人主義で、選択による責任も全てが自分のものであり、神に祈る事も無ければ知らない誰かに助けることもナンセンスだ。そのうえで自分の身は自分で守らねばならない。


 タイミング悪くフィルムが切れたので新しいものと交換する。さきのフィルムにはきっと、怒りを目に宿らせたメンツが揃いも揃って小銃を構えているのが写っているだろう。


「この至近距離での写真、今度のバリト賞は頂きだな。後は襲われてる方も撮ってぇ、っと」


 はいチーズ。パシャリ。割れたドアガラスの向こうに張ったバリケードからひょこりと出たドジョウのような髭を生やした、何だこいつネズミか? と思いたくなる奇妙な顔の男が口を尖らせて拳銃を構えていた。腰の引けたそれはどう見ても銃を撃つ事に慣れた体制ではない。


「確かジャンブル銀行は南にある国の支店だったか? 国名はえーと、後で調べりゃいいか」


 つまり自己防衛に優れたこの国の国民ではないということだ。そうとなれば意外と話が早いかもしれない。写真を撮り終えたジャックは「じゃあ、次の段階だな」と少しだけ男たちに近づいて呑気に花壇から身を乗り出した!


「へい! こちらスナップ・ベンサム新聞社のジャックです! 何故あなた達が銀行を襲撃しているのか教えてくれませんか!」




 なんとも無茶なことをする男だと思うだろう。無謀でバカっぽいが、これこそがジャックの取材の仕方である。と言っても? 勿論相手は銃撃真っ只中で興奮状態にあるのは当然の話しであり、空気を読めない発言に驚いた襲撃犯の一人が反射的にジャックに向かって発砲した。


「おおっと危ない!」

「ぐぁが!?」


 その時誰もが驚く不思議な事が起きた。至近距離で放たれたその銃弾をジャックは銃弾の左側に顔をそらすことで避けたのだ。しかも視線は銃弾を見ており完全に見切っているのがわかる。更に彼は避けた動作をそのままに左腕を振る勢いにつなげた。避けた時に流れただけの腕ではない、ホルスターを経由してその手の中には灰褐色の拳銃が握られていた。そしてそのまま撃って襲撃犯の男の頭にキレイにぶち込んだのだ。


 流れるように行われたそれはあまりにも美しく、瞬く間の動作に何が起きたかをすぐに理解できたのはいなかった。じんわりと染み渡るように脳の処理が追いつき始めた頃には、既にジャックはズボンの左側に備えられたホルスターに拳銃を戻していた。この国では拳銃一本を必ず持っておくのが最低限の身だしなみなのだ、残念ながらカウェルからは死角になって見えなかったようだが。


「大丈夫だ、そいつは死んでない。オデコにでっかい山を作っただけだ」


 銃弾に倒れた男は単に気絶しているだけのようだ。両者をチラチラと見た襲撃犯の頭らしい男はなるほど、と頷く。


「巷で噂の硬化弾ってやつを見るのははじめてだぜ。天下のゴシップマンが使ってるもんが玩具とはな」

「殺したら取材できないでしょ? 殺るのはカンタンだがオレの利益にならないのはゴメンだね」

「はっ、抜かしやがる」


 お前らは銃撃を続けろ、と言って頭だけは自前のバリケードに全身を隠して向き合った。いかに暴力を奮っていようとも理屈の下で動くこの国の国民は意外と理性的で付き合いが良い。勿論この修羅場に飛び込めるだけの度胸と胆力があればの話だが。


「で、何が聞きたい?」

「まずはお名前から」

「デイバー・ノーストンだ。宝石業を営んでいる」

「あぁ、コノボ山脈を根城にしている……確か国外への輸出が主でしたか?」

「そうだ。その関わりでこのジャンブル銀行に売上金を送金してもらっていたんだがな、手元に届くまでにここの支店長が中抜きしてやがったんだよ」

「ほうほう、それで襲撃を仕掛けたと……しかし銀行まるっと巻き込んで大事にしなくても支店長一人でかたがついたのでは?」


 そう言うとデイバーは残念だが、と下唇を引き伸ばして嫌そうな顔で言った。


「ここの銀行は親族経営でな。全員グルだ。一人殺ったところで意味はない。殺るなら一気に全員やらないと今度はオレ達が攻められる側になっちまう。ほら、こいつが手に入れた帳簿だ。うちの帳簿と見比べたけりゃこれが終わった後でもまた取材に来るこったな」

