第11話
ジャック・レイリーという少年は法を司るレイリー家に生まれた長男にして第2子である。
先に生まれた姉とはほとんど会うことが無く、彼女がどういった性格なのかも知らない。ただ、親からは姉と同じように優秀であれと期待されてるのは知っていた。期待を一心に受けた純粋な子供はそれに答えるべく勉学に励んだ。同年代の子供と比べれば少年は確かに頭がいい。だが持ち出される比較対象が悪かった。ジャックの努力は簡単に霞んでしまうほど、姉が優秀過ぎたのだ。
それがどれほどだったのか、ジャックは知らない。しかし両親が己に落胆していることだけはよくわかった。完全に熱が冷めきったその日、わが家は牢獄となり果てた。
親は顔を出せば愚痴と罵倒がセットで出てきた。やれ姉も超えられない木偶が、やれこんなのに期待をかけた私達が馬鹿だった。家は長兄が継ぐものであり、長姉は親にとって目の上のたんこぶだった。その姉は優秀が過ぎて家に反抗的らしくまるで舵取りが出来ないらしい。だからこそ長兄に望みをかけたが、その長兄は同年の彼女が通り過ぎた場所を超えられなかった。
親の悪意は従者にも伝搬する。直接目の前で言われることはなかったが、ヒソヒソと陰口を叩かれるのは精神的にきつくやつれていた。
一応学校と教会に行くことはできた。放置され無関心を装われていたが、少なくとも外聞が悪い事は彼らも起こす気はなかったらしく面子を保つためだけに許された。こんなところにはいられない、こんなところは早く出たい。その思いだけで、ジャックは学校に引きこもり、休日は教会で勉強に励む。
それが敬虔な信徒として見られるようになったのか、多くの信者が話しかけるようになった。とはいえそれはレイリー家という高貴な出の人間に関わりたいだけで。内情も、ジャックという存在がどういう目にあっているか知るものも一人もいなかった。仲間意識は持たれていたが、それを許したことはジャックにはない。差し障りのいい表面だけで誰もが目を曇らせている。やはりジャックは一人のままだった。
今の不幸を変えて欲しいと神に願ったこともある。毎日形だけでも祈りを捧げていたジャックはいつの間にか祝福を授かっていた。しかしそれは目が良くなっただけで現状を打破できるものではなかった。本能的に見えないものが見えるようになるとは理解していたが、彼の視界は何かを映し出すことはない。役に立たないものを押し付けられて神にも裏切られたか、とジャックは何も信用することが無くなった。
そして彼が16歳になった日、とうとう独立を果たした。法務執行官というエリート職。これはある程度の独自裁量権を有し、犯罪者の拿捕と刑の執行を行う職業だ。この職に対する権力と信頼は高く、職に就いたというだけで簡単に一人部屋を借りれた。高い権力を振るえることで有頂天になり、自分を害するものはもういないと悦に浸ることが出来た。
だが、彼は何も知らなかった。社会を、あるいは人を。所詮は勉学の虫でしかなかった彼は本に書いてある知識しか蓄えることがなかった。本来学ぶべき人同士のコミュニケーション、感情の蠢き、社会という群衆の意志が自分に対してどう向いているのか。
1年ほど経ったある日のことだ。彼に対して上司からある命令がくだされた。それはいつものように犯罪者を拿捕する仕事で、違うのは重犯罪者故にその場で処刑を行うことだった。執行官にはシンボルとして直剣が渡されていて、いつもこれが犯罪者の血を啜っていた。今まで犯罪者の動きを止めるためのそれが直接的な執行になっただけで、何ら変わりないと考えた。何故なら自分は執行官であり法の名のもとに存在する正義であり、唯一の存在だからだ。
