第10話

「先輩、こうして夜に狭い室内で隣り合って座っていると、ちょっとドキドキしませんか?」

「お前のその発言で全部台無しだよ」


 ええーどうしてですかーとぶーたれる。


「状況説明細かすぎだろ。そんなことせずに肩に頭を乗せるほうが効果的じゃないか」

「わぉ、先輩ってば夢想家ですね。もっとがっつけばいいんじゃないですか?」

「オレからすればバリト市民の女は皆トラップに見える。理屈すぎて裏を疑っちまうほどだ」

「わからないでもないですけどねぇ」


 理を美徳にする女達のわかりづらさと言ったら……果たしてこの国の男達は一体どうやって恋愛しているのだろうかと本気で悩むことがある。人によっては惚れた状況を事細かに説明する人もいるそうだが、それでどうやって付き合いを持つ事ができるのだろうか、全く理解できない。感情に走った甘い青春時代なんてものはこの国ではただの幻想だそうだ。モテるのは理屈屋だと相場が決まっている。


 だがジャックから見れば言葉が過ぎて本気なのかわからない。惚れた理由を自己分析して言語化してしまうためにどうにも陳腐に見えてしまうのもあるのだろう。衝動に任せた行動は恥なのだから仕方ないのか?


「それにしてもカウェル君遅いですね、一体どこまで行ったんでしょう。これはもしかして私が先輩を虜にして丸め込んでいるところに突然現れて台無しにするドッキリでもたくらんでいるんでしょうか」

「あまりに根暗すぎないかそれ?」


 お前のカウェル像は一体どうなっているのだ。あと丸め込むとか言うな。そう言うも彼女は口笛を吹くだけでまるで聞いちゃいない。


「仕方ない、ちょっと見てくるか。お前さんまで迷子になられちゃ困るからここにいろよ?」

「ここで戻ってきた時に私まで消えてたらちょっとしたホラーですよ。……先輩の慌てふためく姿を陰からこっそり眺めるのも一興ですかね……」

「こ・こ・に・い・ろ・よ」


 余計なことすんじゃねえと釘を差して車を降りる。本当にあいつはどこに行ったのか。暗がりではいかに目が良くても見えるものではない。探すのは骨が折れる。そんな風に考えたときだ。


――何かが駆ける音が聞こえる。


 絶え間なく響くその音は小さいがテンポが早い。暴れ牛でも走っているのかと思ったが、あの重厚感とはまた違った刻み方だ。なんだ、一体何が来る? そう構えた彼の横を、


 闇から飛び出したカウェルが全速力で通り過ぎた。


「…………はぁ!?」


 なんだあれは!? オレはカウェルの姿をした化物でも見てしまったのだろうか! 白目をむき歯ぎしりしながらよだれを垂らし、首を振り回しながら走る姿はとても柔和な彼だとは思えない!


「やっぱホラーじゃねえか!」

「え、まだ何もしてませんけど!?」


 する気あるのかよ!? ってそうじゃない、まずは彼を追いかけなければ!


「カウェルを追うからここにいろ! 離れるなよ!」

「え、カウェル君がなんだって、ちょ、せんぱーい!?」


 返答を聞く事もなくジャックは全力で追いかけ始めた。進行方向に向かって飛び出してみたはいいが一体彼はどこにいるのか。光の少ない闇の中では見通しが悪く音だけを頼りに追いかける。


 それは村の入口に向かっていた。村外に出るのか? そう考えていると「ぐぇっ!」と潰れたカエルみたいな声が聞こえた。


「何があった!?」

「あったぞ! 何かに後ろからすっ飛ばされた! ありゃなんだ!? 暴れ牛か!?」

「もっと理解が出来ないもんだ、どっちに行った!」

「あっちだ! 街路に沿ってると思うが多分北寄りに向かっている!」

「ありがとよ! ちょっと行ってくる!」

「よくわからんが気をつけろよ!」


 吹き飛ばされたのは外縁の歩哨に出ていた兵士だった。うつ伏せでコケている兵士を後に急ぎで礼を言いその場から離れる。

 兵士とぶつかったためか怪我でもしたのか、カウェルらしき何かは走りが不安定になっていた。力強いストライドは相変わらずだが少しスピードが落ちたように思える。しかし、


「だぁぁくそが! カウェルのくせに早すぎだろ! 車で追えば良かったァァァあぁ!」


 本当何を律儀に足を使ってしまったのか。ここまで速いとは予測が甘すぎる。

 それにしてもあの速さは一体どういうことか。鍛えに鍛えたジャックを持ってしてもあの速さは尋常ではない。あれではカウェルの足が持たないのではないだろうか。


「やむを得ないか! 止まれカウェル! 止まらないと撃つぞ!」


 そう言って腰のホルスターからボールダー197を抜き構える。全速力の体制で撃つのはなかなかに至難だが、やるしかない。


 スライドをずらし装填することでカートリッジが押し込まれインクが注入される。すると内部の硬化薬液も注入され、インクが反応してその液体の周囲を囲んで弾頭を形成する。モードは勿論スタンモードだ。着弾すると割れるそれはインクが薄く気絶させる程度にはもってこいの代物である。この時ばかりはこの銃が玩具と呼ばれることに感謝したい。


 真っ直ぐに、一心不乱に走り続けるカウェルに照準を合わせる。こんな常態では命中率なぞゴミのようなものだが当てないことには捕まえることすら出来ない。


「避けるなよ……!」


 当たれっ! 引いたトリガーが撃鉄を往復させ、その先端の石が銃弾を反発させることで銃弾が飛び出す。火薬も無しに何故このような事になるのか、どう考えても不思議な銃である。


