第4話

「で、お前さんなーんであんなに怒ってたわけ」

「いや、さすがにイライラするじゃないですか。半分演技なとこはありましたけど」


 すっかり先の冷酷さが抜けたマイアラークは回転椅子に反対に座って背もたれにしなだれている。怒りというのは実にカロリーを消費することで、怒られる側もきついものがあるが怒る側も実は結構きつい。


「まぁ厳しくしとかないと何かトラブル起こされたら後味悪いですから」

「後味ねぇ……ソレがお前さんの損ってか。あ、そういや何で地元の話遮ったんだ?」


 どうでもいいけどなんか気になったんだよね、とジャックは言う。


「んー、お説教されてる最中にああいう事されるのは怒られてる自覚が無いんでしょうか、と思わなくもないんですけど。一番の理由は私が先輩のことあまり知らないからなんですよねぇ」

「なんだそりゃ」

「だって、もう二年目だったのに先輩秘密主義的ですもん。なんとなく異邦人だったのは知ってますけど、そこまで明確にしたことはなかったじゃないですか」

「そうかぁ?」

「そうですよー、ついでに言えば私は先輩のファン第一号なのに先に知れないのは不条理じゃないですかー」

「いや知らねえよ。なんだその理由は」

「というわけで、先輩の記事を組みたいと思います。題して、ゴシップヒーローの謎に迫る!」

「うむ、採用」

「しゃちょぉー!? 何故止めないんですかねぇ!?」

「実際のとこね、結構君のことを知りたいって問い合わせ多いのよ。だから長期連載にしてでもいいからコラム作ってくれたほうが私としても楽なのよね」

「ベンサム新聞の知りたいことはなんですかアンケート堂々の第一位ですからねー。こんな他者に譲ることの出来ない独占取材なんて当然うちとしてはやらないわけがないってことですよー」

「……やれやれ、しゃぁねえな」

「あれ? 素直に受けるんですね、意外です」

「何言っても無駄そうなら怒っても疲れるだけだ。それに社の利益になるんだったらやるのもやむなしだ、身から出た錆っぽい部分もあるしな」

「いつもの行動があれですからねぇ」


 跳んで撃ってドタバタして、いつも記者としての度を越えた行動で皆を驚かす。未だかつて前例の無いスーパーゴシップマンに自らなってしまったからには期待に答えるべきか。それによって自分は損をするのか、といえば恐らくは全然しないだろう、プライバシーがちょっとだけ筒抜けになる程度だ。


「ランチ行ってきます」

「お、サラーナ。帰りにカルビサンド買ってきてくれないか?」

「席から離れられそうにないものね、構わないわよ。マイはどうかしら」

「じゃあ私はチリドッグで!」

「辛いのばっかり食べてると舌がおかしくなるわよ」

「ふふん、私の舌は鋼鉄で出来てますので!」

「それ味覚が既に壊滅してるんじゃないか? 千ウェイスもあれば足りるよな?」


 ほらよ、と千ウェイスを渡した。


「おお、さすが先輩おごりとは! ありがとうございます!」

「そういや今まで気にならなかったが、政府が無いなら誰が資本の保証してるんだ?」

「一応この国の最大銀行が造幣局を兼任してるけど? と言っても、周辺国は紙幣なんて使ってないでしょうし、外に出たら紙切れになるわね、これ。気になるなら取材でもしてみたら? この間銀行に関わったのだからちょうどいいんじゃない?」

「それもいいかもな」

「ちなみに私はダネルのバーガーを……」

「社長、行く方向が反対です。ライルに伝書鳩でも飛ばしたらどうですか?」

「むむ、仕方ないな。ダネルは電話してもデリバリーはしてくれないんだよねぇ……」


 じゃ、行ってくるわね。とサラーナはモデルのようなスマートな歩き方で出ていった。サラーナ・モディモフ、芸能担当の女性で付き合いの深さから自身も上品な行動を身に着けている。普段は外に出てばかりで新聞社にいないので珍しく見たな、等とジャックは呟いた。


「は〜、やっぱりキレイですよねえ。ああいう女性ってあこがれますねぇ」

「お前みたいなちんちくりんじゃ無理じゃねえか?」

「あら、私が抱いた先輩への敬意がクーリングオフされちゃいましたね」

「どうでもいいこと言ってないでさっさとやろうぜ?」


 客席で隣り合った状態から立って向かい合う。きちんとした形式で行いたいというジャックの地味に真面目な部分が出ていてマイアラークは微笑んだ。


「それじゃあ始めますね。まずはお名前から」

「わざわざ知ってることまで聞くのか? ジャック・レイリーだ」

「確認ですよ確認。名前の由来とかはありますか?」

「性にならあるな。レイリー家ってのはウェイトルセルにおける司法を司る家系に付けられるものだ。なので司法業務に関わることになれば強制的にこの名字になる。といっても、ここしばらくは変わってないはずだから半分貴族みたいなものだな」