だから彼は忘れていた。ここは法務を司るレイリー家の膝下で、根本的な部分からは何も脱することが出来ていないことを。もしも彼がもう少しばかり頭の出来が良ければ、レイリー家とは何ら関わりのない場所へ飛び出すことができただろう。だが子供であり、ソレ以外の世界を知ることがなかったジャックは思いつくことすらなかった。そこは生きるための保証が何もない世界で、ここ以外で生きる術を知らないから。
つまり彼の去就は今も監視されていた。法務執行官という一匹狼を気取っていたが、結局のところどの派閥に属するかという点は法を司る組織という大グループの中にいる事は変わらない。そこにはレイリー家の権威が増すことを嫌う他家や、その権威にゴマをすって掠め取ろうとするもの、転覆を狙う少数の派閥など実に様々な輩がいた。
一人で居続けるのは目立つことであり声をかけられた事もある。それを頑なに断り続けたジャックに対し、焦燥感をむき出しにした集団は勝手にではあるが焦れ始めた。果たしてその集団がどこに属しているのか、最後まで不明だった。確実なのはジャックをターゲットにした意志がいくつかの集団をまとめ上げ同じ方向に向いてしまった事。
すなわち、どこに味方するかわからないならいっそのこと排除した方が安全であると。
法務執行官はその責任の重さ故にミスが許されない。無実の罪の人間を誤認で裁くなどもってのほかである。
今まで上司によって裏付けが取られている資料を鵜呑みにして仕舞う事になれたジャックは疑いを持たなかった。そして刑を執行し犯罪者だと思っていた人間を死刑にしたところ、実はその人物は無罪で犯人は別人だと告訴された。
法の執行者は一転して犯罪者となった。
その後はただただ逃げ続けるだけの日々になった。自分は騙されたと言っても聞き入れてもらえず、集団の保身のために切り捨てられた我が身は泥を啜るように生きながらえ、執行官の証として頂いたハンチング帽だけが心の支えになった。それは己が勝ち取った独立の象徴であり、どうしても捨てることが出来なかったものだ。既に敵対している組織のものとはいえ、自分にはそんなものしか縋るものが他になかった。
ジャックはラストルバリトにさえ逃げることが出来ればなんとかなると考えて南下を始めた。
そこは無法でウェイトルセルの法が届く場所では無く、たどり着きさえすればどうにでもなる。何よりレイリー家が汚点を防ぐために手配書を出していなかったのが大きい。自身がここで犯罪者と知られることが無ければあちらに行けばただの人だ。
しかしそこに行くには橋を渡る必要がある。検問だっているだろうし、隠れる場所がないそこでは逃げるのは無理だ。
だからジャックは、無茶を押してでも命がけで大河を泳ぎきった。
そして賭けに勝った。向こう岸までたどり着いた彼はよれよれの身体を倒しながらもなんとか隠れることに成功する。だが極度の疲労が安堵した彼は意識をそのまま断ってしまった。
気づいた時には輝く水たまりの上に倒れていた。身体は節々が異様に痛みまともに動けなかった。元いた場所とは全く違う場所にいて一切の地理が不明、逃げられたにも関わらずここで死ぬか、ともはや諦めた時。
「なんだい、ガキンチョが陰気な顔してくたばってやがる」
見上げると40歳半ばになろうかという、小じわの付いた顔で見下ろすロングコートの女性がいた。
「おや、まだ生きていたか。そいつは行幸だ。生きているなら選ぶことが出来る。だから選びな坊主。ここから生き延びるか、それとも死ぬか」
選ぶ余地など無い。今まで逃げ続けてきたのだ、ならば生きる他無いじゃないか。かすれた声で「……まだ、死ねない。死にたく、ない」と伝えると豪気な笑い声が上がる。
「よし、それじゃあこれ食いながらついてきな。何、歩けない? んなもんは気合だよ、決めたのならやりな! 生きたいんだったら這いつくばってでも動けるはずだよ!」
そう言って促してくる女、アンバー・クロスロッジ。後に世話になるダンドルト・クロスロッジの妻である。
