第8話

 そんなこんなで寄り道こそ食ったものの、一行は無事にサブソルンの街に到着した。


「余計な時間食っちまって悪かったな」

「いえ、馬車を使うよりかは早いですし、運送費もかかってませんから気にしないでください」


 オーライ了解だ。とジャックはいつもどおりの態度で返す。どうやら先の一件はなかったことにしたようだ。


「で、街は一体どういう状態かなっと」

「手前だけ見てもそこそこ崩れてるように見えますが、復興作業は早そうですね」


 ウィーパ大橋の手前に存在するこの街は防衛拠点も兼ねているため兵士職の人間が存在する。戦闘ともなればある意味全員が戦える国民なのだが、それを専門にわざわざ兵士になる人間は珍しい。

時に国にとって人々や土地は財産と例えられるときがある。資産とも言うが、それらはその存在が有益な何かを生み出すことによって国力を富ませる事ができる。そして政府はその財産を守る責務が発生し、防衛する手段として兵士を雇う。

だがこの国には雇い主になるはずの政府が無い。即ち国を守る義務は存在しない。だというのにここにいる兵士たちはウィーパ大橋を一つの防衛ラインとして捉えている。


 それは彼らの誇りを生み出した基盤たるこの土地を大事にしているからだろう。ただの職として考えて兵士になるより、既にその志からして強い意識を持って兵士に望んでいる。だから彼らは誰に言われるまでもなく守り、それに金を出す人間がいて成り立っているのだ。


「お勤めご苦労さん、御機嫌いかが?」

「今日は問題だらけで忙しい。用があるなら早めに言ってくれ」


 村の入口で作業をしている兵士も忙しなく動いている。リストを持って何かをチェックしているようだ。


「支援物資を届けに来ました。食料や医療品に衣服などがありますけど、御入用のものはありますか?」

「なんと、それはありがたい! 一部の倉庫が崩れてしまってな、食料に窮していたのだ。避難所にいる村民のぶんだけでもあれば当面はしのげるだろう。対価はいくらだ?」

「要りませんよ。これは僕の未来への投資だと考えていますから」

「とはいえ無償で受け取っては我らの流儀に反する。正当な行いには正当な報酬を支払うべきだ」

「しかし――」


 あぁだこうだ、と言い合ってお互いの意見をすり合わせる。最終的には物資の6割の対価と彼が後々輸入してくるボードゲームを買うことで話がついた。


「ふむ、とりあえずはこれでよかろう。物資はここからまっすぐ進んで最初の交差点を右に行ったところに集積所が用意してある。そこに運んでくれ。契約書はこのメモをその場にいる兵士に渡して受け取ってくれればいい。それでは、お互いの利益のために」

「ええ、お互いの利益のために」


 集積所では兵士が走り回っていたが、それでも早朝よりは大分楽になっている。車を回して適当なところに止め、カウェルは荷物を降ろし始め、ジャック達も取材を始める。


「いやぁ、助かりました。微量でも車で来てくれるだけあって早いですね」

「今は何が足りないんでしょう?」

「主なものは建築資材でしょうか。元々ここはあまり人口が多くありませんので食料などは困ってますけど、言うほどではありません。それよりもまず住む場所が無いんです。牛のほうがまともに暮らしているかもしれませんな」


 冗談を放つ兵士の顔は強い焦燥感を帯びている様には見えない。それはこの状況でもなんとか出来るという希望を見出させてくれる。


「死傷者の数は?」

「わかっているだけでも重軽傷が58名、死亡者が16名、倒壊した家屋の数に比べると少ないかと思っています」

「それは訓練が行き届いているため、でしょうか」

「そうですね。相対的にけが人は年寄りと、ウェイトルセルの南部から来ている人間が多かったです。年寄りはともかく、ウェイトルセル人は混乱が過ぎているように思えます。おかげで彼らに関しては余計な手間を食いました」

「北部民なら頻繁に地震にあっているので対応が早いのですが、彼らはどうだったのでしょう?」

「避難指示に従わずにうずくまってたり、神に祈りを捧げて動かないという方がそこそこいましたね。あとは混乱で走り回る人々も。説得する間も惜しいというのに、困ったものです」