「ちなみにその帳簿はどうやって手に入れたので?」

「支店長のバカが脅迫のネタに自慢げに広げてきたんだよ。金をきちんと渡してほしけりゃ私に従え、ってな。奪ったらへっぴり腰で逃げ出しやがったから、追いかけてこうしてドンパチやる羽目になったわけだ」

「あー……そりゃ弁解の余地もないわ」


 聞き取った情報をメモ帳に書き取りながら視線を銀行に向ける。今もへっぴり腰ながら反撃をしている数人の姿が見えた。


「彼は分相応な行動に出ちゃって報復したってことね。ありがとう、今度は向こうの取材に行かせてもらうぜ」

「あっちの味方をするわけじゃねえだろうな?」


 ハッとジャックは笑い飛ばした。


「こちとら記者だぜ? やることはひとつだけだろ?」


 そのとおりだ、ガハハ。とデイバーは笑い、


「こっちの銃弾には気をつけろよ? お互いの利益のために!」

「おうとも、利益のために!」


 それだけ交わすとジャックは自慢の肉体を持ってヴォールトの柱を足場にして飛び上がり、屋根のフチを掴んで跳ね上がり着地。そのまま駆け出して二階の窓ガラスを蹴り破って中へと侵入していった。驚くほどの早業である。喧嘩っ早いデイバーの度肝を抜くスピードと跳躍力で目の前から消えたのだ。


「なんだありゃ、獣か何か?」

「あれがマスコミで幸いってとこですね。あんなのと戦うなんてやってられませんよ」

「そこで寝こけてるバカはいるけどな! てめぇらもよく見てからケンカ売りやがれよ!」

『うっす!』


 銃弾は未だに止むこと無く飛び交っている。それは銀行側が音を上げるまで続くだろう。





 二階から内部に侵入したジャックは安全なことをいいことに鼻歌まじりで階段へ歩いていた。新鮮ホヤホヤな片方の理屈だった素晴らしいネタをもらったのだ。次はあからさまに行動に問題があったといえど銀行側からもネタをいただかなくてはならない。マスコミとは中立であり、お互いの主張をきちんと聞き聴衆に届けなければ平等ではない。ジャックの祖国ではまず銀行員を助けないと、と人道的精神が働くのだろうが、この国には彼らに代わって裁く者がいないのでけじめは自分でつけなければならない。そこにジャックがわざわざ身を張って助ける理由などないというものだ。なので――


「だ、誰でもいいから吾輩を助けないか!」


 こう上から目線で被害者ヅラしてる自業自得のあほたれのために命を掛ける必要はないのである。


「そうは言ってもね、オタク自分で撒いた種でしょ? だったらそれが毒物でも自分で収穫しなきゃならないでしょ」

「馬鹿な! キミには人情ってものが無いのかね!? 吾輩は困ってるんだが!?」

「この国のルールを知らないあんたのせいでしょ。オレはただ取材のために来てるだけさ。というわけで、まずはお名前を教えていただけませんかねぇ?」


 馬鹿か貴様はこの状況を見てから言え! と激昂している支店長。一階についていきなり助けを求めてきた、藁でも掴みたかった男は濁流に呑まれているかのように焦っているようだ。緩やかなアンブル大河ではなかなか見れない光景だろう。


「そ、そうかわかったぞ! 貴様もしや奴の手先だな! このろくでなしの悪党どもめ、そうまでして吾輩を貶めたいか!」

「そうだったらこうしてのんきに話してないだろ。ですから、オレは記者であんたに話を聞きに来ただけなんだって」

「そんな事を誰が信じる! おい、早く殺してしまえ!」


 だめだこりゃ、話が通じないとジェスチャーをしていると奥にいた数人がこちらに銃を向けている。これはまずい、と思いながらも危機感の薄い顔のまま銃弾をひょいひょい躱しながら階段の側壁を盾に再び交渉を始めた。


「考え直してもらえませんかねえ!? こちらも手を出されなければただのインタビューで済むんですけど!」

「それを誰が信用すると思っている!」

「誰も信用してなどとは言ってないでしょ! 少なくともご自身に何の呵責も持っていなけりゃすんなり口に出るはずだ!」

「なんだと貴様ぁ! 吾輩のやってることが罪だというのか!」


 よし来た、とジャックはほくそ笑んだ。激情している相手からは取り繕うことの出来ない本音が聞き出せる。理屈ばった発言の中にはどのような嘘が仕込まれているかわからない。ある意味では強かなデイバーよりも信用のおける発言が手に入る。しかしそれは支店長の主観において、であり彼の正しさを証明するものではない。少なくとも彼はデイバーを舐め、逆鱗に触れた事は変わらない。