「ウェイトルセルでは名字で職種がわかるということですか?」

「そうだ。行政に関わる家系には大体特別な名字が与えられるし、失職すれば剥奪される。仮に職につけば変わるわけだから面倒といえば面倒だがな。その点から言えば、オレは既に失職してるから本来は名字なんて無いわけだが、まぁラストルバリトでそんな事を気にするやつはいないからいいだろう」


 彼には名を持つことの誇りのようなものはないらしく肩をすくめるジェスチャーをした。


「ふんふん、年齢はいくつでしたっけ」

「28歳だな、まだ若いのにおじさんと言われることがあるのがショックだ」

「見た目若いですけど精神がホコリかぶってますからねえ」

「んなわけない、と言いたいとこだが最近自分でも実感してるような気はするよ」

「子供の頃はどうしてましたか? あ、その前に家族構成が先がいいですかね」


 そうだな、とジャックは思い出すように語り始めた。父と母は健在でついでに祖父母も意地汚くしがみつくように生きている。彼らは互いに反発しあって、どちらが行政に高いポストを得られるかでいつも喧嘩していた。息子に対する期待も高くてな。どちらの派閥につくかでお互いの悪口を聞かされていた。あとは姉が一人いたが、年が6つほど離れていたのでさして関わり合いにはならなかった。あっちのほうが早々に社会に出ていて家にはいなかったんだ、と。


「それはなかなかにいづらい家だったんじゃないですか?」

「全くもってその通り馬鹿馬鹿しい生活だった。どこにいても針のむしろでな、休める場所はせいぜいが教会か学校のどちらかだった」

「あ、そういえば先輩はウェイトルセル人なんですから教会には通いますよね。ちなみに神の声とかは聞いたことあります?」

「声を聞いたことはないな」

「じゃぁ祝福を授かったことは?」

「あるが、日常生活でちょっとだけ役に立つ程度だった」

「おお、じゃあ神は実在するっていうのは本当なんですねえ。半信半疑でしたが先輩の言うことなら信じましょう。ちなみに何の祝福だったかは聞いてもいいですか?」


 質問にジャックは困ったかのように肩を揺らした。


「うーむ、オレもどう言っていいのかよくわからんとこはあるが……単純に目が良くなった、とだけ覚えておけばいい」

「目、ですか」

「そう、目だ。視力がな、僻地に潜むガナマッサラム人並に良くなった。おかげで遠くがよく見える」


 とんとん目元を叩きながらジャックは社長が読んでる新聞の文字だって読めるぜ、と豪語した。広い社内だ、ざっと数メートルは離れている。それでも彼は見えると言う。


「それはすごいですが、そもそもそのガナマッサラム人の視力と同等ってどうやって知ったんですか?」

「さぁな、本に書いてあったからそれぐらいだろと当たりをつけただけだ」

「適当過ぎませんかね……」


 その本書いたの誰よ、そもそもガナマッサラム人なんてドマイナーな人種知らないんだけども。マイアラークは今度調べに行こうと心に誓う。


「ちなみに、人並み外れた身体能力は祝福のうちに入らないんですか?」

「あれは生まれついてのものじゃないけど、別ものだな。鍛えたものだと思っとけ」

「鍛えただけで銃弾をひょいひょい避けれるもんじゃないと思うんですけどねえ……」


 下手するとそこらの競技選手よりハイスペックなのでは、と思わないでもない。それを鍛えただけでというのは中々に無理があるが。


「ん〜、それじゃあ話を戻して子供の頃好きだった場所とかはありますか?」

「抑圧された人生を送ってきたから、あまりそういうのはねぇな。結局教会も学校も逃げるための場所だったから好きかどうかはまた別だった」

「先輩の過去にはちょっと同情しますねぇ、バリト市民なら皆殺しにしてるでしょう」

「いやまず話し合えよ、自制心大事つったのお前だろ!?」

「聞いた限りだと既に個をないがしろにしてますから、正当な行為ですよきっと」

「それが野蛮って言われる所以じゃねえかと思うんだけど、そこんとこどうよ」

「大体の場合は相手のせいじゃないですかねえ、統計とってみましょうか?」

「絶対面倒だからオレはやらん」


 沸点は高いけど超えたらスイッチがオンオフするように極端になる、それがバリト市民の特徴だな。と改めてジャックは下手に怒らせないようにしようと内心考える。


「それでは、どのような経緯を経てラストルバリトに来ることになったんですか?」

「どちらの派閥にもつくのが嫌だったから、法務執行官として犯罪者の確保などをやっていたな」

「ということは、結構先輩自身もエリートだったので?」

「そういうことになるだろうな。テストとかもさして低い点数を取ったことはないはずだ」

「おぉー、それはすごいですね」


 目をキラキラさせて勢い良くペンを走らせる。それを見ながらかつての自分を思い出すが、今と比べると無表情で愛想のない嫌味なやつだったという事ばかり思い出される。あまりネタとしてはいいものではないから語ることでもないか、とジャックは必要最低限だけを語るにとどめた。