 その彼らは避難所の隅で懸命に祈りを捧げていた。位置を見るに隔離と呼べるくらいには離れた位置で、現実的なバリト市民からすればあまり他人に干渉したくなくとも動けよと言いたくなるほどに微動だにしない。祈りで腹は膨れないしけが人が復活するわけでもない。その行為に一体何の意味があるのかと本気で疑問視している。


「とりあえずの現状は峠を越したということでしょうか?」

「ええ、支援の連絡も出しましたしなんとかなるでしょう。連絡に関しては早いとここの辺も電話の設置をしていただきたいところです」


 現在電話線は都市部のみにしか存在せず、未だ長距離通話が出来るほどのインフラが整っていない。職人に金を支払い線を伸ばしてもらっていたものの、今回の地震で期日が延びるだろうことは明白だった。


「都市のほうはどうなんでしょう? さすがにあれほど高層の建物が多いと被害も大きいのでは?」

「それが鉄筋製なので意外と頑丈でしたよ。むしろ旧市街の被害のほうが著しいほどで」

「そうだったのですか、うちも倉庫を建て替える時は鉄筋にしたほうがいいのかもしれませんね」


 見渡すにここはシンプルな木造や牛舎として石が積まれている場所が多かった。そのため崩れている家屋が多く危険な場所には近づかないようにロープが張られている。


「そういや聞いてませんでしたが、牛はどうなったんです?」

「ああ、実はほとんどが放牧されて平原で寝ていたそうで。人よりも被害が少なかったそうです。さすがはラストルバリトの牛といいますか……口に入るまでは死なないと謳われるだけあります」

「妙にタフですもんね、あいつら……」


 人の方が被害が大きいとはなんという皮肉か、お互いにため息をついてしまう。


「協力ありがとうございました。今の話はベンサム新聞の方で記事にさせていただきますので」

「ええ、私も毎号購入していますので楽しみに、は出来ないですね今回のことは。この辺は発刊が遅れるので流行に乗り遅れてしまうのが悩みです」

「そのあたりは運送業が発達しないと難しいですね、うちではなんとも……」

「わかっています。でもそれだけ日々の楽しみになっているということです。楽しいものは早く読みたい、そうでしょう?」

「ええ、ありがたいものです」


 取材を終えて荷降ろしをしていたカウェルに声をかける。ジャックはこれから少しばかり用事があって、それを遂行しなければならないのだ。


「カウェル、お前さんはしばらくここにいるか? 車は置いてくから作業は続けてていいが」

「本当ですか? なら最後までやりますよ」

「マイはどうする?」

「しばらくここで撮影してます。後は勝手にフラフラしますのでお気遣いなく」

「はいはい、じゃあ俺も行ってきますかね」

「都市の精肉店でのお話ですか?」

「そーそー。ちょっとしたお手紙配達というやつだ」





 数時間前に遡る。カウェルの物資運搬を引き受け車を取りに馬車ごと移動している最中のことだ。さすがに馬は街中に置いておけないので車と入れ替える際に工房に置いていくことにした。あそこであれば敷地は広いのでどうとでもなるだろう。ダンドルトは動物好きだし、よくしてくれるだろう打算もある。


 その途中で彼らはプッシュ・マダム精肉店を横切ろうとした。その時ジャックを目にした店主が「おぃジャック!」と大声で声をかけてきたのだ。カウェルは突然の大音量にビクつき、ジャックは慣れた様子でそちらを向く。

 ジャックはこの店の常連で頻繁にここで買い物をしていた。ダンドルトも自分も肉好きで、安くて美味いここはかっこうの主食仕入れ場と化している。つまり言うまでもなく、店主とは顔見知りということだ。


 のっしのっしと近づく男は、精肉店の主らしい素晴らしいガタイで上から下まで筋肉で覆われている。精肉店は大体の場合力仕事だ。吊るした牛から肉を剥ぎ取るためには腕力が物を言う。故に凄まじい密度と質量を兼ね備えた男らしい程に漢だった。


――婦人服さえ着ていなければ……。


 カウェルは目が点になった。ジャックは慣れているのでスルーした。この店の名前、プッシュ・マダムの通り店主はそれらしい服を、と求めたどり着いた境地はマダムそのものになることだった。意味がわからない? そうだろう、誰もわからない。少なくとも彼以外には。