「ふぅん、それであんたは逃げてきたっていうのか」
「あぁ……無罪の人間を殺してしまったオレには居場所がなかった」
避難してきた小屋で、気づけば今までのことをポツポツと口にしていた。それを伝えればウェイトルセルに逆戻りさせられるかもしれないというのに。あるいは誰かに許しを請いたかったのか、罰してほしかったのか、綯い交ぜになった感情が口を動かしていた。それともアンバーの今まで見たこと無い人当りの良さに緩んでしまったか。
「そうかい。で、これからどうしたいんだい?」
「どう、したい……?」
「そこまでして生き延びたんだったら、やりたい事があったんじゃないのかい」
1年における逃亡生活はジャックの精神を摩耗させた。現実逃避のために思考を拒否し、本能のままに動き続ける身体。生きることは考えていても、それからどうしようなどと考えたことはなかった。生きるための方法も知らなかった。
「オレは、どうしたらいいんだろう……」
「知るかぃそんな事は。自分で考えなよ」
「そんな、だってあんたはオレを助けたじゃないか。だったら助けてくれよ、どうやって生きたらいい……!」
「知るかっつってんだろこのアンポンタンがぁ!!!」
「ぐぁっ!?」
脳天に稲妻走る。その衝撃は今まで味わったことがない躾の怒り、がっちりと拳を固めたゲンコツだ。
「ウェイトルセル人ってのは情けないね! 何一つ自分で決められないのか! そうやって考える事を放棄し続けた結果が今の現状だろうに! ならもっと頭を使え! 自分が生きる目的を自分で作れ! 他人に頼るな! 強請るな! そんなのは人間でもない格好悪い奴がやることだ!」
いいか、これから貴様はラストルバリトの赤子だ! しっかりと流儀を叩き込んで立派なラストルバリトの人間に仕上げてやる! そっから先は自分で考えな!
そう言って彼女は有無を言わさず引っ張った。引っ張られる方が楽だと惰性でついて行こうと考えたら、だから自分がどうしたいか意思表示しろって言ってんだろが! とまた殴られた。あまりに理不尽過ぎる。なのだが、アンバーの感情に嫌なものはなく、ただジャックを思う瞳が彼の荒んだ心を捉えた。
その後はアンバー式スパルタ教育でラストルバリトの流儀というものを教え込まれた。自分で考えて決めること、決めたことには責任をもつ事。行動には覚悟を伴う事、そしてそれに後悔を抱かないこと。
その繰り返しは己を作る誇りになる。そして驕りと勘違いしないこと。そうやって他人を見下せば自分も同じように見られる、だから誇りある相手には敬意を示せ。だが自分が譲る必要はない、自分の取り分はきっちり確保して交渉を行え。
ある時は歴史を学んだ。無法であるがゆえの立ち回り方を叩き込まれた。実践とばかりに森で自給自足のサバイバルを経験した。
技術力の違いというものに驚いた。剣では無く銃というものは命を刈り取るにはあまりに一方的で楽な武器だった。他にも街に行けば様々なものがあるという。それらに興味を持った、知りたくなった。
美味い食事というものを初めて知った。彼女が持ってきた牛肉を囲んで食べる団欒の暖かさを知った。あまりの美味さに涙を流したほどだ。それは単に味がいいだけでなく、食事の空気の良さを知ったからだ。
その時初めてダンドルト・クロスロッジという彼女の夫と出会った。堅物ではあったがバリト市民らしい筋の通った人間だった。何故二人は今まで一緒でなかったのか? と聞くとアンバーが喧嘩して街を飛び出していたという。その間ダンドルトが作った武器のテストをしていたところに、ジャックが流れ着いたので世話してたら帰るのが遅くなっちまった、と豪快に笑う。
そしてしばらくの時間が過ぎ、ジャックが修行のために使っていた小屋で選んだのは「ここで生き、様々なモノを知ること」であった。