「ウェイトルセルのエリート執行官、転落人生に翻弄されラストルバリトへと――」

「待て待て、どうしてそうなる」

「え、違うんですか? なんかこう悲劇とかあったほうが文面が映えると思いませんか?」

「お前は小説でも書く気なのか? そうじゃないだろ」

「じゃあ実はウェイトルセルの秘密工作員としてラストルバリトへ!……やだ、先輩もしかして敵?」

「アホらし……何に、誰に対しての敵なんだよ。超個人主義が蔓延してるこの国で工作活動なんかしてもあまり益が出るとは思えないぞ? 関係ない他人のことまで思慮には入れないからなここの人達は」

「それもそうですね。仮にウェイトルセルが攻め込んできてもあっちは銃器の開発が遅れてますから、遠距離から一方的に打ち倒せますし。そうだ、先輩はウェイトルセルでお仕事してた時はどんな武器を携帯していたのでしょうか?」

「武器か? 殆どの場合サーベルと捕縛用の鞭代わりにもなるロープとかだな。大体の場合は逃亡した犯罪者を捕らえるのが主な仕事だった」

「じゃあ銃はいつごろから使い始めたのでしょう? ラストルバリト人から見ても結構な実力をお持ちのようですが」

「10年前にこっちに来てから、死ぬほど練習したんだよ。剣よりも便利なのは間違いなかったからな」

「そのとおりですけど……うーん、先輩何か隠してません?」

「何がだ? どっちみちここで暮らすなら鍛えておかないと死ぬ可能性が飛躍的に上がるのはわからなくないだろ? バリト市民なんだから」

「……そうですけど、はぁ、そういうことにしておきましょうか」


 しきりに首をかしげているが、ジャックは特に語るべきことはないといった態度で無視を貫いていた。


「それじゃあ、そのエリートであった先輩はその職を辞めて何故こちらに?」

「あまりに人に恨み恨まれすぎて嫌気が差したのもあるが、元々あまり国も家も好きになれなかったからな。だからその分、こっちでは悠々自適に暮らさせてもらっているよ。面倒な干渉をしてくる人間があまりいないからな」

「たしかにこの国は自由すぎますからねぇ。慣習とかは特に嫌がるものですから、それに倣う人もあまりいませんし」


 その分国家からの補償などもなければ、ほとんどの事は自身の力で解決しなくてはならないというデメリットもある。だがそれを置いてもこの国の文化は風通りが良く、時々吹き荒ぶ事はあれどそこに立つことができれば明確に自分というものを抱いて歩いていける。そんな国だ。ジャックはこの国でカルチャーショックを受け、調べれば調べるほどに好きになっていった。以来彼は祖国に帰らずずっとここに住んでいる。


「つまり知識欲に駆られて新聞社に就職したってことですか」

「社長にスカウトされたってのもあるけどな。確か初めて会った時は、『君、その足を使って我が社の足にならないかね?』とか言われたっけ」

「よくわからない声掛けですねえ……」


 社長の方に顔を向けるとブイっと自慢げにピースしていた。


「私の時は写真撮影を趣味でやってた時に褒められてスカウトされましたよ。そう考えると意外とあちこち出歩いてますよね、社長」

「普段は出不精なのにな」

「私の悪口を目の前で言うのはやめてくれないかね? ちなみにスカウトは休日のウォーキングを兼ねての事であって、意味もなく出不精ではないよ? 働きたくないだけだ」

「威張って言うことじゃないでしょ」


 普段はこうして怠けを常態としている社長だが、やる時はやってくれるはずだ、多分。そんな微妙な信用が社長にはあるが、あるいはその内傾くかもしれないとマイアラークは考えている。


「ふーむ、それじゃあ今日はこのくらいですかね。続きは追って後日にでも……あ、そうだ」

「なんだ?」


 良いこと思いついたとばかりにマイアラークは話をふる。


「締めに一つ、将来の夢とかこれから叶えたい目標などを書きたいのですが、何か有りますか?」

「目標か……そうだな」


 ジャックは悩むようにハンチング帽を抑え、ちょっとした哀しさを持ったような表情をしたように見え、少し間を空けて口を開いた。


「オレの目標は、とある――」

「仕事よジャック!」


 バァン! と大きな音を立てて扉が開いた。開け放ったのは先ほど食事に行ったはずのサラーナだった。帰ってくるには妙に早く慌てているようで扉を足で蹴り開けている。普段のモデルのような優雅さは一体どこへ消えたのか、苛立ちが顔に見える。


「サラーナ、お前メシは?」

「食べれてないわよ! でも貴方向けのネタを発見してしまったら伝えないわけにはいかないでしょ!」

「なにィ!? じゃあオレのカルビサンドは!?」

「私のチリドッグは!?」

「私のダネルバーガーはどうしたね!?」

「そっちは買ってきたわよ! ハイこれ! それと社長のは私じゃないでしょ!」


 おお、気が利くな。と抱えてた食事を受取りパパっと食べる。


「もぐもぐ、で仕事って何?」

「アホが馬鹿な事やってるのよ、だから高いところから落ちても問題ない装備にしなさい!」

「…………は?」

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