「ぐぁば!!」

「ああそうだよね避けるよなこん畜生!! ていうか何だあの叫びは、本格的に怪物にでもなったか!?」


 必至の射撃は正しく命中する軌道を取っていたものの、意図してか偶然か避けられてしまった。この銃の悪いところはリロードによって再び弾頭を形成するため連射がまるで効かないことだ。ほんの少しの間の後射撃を行うが、今度はカウェルの横をそれるように飛んでしまう。


 撃つ、避けられる、それを繰り返しながらひたすらに走り続けるカウェルを追いかける。いい加減体力の限界だ、一体どこまで走る気だ。そしてこの方向は……、


「はぁはぁ……まさか、遺跡っぽいものがあった方向か?」


 見れば覚えのある形の裂け目の場所まで来ていた。カワスキーによる発掘が少しは進んだのか、金属光沢がより多く露出していた。そのあたりまで来るとカウェルは足を止めた。ようやくか、そう思った時彼は腕を振り上げ、


「ぐぅん!!」


 勢い良く叩きつけた! そしてあまりの威力に砂が舞い上がる。


「おいおい……嘘だろ。なんだあの馬鹿力」


 そもそもただ殴っただけではああはなるまい。なにか尋常ではない事が起きている。その後も彼は遺跡を露出するためか破壊するためか、再び殴り始めようとする。


「今なら……!」


 今度は正確に狙うために足を止めた。しかし動作は素早くハンマーの反発音を響かせる。


「ぐぎゃぁぁおおぉ!」

「また避けられた……!」


 銃弾に過敏に反応し大きくのけぞる。カウェルは暴走し動物的で意識がないようにみえるのに、この回避行動だけは顕著だ。そして走り続けていた先と違い、ここは彼にとって既に終点らしい。意識がない彼にも何か目的のようなものがあったようで、ただ避けるだけではなく反抗の意志を見せる。


「あああああぁあぁあ!」

「こっちに来るのか……!」


 今の彼の腕は巨大なハンマーに等しい。大きく走り込み、野性的な連続した大ぶりがジャックに襲いかかる。


「ぎっ、ぎっ、ぎぃぃ!」

「なろっ、当たってたまるか!」


 攻撃にはまるで人が持つ技術というものを感じられない。ただ振れるから振っているだけといった印象。時折射撃を挟み込もうとするが、その隙がジャックの回避行動を雑にさせる。


「ぐぎぃ!」

「っな!?」


 とはいえそれでも目測過たず当たる距離ではなかった。だというのに腹部手前を横切った腕は空を裂いただけのはずなのに、まるでその空が腕に追従するように追いすがり、見えない一撃がジャックを吹き飛ばした。


「が、はっ!?」


 背面から地面に激突しそうになり慌てて後ろ回りに受け身を取る。不可解だ、当たっていない、腕は伸びていない、なのに飛ばされた。衝撃で混乱し途切れ途切れになった意識がシンプルな思考ばかり走らせる。

 待て、少し落ち着いて考えさせろ。そう思いたくなるがカウェルは息切れなどというものが存在しないかのように、今がチャンスとばかりに畳み掛ける。


「……っず!?」


 鈍った身体の反応が遅れまた当たった。振り払うような手の甲での打撃は、しかしまたしても当たっていない。なのに当たる。ビンタなどの比ではない威力がジャックを浮かせ再び地面を滑らせる。


「はっ、はっ、くそ、口切った……虫歯の治療でもしてくれるなら痛くても我慢できるんだがな」


 いてぇだけってのはどうにもな! 立ち上がったそこに上段から再びの一撃。手刀のようなそれを横に構えた腕で受ける。


「ばっ、折れる!?」


 ミキミキと嫌な音がなりかけて即座に防御を中断、体ごと回転させて腕から外すように受け流す。

 最早何もかも尋常ではない。カウェルは意志がない、無いのに目的があるように走る、そしてそれはどのようなものかわからないが遺跡らしきものに用がある。攻撃は当たらないものが当たる。


 それはまるで、カウェルではない何か別のものが支配しているような……。


「いや、まさかそういうことか? このために祝福があったとでも?」


 視界が拡大する。認識が変化して異常を受け取るようになる。今、ジャックの黒かった瞳は青く輝いていた。暗闇に浮く二重の火の玉のように、ユラリと光が蠢く。それは故郷にいた時に受け取った祝福だった。国神ユークスから受け取った、まるで役に立たないはずだったそれ。


――見えないものが見えるようになる目。


 そも、その祝福を初めて使った時周りに元から見えないものなぞなかった。使い続けたとて見えるものは無く、これは役に立たない祝福だと使うことを辞めた。祝福は必ずしも使えるものがもらえるわけではない。能力然り、物質然り、どれに至ろうともランダムであるということは多くの人によって証明された。だから自分のソレもそうなのだと決めつけた。


――しかし、今なら見える。


 光だ。カウェルを取り巻くように揺らめく白の光。恐らくはそれがジャックを吹き飛ばした原因だろう。カウェルの動きに合わせてうねり、動き、鞭のようなしなりを持ってこちらを打倒してくる。


 直感した。これだ、これこそが彼を操っている原因。そして――


「オレが婆さんを殺してしまった理由か!!」


 今、ジャックは過去のトラウマと直面する。

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