思えば今までの自分は勉学以外の何も学んでいなかった。本で知ったつもりの知識はその中身しか無く、経験が伴っておらず人はその通りには動かない。字面から読み取れないものをほんとうの意味で学ぶことは彼の人生を潤すために必要なことだった。
そしてそれは面白いのだ。興味のままに行うことは強迫観念に従って行った勉学よりずっと頭に入る。好奇心と知識欲を満たす事は身体が震える。
例えるなら、それはずっと走り続ける道だ。このラストルバリトのようにだだっ広い平原を息が続く限り走り続ける。そのためにまずは働こう。資金を貯めて、この大地を旅して、記録を取り続ける。そう夢を語ると、アンバーは白い歯を見せつけてよく決めた! とまた笑った。
自分は無実の人間を殺している。そんな人間が何をのうのうと生を楽しもうとしているのか、良心が苛む時がある。だけど起きた事は元には戻せない。自分が死んだところで生き返らない。どのような結果に至ろうとも死者を思っての行動など、全ては自己満足に過ぎないのだ。ならば、己はもっと楽しく生きてもいいはずだ。ここではそうやって生きることが出来るのだから。
しかし、彼はアンバーを殺した。
彼女といざ街に行こうという時に、彼の意識は再び途切れた。それは降り止まぬ雨の日で、強い落水に地面がえぐれているのか黒い煙のようなものを見た気がしたその時だった。
気づけばかつて川を渡って見知らぬ場所にいた時のように体の節々が断裂したかのようにまともに動かず、己の手刀がアンバーの腹部を貫いている。何が、起こった……。愕然とするジャックに息も絶え絶えのアンバーが語りかける。
「やぁっと元に戻りおったか、……たく、せっかく世話焼いてやったってのにあんな動物みたいになりやがって……、だぁが、ゲホ、身体張ったかいはあったってもんだ……」
「喋るな婆さん、街だって近いんだ! すぐに治療して……くそ、動け、動けよぉ!」
「いいさ、私はもう助からん……。だから、これを持っていきな」
手渡されたのはボールダー197。火薬銃と違う玩具と揶揄される実験品。
「それがいつか、役に立つときが……あるかもしれん。そん時は、それを使って助けてやんな……。ま、どうするかはあんたが決めればいいんだがね……」
「婆さん……!」
「じゃぁな、坊主。天上でまた会おう……!」
その後は帰りが遅いのを心配して駆けつけたダンドルトに運ばれた。死んでしまったアンバーはともかく、自分も身体に意志が伝わらないかのごとく動けなかった。聞くところによると、各部の筋肉が断裂して酷いことになっているらしい。
リハビリをして退院すると、ダンドルトに家に住めと誘われた。殺してしまったことについて何か無いのか、と聞くとあいつが決めたことだ。だからオレはお前を見守ることにする、と答えた。後でこの事件の顛末を目撃者の証言を元に纏めると、ジャックは錯乱したように暴走しておりそれを命がけで止めたのがアンバーだという。まるで病気にでもなったかのような状態だったようで明らかにおかしかったそうだ。だがそれはラストルバリトの文化で言うなら自分の意志がない状態というのはとんでもない恥さらしに近い事らしい。
流儀を学んだというのに、恩を仇で返す真似をしてしまった。諸々含めて償いをしたいとダンドルトに言ったら、「なら美味い飯を作れ。オレは料理が下手なんだ」とキッチンに立たされるようになった。それからというものダンドルトとの関係はちっとも変わらない。
ジャックはそれから街で職を探し始めた。知識を満たすためにあらゆる事を学んでいった。そうしてしばらくした頃、スナップ・ベンサム新聞社の社長、ベンベックにスカウトされた。
「私のところなら君の願いが成就されるかもしれない。仕事もできる、知識も付けられる。一石二鳥というやつだ? どうだね?」