「はっ、だったら言ってみろよ! お前のやってることは正しいのなら証明してみろっての! どうして中抜きなんかしたんですかぁ!?」

「バカを言え、あれは手数料だ!」

「おいおい、手数料だからって30%も取るやつがいるのか!? それは暴利ってやつじゃありません!?」

「こんな大河に囲まれた離島に持ってきてやってるんだ! 当然の権利だろう!」

「いくらなんだってけちくさいウェイトルセル国でもそこまでとりゃしねぇだろう!」

「何を言ってるんだ! ここは法が施行されてない無法地帯なのだろう!? 何をやろうとも吾輩の自由ではないか!」


 なるほど、つまりこいつはこの国の国民を野蛮人と舐めているらしい。だからこそあのように横暴な振る舞いをしても許されると思っているのだろう。知識階級にありがちな高慢ちきな態度である。

 だが残念だが、ここでは無法=自由ではない。ここは単に法がないだけでその裁量がもっとマクロに、個人ごとにかかっているだけだ。裁判所も、警察署も、統括するための政府もない。だから裁くのは国民自身であり、暗黙の権利がある。これはこの国の成り立ちと教義から来る国民の性質だ。

 確かに支店長の言うとおりここで咎めるものがいないなら彼の行為も正当だろう。しかし自由とは自分の招いたことがどんな事態を引き起こすことになろうともその責務は自身が負わなければならない。そして彼の行為によってデイバーの秤は支店長を悪と判断した。なればこそ粛々と彼の裁きを受けるか、自身の正しさを信じて弾圧するか、ソレ以外はないのだ。仲裁する者がいないこの国は極端で、まさしく生か死かそのどちらかに天秤の秤が落ちることが多い。

 そうならないためにも、国民は教養があり誰かの虎の尾を踏まないように論理的に、理性的に生活をしてきた。少なくとも彼が思っているような粗暴な野蛮人ではない。


「オーケー、ご回答ありがとうございました! どうか幸運を、あなたの利益のために!」

「なにぃ!? こら、貴様逃げるな!」


 話を聞けたらもうこんな場所に用などない! 先の道を逆走してスタコラサッサと逃げ出すのみである。再び二階の窓からヴォールトの屋根に飛び出したジャックは地面に跳躍し野次馬の人垣へ向けて駆け出した。


 次に彼がやること、それはこの情報を売ることである。





『……えー、こちら先ほどから響く銃声を聞きつけてやってきたカンデル放送局のサヴィー・ノアです。ラジオをお聞きの皆様、このド派手さが伝わっておられるでしょうか? 何、こんなの日常茶飯事? そうですよね、そうですとも! ですが現在襲われているのは南国ニューベジントンから出店しているジャンブル銀行、そして襲撃をかけたのは正確なカッティングできめ細かい事が売りのノーストン宝石店の従業員の皆様との情報が入っております! つまり異国間での諍いの模様です! 異色のバトルメイクというところでしょうか、いやー大好きです私こういうの! なお私達が駆けつけたときには既に噂の命知らずのゴシップマン、ジャック・レイリーが突入しており、その安否を気遣うと同時に彼が持ってくる情報を待ち望んでいる次第です! 早く来て―ジャックゥゥ!』


 もはやラジオから流れてくる音は野次馬の声と銃声入り交じる騒音でしかなかった。報道官はこの現状を楽しんでるし居候のジャックは早々に修羅場に足を踏み入れているしで中々にカオスだ。やかましさを背景にダンドルト・クロスロッジという白ひげ爺さんはやれやれ、と手作業をしながら首を振った。


「いつになったらアヤツの無謀な癖が治るのやら」


 死んだ婆さんには見せられんとんでもないやつに育ってしまったわい、とひとりごちる。それは恥ずかしいという意味ではなく、一緒にいたら強力なタッグを組んで暴れ始めるに違いないという別次元の悩みからで。それを知るダンドルト工房の従業員たちはくつくつと笑いを漏らしていた。


「ほら、笑ってねぇでテメエらも仕事しやがれ」

「工房長ー、ドアノッカーの在庫ってありましたっけ?」

「ああん? 切らしてたっけか?」

「確かヒルマックが牛のデザインは飽きたとか言って自分の工房に閉じこもってませんでしたか?」

「……あの馬鹿は、最低限の発注済ませてから考えやがれって言ってこい! レンパスの干物みたいになりたくなけりゃあな!」


 めんどくせー野郎だとため息セットにまたひとりごちた。いちいち小言を付け加えるのはダンドルトの癖だ。居候のジャックはいつもこの小言に耳をやられ心臓にチクチク針を刺されている気分になる。