 精肉店の作業はどう見ても力仕事なのに、彼はそれを婦人の仕事のイメージで見ているらしい。しかし婦人はいない、なら自分がなればいいじゃない。どういう理屈だと思うが、それを注意するものは誰もいなかった。この国は自由なので常識という概念が定着しづらい。たまに裸で練り歩いてる変人もいるくらいだ。


 ピッチピチの婦人服が歩くたびに千切れそうになり、パチパチに張ったエプロンが身体のサイズに合わずに小さく見える。だが身体は勿論顔も濃い。何故かそこだけはバンダナで頭を覆い布の下から見える視線がぎらついている。髭もしっかり剃っているが青々としていてとてもマダムとは呼べそうにない。


「おめぇんとこはどこも崩れてなかったか? 無事か?」

「おお、特に問題はないぜ。そっちは?」

「こっちもだ。むしろ隣近所のほうが被害が大きいくらいだぜ」


 両隣の建物は少しだけ崩れかけており、傾いている部分が見えた。しかし店はピンピンしており店主同様のタフさを見せつけている。


「なら互いの無事を祝って肉をやろう。おめぇが先日売ってくれた暴れ牛のいい肉があるからな」

「お、そりゃいい。でもこれから少し出かけるんだ。数日がかりになるかもしれん」

「あん? そっちの坊主が関係してんのか?」


 「は、はい」とようやく正気を取り戻したカウェルは返事をする事に成功した。


「そうかそうか! こいつの付き添いは大変だろうと思うが、頑張れよ!」

「むしろ付き添うのはオレのほうなんだが?」

「こまけぇこと気にすんなよ! 肉さえあればどうでもよくなる!」

「ならねぇよ。とうとう頭にも牛肉が詰まりやがったか?」

「それだったらいいがな! で、どこ行くんだ?」


 サブソルンだ、と言いジャックは店主に事情を説明した。


「なるほど、サブソルンか。ならついでにオレの依頼も受けてくれ」

「何か用事でもあんのか?」

「おうとも、この間先代が話したらしいが、牛肉の競りをするんだよ。アレ、結局祭も一緒にするようになってな。今あちこちに招待状を配る予定なんだが、うちの担当がサブソルンや西周りでよ。行くならついでに持ってってほしいんだわ」

「なるほどな。依頼料はいくらだ?」

「競りの参加権でどうだ? 普通なら入場制限をかけるために金を要求するとこだが、お前さんには取材用にあればいいだろ?」

「乗った。誰に渡せばいい?」

「サブソルンのバンガバン畜産の社長に渡してきてくれ。他の分社には彼が回ってくれるだろう。彼はほとんど放牧で外をうろついてるから、サンロー平原あたりを探せばその内見つかるだろうぜ」






 それじゃあこいつだ、頼むぜ。と手紙の括られた束を受取ったのが先の出来事で、彼の助言通りジャックはサンロー平原を移動している。サンロー平原はアビリムス大河、ソレンフット大河が再び交差する場所であり、ラストルバリトの西端に位置する場所だ。合流した大河はミスカッシュ大水源と呼ばれる巨大湖へと繋がっており、その先にようやく海がある。


 この場所からは見ようと思えば隣国それぞれの港を見ることが出来る。かつて飢饉が起こり国が荒れた時は監視網としてこの平原が使われていたと歴史書には記されていた。現代では以前と比べると人間性がまともになり戦乱の気配は薄い。ニューベジントンは知らないが、神の声を聞ける人々によるとウェイトルセルの国神ユークスが抑止を進んで行っているという。


 ジャックは故郷では教会に居座っていたため敬虔な信徒として見られていたが、実際はただの引きこもりである。あの口うるさい家に帰りたくなくて教会にしか居場所がなかっただけだ。その灰色の人生を送っていた最中に声を聞き届ける信徒達はジャックも同類だと思い込んで頻繁に話しかけてきていたものである。


 曰く、神は戦を望んでおらずラストルバリトには手を出さないでおけ。土地が欲しいなら北西部の未開拓地を使え、北東の山地は神の土地故侵入するべからず。などなど話しかけられるのが嬉しくて口やかましくなっていたそうだ。