願ってもない、その好機にジャックは一も二もなく飛びついた。その結果、彼はスーパーゴシップマンと呼ばれる街の名物とまで成り上がる。だが、その実態は危険な場所に飛び込み続けることで、自分が起こしてしまった何かと遭遇するための行動だった。
――そして今、目の前でカウェルがかつての自分と同じらしい状態になっている。
やっとめぐってきた好機を逃す訳にはいかない。それに正義感にかられる訳ではないが、ああなってしまったカウェルを止めるのは自分の役割だろうと決定づける。更なる原因を、真相を知るために。
「ぐぇげ!」
連続する猛威から再び逃れる。今度は白い光が見えている、油断など無い。距離がわかるならば当たるわけがない。
「よっ、ほっと……。とはいえ、避け続けてるだけじゃあ拉致があかねえよなぁ」
所詮シングルショットのこの銃では狙いをつけた段階で避けられてしまう。つまり避けられない状態で打ち込まなければならないわけだ。それはかつてのアンバーを彷彿とさせる決死の行動に似る。拘束してからのゼロ距離射撃、それが一番確実な方法だ。
「あの状態のオレを組み伏せるとか、やっぱ婆さんは化物だろ。どうやってやったんだか」
少なくともカウェルより鍛えているだけあってもっと酷い状態だったに違いない。古い傷が傷んだかのように穴の空いたハンチング帽を抑える。この穴はアンバーによってボールダーで撃ち抜かれた時に出来たものらしい。つまり頭ごと拘束してゲンコツよろしく銃で頭を打ち抜いたということ。殺す気でやったのかあの婆は。そう思わざるをえないほどの強引なやり方で、しかしフリーだった腕に腹部を貫かれる事になってしまった。
「少し纏めるか……暴走してるやつを止めるにはボールダーを使わなければならない。ボールダーを使えばカウェルの状態が解消されてもとに戻る。その代わりあの豪腕をかいくぐって確実に当てれる距離に近づかなければならない」
言ってみてなんだが無茶過ぎる。せめてロープを持ってきていればよかったんだが。こういう時のために今後は考えられるだけのフル装備でいる方がいいかもしれない。
「理屈はわからんが、やるべきことはわかった。さて、どうする…………ん?」
思考を巡らせていたその時、自分の目にありえないはずのものが映った。カウェルと同じような灰色の光がチロチロと腕から漏れ出しているのだ。
「うぉっとあぶね、まさかこれは……同じものか?」
なぎ払いを避けながら光を見る。カウェルの恐るべき身体能力を見て直感した。これが己の肉体を強化していたものだと。カワスキーはジャックの事をよく鍛えた人間程度と変わらない筋力だというのに、およそそれを凌駕する性能を発揮していたと言っていた。そして今まで見えなかったこれは祝福をもってしてその実態を明らかにする。
「まじかよ、今の今まで気づかないとかちょっとショック! でもちっとは運が向いてきたな!」
だがわかっているか。これを仮に使うことが出来るのであれば自身も意識のない状態になりかねない事を。そして出来たとしても恐らくは人間の筋力では耐えることが出来ないことを。恐らくはこれを無意識でセーブしていたのかもしれない。果たしてリミットを解除するとどうなってしまうのか。
「とはいえやるっきゃないよなぁ……。覚悟を決めろジャック・レイリー! 今お前はあいつを救うためにここにいる!」
ラストルバリトで生きてきた年月は伊達ではない! その重さは今の己を生かすためにあるものだと信じろ!
力を込めて腕を振るえ! その光が自分の一部だと認識しろ!
爆発するように溢れ始めた光は炎になった。それは鎧となり身体を覆い、全能感が支配しそうになる。
「耐えろ! 耐えろ! 耐えろ! 耐えろぉぉぉ!」
今だ! 駆け出せ! この状態の己に獣は最早敵ではない。思考も技術もないただ振るわれるだけの腕などただの一振りで止められる!
