「そったらもん」の話

 商鞅しょう おうとランスロットは身構える。何としても、自分たちより先にヤツが『Avaloncity Stories』に登場するのを食い止めなければならない。そもそも、作者の明智紫苑が不甲斐ないだけなのだが。

 二人はアヴァロンシティ地球史博物館の正門で彼を待つ。

 霧の向こうから、一頭の馬が走ってくる。金色の馬体を輝かせるサラブレッドだ。その馬は人語をわめく。

「通してくださーい! お願いしますぅー!!」

「ならぬ!」

 商鞅とランスロットは同時に馬に対して叫ぶ。

「えー!? 俺、『Avaloncity Stories』に出たいんですけど…」

 その栗毛馬は潤んだ目で懇願する。しかし、商鞅とランスロットは首を縦に振らない。

「お前、『ネタ袋』の主の座には飽き足らんのか?」

「まずは『ウマ娘』に行け」

「えー⁉ ひどいですよー。俺、こんなにかわいいのに。それに、シップも出たがってるんですよ」

 いわゆる戦国四君で一番「そったらもん」(すなわち、北海道弁で「そんなもの」)扱いされる事が多いのは趙の平原君、すなわち初代フォースタス・チャオの異母弟趙勝だが、この馬は日本競馬界の歴代三冠馬の中で一番「そったらもん」扱いされている「金色の暴君」オルフェーヴルだった。彼は明智紫苑のメインブログ『Avaloncity Central Park』の「ネタ袋」コーナーの「主」となっていたが、ついには、掌編小説集『信頼出来ない語り手のものがたり』に侵入してしまった。

 そう、『Avaloncity Stories』第一部で「主役クラス」扱いの設定をされていながらも、いまだに自分たちの話を書かれていない商鞅やランスロットを差し置いて、だ。

「ゴールドシップだと? ヤツがモデルの話ならすでにあるが、お前の出番はないぞ」

 商鞅は冷たく吐き捨てる。ランスロットも冷ややかな目でオルフェーヴルを見ている。そこに、一組の男女が来た。オルフェーヴルはこの二人に見覚えがある。果心居士かしんこじ松永緋奈まつなが ひなは、21世紀の地球で彼がいた牧場を見学した事がある。オルフェーヴルは、この二人と会話をしたのを思い出した。

「果心さん、緋奈さん…」

「どうした、オルフェ?」

「なぜ、ここに来たの?」

「あのぅ…俺、『Avaloncity Stories』本筋に出たいんです」

 オルフェーヴルは目をウルウルさせながら懇願する。商鞅とランスロットは頭を抱える。

 果心は言う。

「さすがに、君を重要キャラクターにする訳にはいかない。シップの話だって、本名でなくて偽名だし、一応は現実世界のゴールドシップとは別の存在という事になっている。だから、君の出番もカメオ出演以上ではあり得ない」

 緋奈も言う。

「その代わり、第三部にあなたたちにあやかった〈ステイゴールド血盟軍〉という義賊集団を出すつもりだから、この世界への干渉はもうやめてね」

 緋奈はオルフェーヴルの首筋を撫でる。彼は彼女の手の優しさに安心したのか、興奮と緊張を和らげた。

「分かった。俺、『本丸』には突撃しない。みんな、迷惑かけてごめんね。さよなら」

 オルフェーヴルはその場を去っていった。


「シャマシュのヤツ、こんな事態まで予測していたのか?」

 商鞅は眉をひそめてぼやく。彼は古くからの友人の思惑が分からない。

機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナにも程があるよ」

 ランスロットもため息をつく。

「これも紫苑の不甲斐なさのせいだ。『ウマ娘』効果で絵を描くのを再開するなどと言いつつも、いまだに何もしていない。今まで作ったキャラクタードールのプロフィール内容だって、まだまだ全員完成させていないんだ」

「そもそも、こんなメタフィクションの楽屋落ち話なんて、需要などないだろうに」

 商鞅は近くのベンチに腰を下ろす。そこに、彼の友人アスモダイが来た。アスモダイは開口一番、爆弾発言をした。

「紫苑はとんでもない事を考えている。ゲーテの『ファウスト』のパロディとして、ヤクザギャグ小説を書くつもりだ」

「何だとう??」


 商鞅はベンチからずり落ちた。

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