『……おや、誰かが銀行の中から飛び出してきました……あれは! あれはジャックです! 皆さんお待たせしました、我らがゴシップマンジャック・レイリーが生還しました! それでは早速新鮮なネタを確保したであろう彼にインタビューを行いましょう!』


「無事だったか、ったく怪我をしてなきゃいいんだがな」


 やはり小言をつぶやきながらトンテンカンテンと金槌を叩く。ダンドルト・クロスロッジ、彼にとっての小言はある意味親愛の証でもあった。





「よくご無事でジャック! それではこちらへ、ラジオの前の皆さまが食べごたえのあるシャキシャキのレタスをお待ちしてます!」

「おいおい、急かすなよ。こちとら命がけで収穫してきたんだ、ちゃんと値付けしてもらわないと割にあわないんだがな?」

「もしかしてハンバーグはついてますか?」

「ついてるよ、放送局だけにはな! 特急料金は40万ウェイス、新聞社は17万だ! あの修羅場に飛び込みたい奴はパンズだけにしといてやる、2万だ! 自分で命の保証を稼ぐ分だけはまけてやる!」

「勿論、勿論払いますとも! 支払いはスナップ・ベンサムに後ほど届けさせていただきます!」

「ならここにサイン入れとけ! パンズのやつは現金払いな!」


 やいのやいのと盛り上がりながら報道陣達は次から次へとジャックに群がりサインと現金を手渡していく。ソレを見ながらポカンとしているカウェル・ベインズはあまりの目まぐるしさにポカンと間抜けな顔を晒していた。


「あの、あの方は何をやっているんですか?」


 聞かれた聴衆は日常的な光景に今更何を言っているのか、と眉尻を下げたが彼が異国人であることを知ると素直に教えてくれた。


「何って、中で手に入れてきたネタを売ってるのさ。情報は鮮度が命だが、新聞社だとどうやっても放送局には負けちまう。だから彼しか手に入れられない方法で手に入れてきて、ああして高値で売り飛ばすのさ。どっちみち明日の朝にはどの新聞にも載っちまうような事だが、時間は有限だからな。金を出してでも買った方が楽なのさ」


 ま、それでもオレはベンサム新聞を買うんだけどな、と聴衆の一人は自慢げに言う。どうやらジャックという男が働いている新聞社が発行するそれはとても魅力ある品なのだろう。今この場で生の話を聞いても買おうというのだから、人気があるのが見て取れる。


「野次馬してる僕達は払わなくて良いんですか?」

「知らねぇよ、払いたけりゃ自分で決めな。オレは報道陣の奴らが負担してくれてると思ってるがな。だが新聞を買うことでちゃんと貢献してるんだからいいんだろうぜ」

「う……じゃぁパンズってのは?」

「これから情報を聞いてどっちの味方につくか決める奴らだ。あのジャックと同じように飛び込もうとしてる命知らずの野郎どもよ」


 それは一体何の意味があるんだ? 首を傾げるカウェルに男が続ける。


「天秤を揺らすのさ。そのほうがどちらにしろ早くケリがつくからな。飛び込むやつは誰もが自分の正義に殉じているアホどもさ」


 聞いてもよくわからなかった。その間に支払いがまとまったのか空けられたスペースに立つジャックと、それにマイクを向ける女性アナウンサー、サヴィー・ノアの姿が見える。


「ではジャック? 今日の騒動が一体どのようにして起こったのかお答え頂けますか?」

「ああ、はいはいちょっと待ってよまとめるから。……んん、まず事の発端はデイバー・ノーストン率いる宝石店が南国の……なんだっけ? そうそうニューベジントンで宝石を売ったのがことの始まりだな。彼はその売上金をその国のジャンブル銀行支店を仲介することで入手するようにしていたのだが、帳簿を見せてもらった限りだと分割で振り込まれるようにしていたらしい。その手数料を取ったというのが支店長の言い分だが、実際はいくつかの経路を経て相当な額が中抜きされていたようだ。つっても、ここの支店長が手数料として30%もの暴利をふっかけたことには変わりない。そのうえできちんと手数料を除いた満額を通したければ言うことに従え、ということだったそうだ」