 とはいえ今考えると不思議な話である。何故ラストルバリトを直接指名して手を出すななどと言ったのか。ここは彼が守る土地ではなくましてや神もいない土地だ。かつては土地争いで神様同士でやりあっていた時期が大昔にあったと聞く。長い年月に穏健派にでも鞍替えしたのだろうか。


 聞かされた啓示の一部をまとめると侵入してはいけない神の山地とラストルバリトは同等に扱われていることになる。彼ら神にとってこの土地は何か大事なものでもあるのだろうか。あるいはその思いは人には測れないようなものなのだろうか。疑問は尽きない。


 だが今争いを起こそうにも無理な理由がいくつか出来た。まずはラストルバリトの技術革新が著しく格差が出来上がったこと。ここでは自動小銃が開発されているのに対して両隣国は未だに剣と前装式の精度の悪い銃が正式装備だ。そして印刷物と電話、ラジオなどによる情報化で編成も素早い。

 何より大河に囲まれているだけあって攻めづらく、大軍で攻めるなら橋を使うことになり、直線的なそこは銃の餌食になる。


 それに加えて食は世界を制するとでも言うべきか。高級牛がこの国の特産品として輸出され始めたために橋近辺をそれぞれの国の商人が牛耳っており、戦争によって食べられない、儲けられないとなれば反発必至な環境ができあがっている。


 今の時代は極めて平和だった。このサンロー平原がただの放牧地としか使われてないことを見ればそれがよくわかる。しかし現在は自身の影響か若干の亀裂が入っていた。震源がどこか知らないが、この西端まで亀裂を入れるとは自然はお仕事しすぎでなかろうか。


「さて、受取主はどこにいらっしゃいますかねっと……ああ、あれかな?」


 少し離れた場所では数十の牛が散見されその中に立っている人と、何やら掛け声をあげている集団が見える。


「もし、バンガバン畜産の社長さんで?」

「うむ、お主は?」

「スナップ・ベンサム新聞社のジャック・レイリーです。どうぞよろしく」

「おぉ、あの新聞の。こんなところまではるばる取材ですかな? あまり見るものも……いや、震災の跡はかっこうのネタになりますかな」

「不謹慎ではありますが、伝えるべきものは伝えねばなりませんから」

「然り、己が責務を全うしているなら文句を言うやつなどおるまい」

「ありがとうございます。しかし今日は別の用事があってですね、いやその前に、あれが気になるのですが一体何をしているのでしょう?」

「おお、あれか」


 集団は「よーいしょ! よーいしょ!」と掛け声をかけながらそれぞれがロープを持ち何かを引っ張っていた。


「あそこは一際大きな亀裂が出来てしまいましてな。そこに牛が一頭落ちてしまったんですわ。それを引っ張り上げてる最中でして」

「なるほど」


 一応写真を撮っておくが、ジャックの腕はボロクソなので後でマイアラークに文句を言われるのは確実である。


「引き上げられるのですか?」

「大分上がっておりますから大丈夫でしょう」

「そうですか。そうそう、実は貴方に渡さなければならないものがありまして……これです」

「ほう、精肉商業組合からの手紙ですか。拝見しましょう」


 自分宛ての手紙だけ束から引き抜き、封を開けて中身を読み始める。ふむふむ、なるほどと頷く。


「競りの招待状ですか。手紙の中にはウェイトルセルの組合宛のも入ってますね。これを配ってほしいということですか」

「地震が起きて大変なときでしょうが……」

「何。この程度でバリト市民はへこたれんよ。むしろこういったイベントがある方が活気が戻るってもんです」


 にやりと笑う老人の顔は陰りがなく不敵さが垣間見える。

 確かにこれなら大丈夫そうだ、と頷くとジャックもニッと笑顔を返した。


「では競りの会場でお会い出来たら会いましょう」

「おや、あなたも参加するので?」

「えぇ、取材側ですけど。肉を得るのはやはり専門家に任せるのが筋というものでしょう」


 所詮自分のは男料理ですから、雑なものです。と皮肉ってしめる。


「私はシンプルなものも好きですけどね。それじゃあまた」


 バンガバンの社長はそう言って引き上げ作業の方に近づいていった。

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