互いの腕が交差して弾ける。良し、いける。カウェルの伸びた射程は己に毛ほどもダメージを与えていない。初めてカウェルは驚愕に顔を歪めた。
「ぎいぃぃ!?」
怒りに任せて連打をかますも、速さに追いつける肉体を手に入れたジャックは丁寧に裁いていく。時に手首を打ち、ケリを足裏で弾き、相手の行動力を削ぐようにダメージを与えていく。
そしてカウェルはたたらを踏んだ。鈍って動きが悪くなった証拠だ。今、ここだ! 体ごと使って体当たりをかまし密着する。
「げぇぁ!」
「婆の二の鉄は踏まん!」
どうりゃぁ! と腕を掴んで一本背負い! 背中を思いっきり打ったカウェルはあまりの痛みに悶絶した。
「チェックだ!」
ボールダーを構えて頭に固定、間を置かずに引き金を引いた。
「ガッ……はっ」
動きが、止まる。破裂した薬液をかぶったカウェルは光を散らしながらゆっくりと天へ伸ばした腕を下げた。彼が振りかざしていた光は千切れるようにその強さを無くしていく。そうして完全に消えた後、静寂だけが残った。カウェルは気絶し先までの狂乱は完全に息を潜めた。果たしてこの後目覚めたらどうなるか、先のことはわからんが……恐らく。
「はぁぁ〜〜、終わ、ったぁぁああ……」
やっと、やっとだ。全力疾走して殴られてやり返して、マジでない、ほんとない。言語化できなくなった語彙のちっさな脳みそを奮い立たせてガッツポーズ。やりとげたぜイェイ!
「ま、止めただけで何一つ解決してね~気はするんだが……今日はもうこれでいいや」
カウェルと同じように仰向けにドカッと地面に倒れ込む。力の副作用によってきしむ身体が心地よい痛みに……ってならねえわこれまじ痛え。高揚した精神がいろいろなものを麻痺させているのか、少し気分がおかしくなっている。
「でもこの程度なら、まだ動ける……。無茶な動きはせんでよかったぜ……」
暴力的なカウェルに対しジャックは技術を駆使してカウンター気味に動きを止めていた。これが打撃などで思いっきり動かしてしまえばカウェルと似た状態に陥ったかもしれない。偏にこれは先の光によって耐久力が上がったから出来たことでもある。
「とりあえず、動けるうちに連れて帰ろう。明日の活動は中止だなこりゃ……」
よっこらせと立ち上がりカウェルを背負う。呑気に寝息立てやがってこいつ、明日を覚悟してやがれとこぼしながらゆっくりと帰路についた。
「まじで?」
帰ると今度はマイアラークが車におらず血の気が引いた。
おい、このホラーは続くのか? さすがに同僚の醜態など見たくはないぞ!
よだれを垂らしながら走りボインボイン揺れる胸……あれ、意外と眼福……違うそうじゃない。それよりもそう! カウェルを荷台に置いてさっさと探さねば!
「どうしたんです先輩?」
「おっひょあぁあぁぁぁ!!」
ばっと後ろを向くと据わった目でこちらの痴態を伺うマイアラークがいた。少しの間硬直した後、安堵からため息が漏れる。
「よかった、無事だったか……」
「そういう先輩はボロボロになってますけど……一体何があったんですか?」
「例えるならそう、カウェル・ザ・ハードバトルといったところだ」
「先輩とうとうタイトルセンスまで失ったんですか?」
「う、うるせぇ。そういうお前さんは何してたんだよ」
「ちょっとトイレに行ってただけですよ、大袈裟ですね。それにしてもおっひょぁぁぁ! って! ぶふっ、カメラが静止画しか残せないのが勿体無いですね。今のもう一度やってくださいよ」
「やるかアホ!」
漫才をやることでようやく日常に回帰した気がした。なんとも長い一日だ、もうこんな事は懲り懲りである。
しかし今しがたジャックは自己の暴走の一端を掴んだだけだ。恐らくはこれが始まりであることをなんとなく予感している。
「くそっ、さっさと帰って浴びるようにビールが飲みたい……」
「その時は晩酌、付き合ってあげましょうか?」
「お前と飲むと記憶のないうちにとんでもない契約でも交わされそうでヤダ」
「あら、そんなことしませんよ。精々が先輩を隣に寝かせて朝こう言うんです。デキちゃった☆って」
「そんな早く妊娠する奴がおるかぁ!!」
アホなやり取りをしながら夜は更けていく。そうして運転席で疲れのままぐったりと眠り込み……快晴な朝を迎えた。
「先輩……デキちゃった☆」
「そのネタ続いてるのかよ!?」
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