 ほぉ、と感嘆の息が漏れる。


「それは支店長の独断、ということではなかったのでしょうか」

「ここの銀行自体は親族経営らしく咎めるものがいないそうだ。そのトップともなればやりたい放題だろうな。で、その支店長様自らご丁寧に脅しにきたそうだから、怒りを露わに帳簿をぶんどった結果。支店長は逃げ出しそれを追いかけて銃撃戦にもつれ込んだそうだ。ノーストン宝石店の皆様は完全に武装してたから、初めからやる気まんまんだったんだろう」


 報復といえばそうなのだが、一見すると銀行強盗にしか見えないそれはちゃんとした理由があったらしい。


「銀行内の様子はどうでしたか?」

「特に怯えているようなやつはいなかったな。いや怯えてはいたけど、しっかり小銃を備えていただけあって元から暴力に訴える気はあったらしい」

「まぁ、この国では武器はアクセサリーですからある意味当然といえますね」

「人数は十数人ほどいたが、4人は既に倒れていたかな。ノーストン宝石店側の人数は5人ほどだったが、銀行側が威圧されてるのか押しているように見えた。あ、そういやオレが一人気絶させちまったっけ」

「攻撃されて反撃してしまうのはあなたの風物詩ですので、気にする必要はないでしょう」

「いやぁ、オレはもっと穏便に取材がしたいのですがねえ」

「どの口が言ってるのでしょう!? 八面六臂の活躍を見せる貴方が穏便な取材なんて考えられません! 私達のためにもっと騒動を起こして下さい!」

「相変わらず物騒だねミス・サヴィー!? オレに死ねと言うのか!」

「自分から死地に飛び込んでる人が言えるセリフですか!」


 ここの報道はコントかなにかなのだろうか、真面目にやってはいるのだろうが勢い任せで奔放すぎる。銃声が全くやまないのを背景にゲラゲラと聴衆が笑っている様はあまりにも異様だと、カウェルは顔をひきつらせていた。


「……と、ここまではオレの主観で判断できた内容のすべてだ。飛び込む奴らは自分の主観に従え」


 そう〆ると報道陣に混じっていた聴衆の一部が、「じゃあオレは宝石店の味方すっかなー」「ワシは別口から侵入するか」「ジャックのように上から侵入するのでもいいんじゃね?ハシゴ持ってくるからさ」「もう少し銀行側の人間で関わってないやつがいるのを信じたい、一旦あっちに味方してみるか」などと言い出しながら動き出した。つまり、これからあの銀行への襲撃者が、あるいは味方するものが増えるらしい。カウェルはその光景に愕然とした。何でそうなるのさ! と口にしたいがそれすら出ないほどの驚きが脳内を塗りつぶしたのだ。


「……え? え!? いやおかしいだろ! どうしてあいつらはあんな無謀なことをするんだ!?」

「んなこたぁ決まってんだろ、天秤を揺らしたんだよ。最近はジャックの野郎が早めに判断材料をくれるから助かってるヤツも多いだろうさ」

「助かるって誰が!?」

「これから突撃する奴らだよ。理由もわからずにどちらかの味方になるなんて出来ねえからなぁ」

「……あいつらは結局どうしたいんだ?」

「かたっぽの天秤を地につけるのさ。それで最終的に誰が悪いのか決めるのさ。あるいは仲裁することで論議所に持ち込みたい奴も混じってるんだろうが」


 聴衆が暴徒になる以上に信じがたいことが起こった。死地に踏み入ろうとしてる幾人かはなんと自らあの騒動を止めようとしているのだ。止め方は実にダイナミックになりそうな予感はしているが、それでもカウェルからすれば一般市民がいきなり警察隊に変貌したように映った。


「それこそ警察がいればいいじゃないか……」

「警察ってのは自分に関係ない争いにも首出す奴らだったか? 何で他人の争いに首突っ込まなきゃいけねぇんだよ。あいつらはただの物好きだ。自分の選択に殉じる狂ったアホどもだよ。それはそれで役には立つしあいつらは自己満足出来て幸せだろうがよ」

「ほんとに何なんだ、この国は……」


 異常なほどに全く違う価値観を持つ国、ラストルバリトにカウェルは幸先の悪さを悟った。この国で自分は果たして真っ当に商売が出来るのだろうか、きちんと下調べをしてから来ればよかったと今更ながらに後悔する。目の前には既に解散し始めている聴衆の姿がある。報道陣は未だ先頭を陣取っていたが、ジャックと呼ばれる無謀な男は既にいなくなっていた。何故か妙な親近感を感じるあの男であったら、マスコミだし何か答えてくれるだろうか? そんな妙な考えが不意に浮かんだ。

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